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LNJ Logo 飛幡祐規 パリの窓から50回 : 「目に見えないフランス」の大行動〜「黄色いベスト運動」
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 第50回・2018年11月21日掲載

「目に見えないフランス」の大行動〜「黄色いベスト運動」


 *11月17日、パリを一周する環状線での一部封鎖

 圧倒的多数の与党をバックに、ネオリベラルな経済改革を強権的に急ピッチで進めるマクロン政権の「大統領君主制」を揺るがした「ベナラ事件」の後、この秋、マクロン大統領の支持率は下がりつづけた(10月末21%を切る)。11月4〜11日、第一次世界大戦終戦100周年を期に各地を訪れたマクロンには、一般市民から厳しい批判やときに罵言も浴びせられた。富裕税(不動産以外)の廃止や有価証券譲渡税の一律化(30%)など、最も豊かな層を優遇する一方、住宅援助を削減し年金に増税し、最低賃金の増額は雀の涙・・・「金持ちのための大統領」に対する庶民の不満が募ったのである。そんな中、「炭素税」と呼ばれる環境対策を名うった軽油・ガソリン税の値上げに抗議する声が、ビデオや署名などソーシャルメディアを通して火がつくように広まり、「11月17日に反射安全ベストをつけて道路を封鎖しよう」という呼びかけが各地で生まれた。メディアはこれを「黄色いベスト運動」と名づけた。

 化石燃料に課される「炭素税」は環境政策としてオランド政権下の2014年に導入され、安かった軽油の値段をガソリン並に徐々に引き上げることも定められた。マクロン政権は「脱ディーゼル」のための増税率をさらに上げた。フランスでは軽油・ガソリン価格の約6割が税金だが、原油の高騰と相まって2016年6月以来、ガソリンは14,2%、軽油は26,5%値上がりした(ガソリン価格も円とユーロの換算関係も流動的だが、 10月にガソリン・軽油ともリットル1,53€以上、200円近くになった)。

 公共交通機関がほとんどない農村部や都市周辺では、通勤、子どもの送り迎え、買い物をはじめ、車がなければ生活できない。来年から、さらにリットルあたり軽油6,5セント、ガソリン2,9セント上がるとなると、出費はますますかさむ。「環境のため」の炭素税は、乗用車より大量の排ガスを出すトラックを使う運送企業には払い戻され、一般市民だけに負担がかかるのだ。「ディーゼルによる汚染はずっと前から言われていたのに、政府は何も対策をたてなかった。なぜ今、私たちだけが払わされるのか?』と抗議署名を始めた女性は指摘する。

 実際、ディーゼル・エンジンの乗用車が普及したヨーロッパの中でもフランスは群を抜いてディーゼル車が多い。プジョーなどフランスの自動車メーカーは1980年代からディーゼル車の開発に力を入れ、歴代政府は軽油への減税その他の優遇政策で自動車産業を援助した。1990年代に小型車を含めディーゼル車が普及し、2000年代初めにはディーゼル車の割合は走行可能車全体の33%に達した。ピークは2015年の62,4%(個人用)で現在でも約6割を占め(新車に対する割合は2017年に5割以下、今年は4割を切ったが)、ディーゼル車が発する粒子状物質や窒素酸化物のせいで大気汚染が深刻になった。国際がん研究機関(IARC、WHO直属)は1988年からディーゼル排ガスに発ガン性の疑いがあると示したが、2012年に同機関が発ガン性は確実と認定するまで国は何の対策もとらなかったばかりか、二酸化炭素の排出が少ない車への優遇措置(新車を買うときにボーナスとして定価から減額、多い車には増額)は2015年までディーゼル車にも適用された。

 価格はガソリン車より高いが軽油が安いディーゼル車は、走行距離が長い日常生活を送る人にとって経済的だ。おまけに長年「CO2が少ないクリーン車」と宣伝され、政府の優遇措置も続いたのだから、突然、「環境の敵」にされて増税の罰を受けたことに使用者は怒ったわけである。低所得者層にとってはとりわけ、ガソリン代がかさめば食費、暖房費、医療費などを切り詰めなければならない。車中心の生活様式はたしかに気候温暖化に影響を与えるが、これまで「経済的な効率性」のために鉄道のローカル線を廃止し、農村部の学校、病院、郵便局を閉鎖し、町はずれの巨大ハイパーマーケットを優遇して町村内の弱小商店を廃業させ、車を生活必需品にしたのは国の経済政策である。そのツケをまず庶民に払わせるのは不公平だ、と人々は怒った。ネット署名は86万集まり、無名の女性がfacebookに投稿した増税反対のビデオは600万以上視聴された。

 「増税反対」は国粋的なポピュリズム運動を思わせる要素があるため、「黄色いベスト運動」はルペンの国民連合(国民戦線から党名を変更)に政治的にとりこまれる怖れがある、と左派の一部や緑の党は反発した。しかし、労働組合、政党、市民団体が組織するのではなく、ふだんデモや政治活動に参加しない民衆、とりわけ農村部・都市周辺の人々が政府に反対し、自発的にアクションをよびかけた運動は前例がなく、新しい形の民衆運動と見ることもできる。ラ・フランス・アンスミーズ(LFI屈服しないフランス)の多くの議員はこれを、不公平な税制と政治に対する民衆の怒りの爆発ととらえて支持した。保守、極右、左派の各党はみな党としてではなく、個人的に支持や抗議者への理解を表明して政府を批判した。

 「マクロン以下政府が言うこと、やることに欠けているのは公平という概念だ。富裕層に巨額を与える一方、貧しい層からとりたてる政権に庶民はうんざりしている。エネルギー移行政策は社会的な公平にもとづいたものであるべき」と言うLFIのフランソワ・リュファン(コラム44 、47、48などで紹介)は、「何よりまず(免税にした)富裕税を返せ」と国会で訴えた。同じくLFIの議員マチルド・パノーも、「トータル石油や航空機燃料、化石燃料開発に出資する銀行への課税はなく、庶民にだけ課税する。トラック輸送優先の政策は鉄道輸送を後退させ、昨年CO2排出は3%増加した。ガソリン・軽油の税金のごく一部(2019年予算では19%)しかエネルギー移行政策に割り宛てられていないのだから、環境対策という名目は偽りだ」と指摘した。実際、COP21パリ協定に反する内容のトータル石油による仏領ギアナの海底採掘は(おざなりのパブリックコメントでさえ圧倒的多数が反対したにもかかわらず)10月に許可されたばかりで、マクロン政権が唱える環境政策は有名無実であることがわかる。

 さて、11月17日のアクションは、全国で内務省発表では2034か所で道路やスーパーの入口などの封鎖、集会・デモが行なわれ、29万人近く(おそらくもっと多かった)が参加した。封鎖を破ろうとした車に轢かれて参加者の1人が死亡、警察との衝突も含めて409人の負傷者と157人の逮捕者が出たが(その後数字は増え、11月21日現在で死者2人、負傷者585人、逮捕者数百名以上)、圧倒的多数は平和的に行動した。組合や政党などがオーガナイズせずに、これだけの人数が自主的に行動を起こしたこと自体、注目に値する。それを可能にしたのはソーシャルメディアだが、ふだんデモなどで意思表示しない人々を路上に繰り出させたほど、マクロン政権と国民との溝は深いといえるだろう。


 *プラカードを掲げる参加者(年金生活者)左:ガソリン 器を溢れさせた1滴 右の器に書かれた内容:住宅援助減額、年金減額、給料減額、ガス値上がり、公共サービス低下

 17日のアクション直前の世論調査では74%が「黄色いベスト」運動を支持し、低所得層ほど支持率が高かった。実際、参加者の声からは「共稼ぎだが生活は苦しい」、「年金だけでは月末の食費を削らなくてはやっていけないのに、増税された」など、ガソリン・軽油増税による購買力の低下だけにとどまらない、日常の苦悩が語られた。フランス語に「その一滴が器を溢れさせた」という言い回しがあるが、この増税をきっかけに、これまで蓄積された不満と怒りが堰を切って放出したのである。また、農村部・都市周辺に限らず、パリでも即興的にシャンゼリゼからコンコルド広場までデモが行なわれた(そこから近い大統領官邸にも行こうとしたが、機動隊に阻まれた)。一部の参加者は以後も道路や石油倉庫などの封鎖をつづけ、過激化の傾向も見られる。とりわけレユニオン島では行動が広がり放火などもあったため、夜間外出禁止令がしかれた。また、11月24日に「パリへ集まれ」という呼びかけもフェイスブックに投稿され、コンコルド広場での集会が予定されている。

 この大規模な抗議に対して大統領は今のところ何も答えず、フィリップ首相は11月18日夜のテレビ・ニュース番組で、「怒りと苦悩の声を聞いた」が政策は変えないと述べた。ずっと沈黙していた大統領は21日にようやく「対話が必要」とおざなりに答え、レユニオン島を例に暴力には「情け容赦なく対応する」と治安面だけ強調した。リーダーがいない「自主オーガナイズ」の運動のため、そのうちおさまると期待しているのだろうが、事の重大さを理解していないようだ。マクロンは、それまで政権交替してきた保守・社会党をはじめ、既成政治家に対する市民の幻滅が生んだ「失せろ!(デガージュ)」現象の利を得て、大統領に選出された。過半数が棄権した昨年6月の総選挙(国民議会選挙において前代未聞)では、マクロンの新党「共和国前進!LREM」が圧倒的多数をとったが、そこには新しい政治への期待があっただろう。その後1年半で既に、大勢の市民が新しい政権に幻滅し、抗議を表明しているのである。さらに、参加者の声からは、マクロンの数々の侮蔑的な発言(「とるにたらない人たち」など)に、庶民がいかに傷ついたかが表れている。軽視・軽蔑されていると感じる人々の気持ちが、マクロン政権にはわからないようだ。

 政治家やメディアから無視され、その存在が忘れられている人々(低所得者、非正規労働者、労災事故の被害者…)は「目に見えないフランス」と呼ばれるが、ふだん物を言わない「目に見えない」人々が可視化が目的の黄色い安全ベストをまとって行動したのは、特筆に値する。中にはたしかに極右に票を投じた者や差別的な者もいるだろうが、差別発言で有罪になったジャーナリストのエリック・ゼムールが、テレビ番組へのレギュラー出演などメディアで大っぴらに極右・差別的な論理を展開していることを踏まえると、「目に見えない」差別主義者の存在に「黄色いベスト運動」を絞るのは、これまた「見えない人々」に対する上からの目線ではないだろうか。自主オーガナイズによって共に行動する中から、怒りの感情を超えた政治意識が育つかもしれない。混乱と混沌をはらみ、統率がない運動に、フランス革命的な要素を見る政治評論家もいる。今後、どんな展開になるかわからないが、マクロン政権のみならず、疲弊した民主主義が新たな局面を迎えたことはたしかだろう。

  2018年11月22日 飛幡祐規(たかはたゆうき)


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