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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『その年、わたしは嘘をおぼえた』
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毎木曜掲載・第95回(2019/2/7)

心情が爽やかに伝わってくる

●『その年、わたしは嘘をおぼえた』(ローレン・ウォーク 著、中井はるの、中井川玲子 訳、さえら書房、1700円)評者 : 大西赤人

 外国映画における原題と邦題との比較は、しばしば話題となる。近年の邦題の多くは、直訳あるいは原題をそのままカタカナに移しただけの物が多いけれど、以前は牋嫐瓩鯆未蟇曚靴深仝気離織ぅ肇襪發泙涕られた。オリジナリティーの尊重という観点に鑑みれば、あまりの改変は不適切かもしれぬ。しかし、典型的な例として、共に人名を並べたタイトルに過ぎなかった『Bonnie and Clyde』(1967年)や『Butch Cassidy and the Sundance Kid』が(1969年)が、それぞれ『俺たちに明日はない』、『明日に向って撃て!』という後世に語り継がれる邦題となったことは広く知られている(今回検索してみた限りでは、それらの名付け親は判らなかったが、当時の配給元の宣伝担当者に過ぎず、その存在は歴史に埋もれたのであろうか)。

 本書は、1922年に米国図書館協会によって作られた世界最初の児童文学賞とされるニューベリー賞の2017年度オナーブック(佳作相当)に選ばれた『Wolf Hollow』の日本語訳である。原題は、直訳すれば作中に登場する『オオカミ谷』に相当し、単なる場所の意に過ぎない。しかし、その邦題は、「十二歳になるその年、わたしは嘘をおぼえた」という書き出しをそのまま移しているとはいえ、いささかケレン味さえ感じさせるほどに読む者の心を惹きつける。

 物語は1943年10月、主人公は、米国の農村地帯にある小さな村に七人家族で暮らしている少女・アナベルだ。二人の弟とともに彼女が通う学校は、全学年四十人ほどの生徒を一人の先生が教えていて、教室も一つだけ。

「黒板近くに並べてあるいすには、先生が授業をする学年の生徒がすわる。残りの生徒はみんな、自分の学年になるまで、それぞれの席で自習をした」

 小さな村であっても、世界戦争の影響は――現下の第二次大戦ばかりではなく、過去の第一次大戦によるものも――あり、町には戦死者も出ているし、地域には、ドイツ系の住人に向けられる忌避の感情もある。先の戦争において「フランスでドイツ軍と戦った歩兵」だったらしい放浪者・トビーは、持ち主の居ない古い燻製小屋に住み着いている。アナベルも初めは彼を恐れていたが、両親は、トビーに食べ物を分けてあげるなどして穏やかに付き合っており、彼女も奇妙な男と少しずつ気持ちを通わせるようになる。

 そんな和やかなアナベルの日常が、突然に変わる。隣人のグレンガリー家の孫娘・ベティが、転校生としてやってきたのだ。町で両親と暮らしていたベティは、父親が姿を消し、「矯正不可能」という理由で祖父母のもとへ送られてきたのである。彼女はわけもなく攻撃的であり、アナベルを敵視し、暴力を振るい、しかも気ままに嘘をつく。そして、年長の男の子・アンディと誼《よしみ》を通じ、ますます勝手な振る舞いに出た。アナベルは、この侵入者に対して立ち向かおうと決意する。

「ベティを怖がっているのは、わたし。だから、ベティのことをなんとかするのは、わたしだと心に決めた。できるなら。自分の力で」

 物語は、アナベルの友達・ルースの投石による失明、ベティの失踪、トビーへの嫌疑というように、小さなコミュニティを揺るがす出来事を描きながら、アナベルの必死の行動をミステリのように追って行く。冒頭から回顧的叙述によって悲劇を予感させる基調低音の通り、とりわけ終盤の展開は非常に哀しいものだが、最近流行りのいわゆる救いのない爛澄璽瓩癖語とは異なり、次第次第に「嘘」をついて行く――つかざるを得なくなって行く、それによって、周囲の大人たちと対峙して行く――アナベルの心情が共感を呼ぶ形で爽やかに伝わってくる。つまりは、一種の「教養小説(ビルドゥングスロマン)」なのであろうけれど、教訓の押し付けがましさはない。七歳のジェイムズとともに走り回っているだけだった九歳のヘンリーが、しまいにはアナベルも驚く少年としての成長を見せるあたりも微笑ましい。

 アナベルの造形に較べ、ほぼ「矯正不可能」としか説明されないベティの行動の理由が見えないあたりは少し不満だったけれど、言わば異界からの訪問者として、これはこれで良かったのかもしれない。文学において、「児童文学」というわざわざの枠組みが必要であるのかは疑わしい。単に読み応えのある一編だったと言っておこう。


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