太田昌国のコラム : 安重根を旅順監獄で取り巻いていた日本人たち | |||||||
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安重根を旅順監獄で取り巻いていた日本人たち文学座公演『寒花』を観た(鐘下辰男=作、西川信廣=演出、紀伊國屋サザンシアター)。演劇企画集団「THE・ガジラ」を主宰する鐘下の仕事には以前から注目している。2004年公演の『あるいは友をつどいて』が、東アジア反日武装戦線“狼”の三菱重工ビル爆破の際に、人的殺傷を避けるために予告電話を掛けた行為の成否をテーマにした周到な討論劇だったからだ。その彼の原作であるに加えて、テーマは、1909年韓国統監府統監の伊藤博文をハルビン駅頭で暗殺して旅順の監獄に収容され、やがて絞首刑に処せられる安重根だという。観ないわけにはいかない。22年前の文学座アトリエ公演が初演だったというが、今回の再演が朝鮮半島に現存する南北双方の国と日本の関係が極度に悪化している現在に時期的に符合したのは偶然のようだ。演劇公演の日程は、ふつう、2年ほど前には決まるからだ。とはいえ、安重根は、いつも、日韓双方のお互いの歴史認識の食い違いをくっきりと際立たせる象徴的な人物ではある。最近では、2013年(第二次安倍政権が成立した翌年)、当時の朴槿恵韓国大統領が訪中して習近平国家主席と会談し黒龍省ハルビン駅に「安重根記念碑」を立てるよう要請した時の日韓両政府の応酬が思い出される。この動きを知った菅官房長官は「わが国は安重根が犯罪者であると韓国政府に伝えてきている」と繰り返し述べた。端的に言えば、「テロリストを顕彰するのか」というのが本音だろう。(写真=安重根) 記念館は翌年1月に設立された。このような人物を日本の劇作家が描くに、どんな視点が可能か。鐘下は、ある意味で思いがけない設定をした。安重根が主人公であるには違いないが、登場人物の精神的葛藤を指し示す会話の多くを交わすのは、通訳、監獄医、典獄、看守長、死刑執行の監督官=外務省政務局長などの日本人なのである。誰もが、近代国家=日本国の初代内閣総理大臣を殺害した人物の言動やたたずまいを前に、何事かを考え、言わなければならない。「テロリストを顕彰するのか」という言い方では済まされない、日韓・日朝間に横たわる歴史的奥行と広がりが浮かび上がるのである。忘れてはいけない登場人物で唯一の女性もいる。通訳の母だが、すでに正気を失っている彼女は「外地」に連れて来られている意味も分からず、日露戦争で死んだ長男の幻影を安重根に見出し、最後には彼をやさしく抱擁するに至る。 『寒花』の物語は歴史的裏づけを持ちつつ、作家の想像力によって高く飛翔している。安重根が獄中で記した「自伝」と「東洋平和論」は、1970年代後半日本で発見されている。旅順監獄の警視の中に、それらを書き遺すよう便宜を図った者がいたからだ。それが半世紀以上にわたって保存されていたというのも、安重根の行為と思想に感銘を受け、共感を覚えた日本人が実在したからだ。旅順で安重根を担当した看守であった憲兵・千葉十七は、安の思想と態度に打たれ、処刑直前に揮毫してもらった「為国献身軍人本分」という遺墨を大事に持ち帰り、終生彼を供養したという(斎藤泰彦『わが心の安重根――千葉十七・合掌の生涯』、五月書房、1994年)。付け加えると、千葉の遺族は、1997年、この遺墨を韓国政府に返還している。これら社会の底流でひそやかに織りなされていた幾重もの物語を知ると、「テロリスト」云々の決めつけがいかに軽薄なものであるかが知れよう。 政治・社会、マスメディアの表層でなされる言動に触れているだけでは、絶望が深まるばかりだ。文学・芸術が描き出す世界を通して、物事の本質を掴みたい。 ■付記:関連資料は以下を参照。 Created by staff01. Last modified on 2019-03-11 16:00:32 Copyright: Default |