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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『世界が土曜の夜の夢なら一ヤンキーと精神分析」
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毎木曜掲載・第69回(2018/8/9)

保守反動につながるヤンキー文化

●『世界が土曜の夜の夢なら一ヤンキーと精神分析』(斎藤環 角川文庫)/評者:渡辺照子

 誰が言ったか知らないが「日本の文化はヤンキーとファンシーとオタクしかない」という言説には、そのどれもが好きではない私は、長年いたく納得の感を持ち続けている。(注1)特にヤンキー文化の圧倒的な存在感は容認せざるを得ない。事実、大衆文化や流行は、そのほとんどがヤンキー、あるいはヤンキー的なもので構成されているではないか。音楽、映画、コミック、アニメ、ファッション等々はヤンキーオンパレードだ。本書の著者は、なぜ「不良文化にルーツを持つヤンキーの美学が、かくも世間一般にまで浸透するのか検討したい」との欲望から本書を著した。

 思うに問題なのは、権力の中枢にまで浸食していることだ。「八紘一宇」発言で物議をかもした三原じゅん子議員。日教組を敵視する義家弘介議員。一度は芸能界を引退し、政界進出を目論んだ嶋大輔。成功したヤンキー芸人の島田紳助に見出され、ついには大阪府の首長にまでなった橋下徹。彼らが実際にヤンキーであったかどうかはともかく、ヤンキー的な雰囲気を横溢させた有名人だったことは確かだ。

 しかし、不思議ではないか。ヤンキーはグレて、親・教師・警察といった権力・権威に歯向かうはず。保守反動との親和性はいかなる要因によるものか。その点について、著者は明言している。ヤンキー的成功者は従来からある価値観を新たな手法で強化するのであり、革新的ではないとの指摘だ。暴走族が序列に忠実であることと関連して、早婚・家父長制・男尊女卑によって特徴づけられる彼らの家族主義の由来となる儒教的文化的価値観も提起している。

 最も私が首肯する部分は以下にある。ヤンキー的なるものは「気合」「熱」、周囲の人間との「関係」であり、理論や方法論、ましてはそれらの根拠となる哲学を有しないため、その欠落が社会の無理解や無関心にもつながっていく。この点は必然的に現状肯定の保守反動につながる、というものだ。当然、自己責任の論理にも帰結する。

 一方で「愛」や「信頼」を元に、仲間や家族との「絆」を大事にする、「夢を持つ」(それが何ら具体性のないものであっても)。そのこと自体に、誰が反論できようか。まして彼らはそのファンタジーを原動力に熱と行動力をもって実際にことを成す。新しい伝統的な装いである「作務衣」でのラーメンビジネスの成功。日本的マスゲームである大掛かりな「よさこいソーラン」。そこには反社会的なものへの解毒作用を持つキッチュさ(注2)・過剰さ(注3)が見てとれる。

 気が付けば、身の回りの「文化」はこれでもかとばかりなヤンキー文化で構成されている。私は何が嫌いって、その「精神主義」。かの15年戦争はその極みだ。現代では、体育会系の体罰的「指導」。軍隊や警察という権力の暴力装置を精神的に支えてもいる。

 著者はヤンキー的なるものの拡散力を一定評価しつつも、長期的視野に立つ政治的構想や本質的改革に弱いことを限界だとしている。だとすれば、その弱点をヤンキー的なるものを批判する私も克服せねば、「あっちの世界」に引きずられる。日本の反知性主義に負けてはならない。

(注1)「特殊漫画家の根本敬さんは、90年代前半に、日本人の9割はヤンキーとファンシーでできていると語っていた。」との「事実」は、故ナンシー関が取り上げたことからも耳目の一致するところだが、そこに「オタク」も加わるバージョンの原典を渡辺は確認できていない。
(注2)ドイツ語が語源。まがいもの、俗悪なもの、安っぽいものを意味する文化批評用語。
(注3)生活用品等で、機能とは関係ない必要以上の装飾を施すことを指すと思われる。かつて流行ったデコトラ、キャバ嬢のマリーアントワネットを模したかと思われる頭頂部を「盛った」髪型とか。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。


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