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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『エコノミック・ヒットマン ― 途上国を食い物にするアメリカ』
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毎木曜掲載・第63回(2018/6/28)

なぜ世界はかくも怒りに満ちているのか?

●ジョン・パーキンス『エコノミック・ヒットマン ― 途上国を食い物にするアメリカ』(古草秀子訳、東洋経済、2007)/評者:菊池恵介

 本書は、長年、国際開発のエキスパートとして現代史の裏舞台で活躍してきた人物の告白の書である(原題:Confessions of an Economic Hit Man)。著者のジョン・パーキンスは、表向きにはコンサルティング会社のエコノミストとして途上国の開発計画に携わってきたが、裏では「エコノミック・ヒットマン(EHM)」と呼ばれる秘密の任務に従事してきた。それは、巨額の貸付金によって途上国を債務漬けにし、アメリカが思いのままに操れる状況を作り出すことだ。

 1971年に、アメリカ国家安全保障局(NSA)の試験を26歳で合格したパーキンスは、メイン社という大手コンサルティング会社に入社する。そこで「エコノミック・ヒットマン(EHM)」としての手ほどきを、クローディンと名乗る女性工作員から受けた後、インドネシア、パナマ、エクアドル、コロンビア、サウジアラビア、イランといった国々に送り込まれていく。いずれもアメリカの世界戦略において重要な地政学的位置を占める国々ばかりだ。現地での彼の任務は、巨大な開発プロジェクトを策定し、世界銀行やアメリカ国際開発庁(USAIDS)の融資を取り付けることだった。

 「マフィア組織のヒットマンと同じく、EHMもまずは恩恵を施す。それは発電プラントや高速道路、港湾施設、空港、工業団地などのインフラ整備を建設するための融資という形をとる。融資の条件は、そうしたプロジェクトの建設をアメリカの企業に請け負わせることだ。要するに、資金の大半はアメリカから流出しない。単にワシントンの銀行のオフィスから、ニューヨークやヒューストンやサンフランシスコのエンジニアリング会社に送金されるだけの話だ」(18-19頁)。

 エコノミック・ヒットマンとしての任務が成功すると、巨額な対外債務を負った途上国はまもなく利払いに行き詰まり、数年後にはほぼ例外なく債務不履行に陥る。そうなると、著者が「コーポレートクラシー」と呼ぶ一群のアクター(大企業、政府、世界銀行、IMFなど)が登場し、「マフィアと同じく、厳しい代償を求める。代償はさまざまな形をとる。たとえば、国連での投票権の操作、軍事基地の設置、石油やパナマ運河などの貴重な資源へのアクセス」などだ。こうして「債務の罠」に陥った途上国は、政治的・経済的にコントロールできるようになるというのである。

 その典型的な国の一つが、南米のエクアドルである。1960年代末に、アマゾン川流域で石油が発見され、その採掘事業が開始されると、現地の有力者はまんまと国際金融機関の術中にはまった。彼らは石油から得られると約束された収入をあてに、巨額の貸付金を受け取り、道路、工業団地、水力発電のダム、通信システム、送電線などを全国に建設した。その結果、石油採掘の利権を握る少数のエリートが潤う一方、莫大な対外債務の利払いにより、先住民をはじめとする国民の大半は困窮していった。

 「この美しい国を破壊するのに自分が果たした役割をあらためて考えれば、いくら悔やんでも悔やみきれない。私や仲間のEHMのせいで、今日のエクアドルは、現代的な経済構造や銀行やエンジニアリング技術がもたらす数々の「奇跡」が導入される以前よりも、はるかに悪い状況に陥っている。1970年代以降、「石油ブーム」と婉曲的に呼ばれる期間に、生活困窮者の割合を示す公式な貧困線は50パーセントから70パーセントへと、不完全就業者および失業者の割合は15パーセントから70パーセントへと大きく上昇し、国家の負債は2億4000万ドルから160億ドルに増加した。その一方で、最貧層のために配分される国家予算の割合は20パーセントから6パーセントへと減少した。今日では、エクアドルは負債の支払いのためだけに国家予算のほぼ半分をつぎ込まなければならなくなっている。
 残念ながら、エクアドルはほんの一例である。私たちEHMが世界帝国の傘下に引き入れた国々は、ほぼ例外なく同じような運命に苦しんでいる。第三世界の債務は2兆5000億ドル以上にも膨れ上がり、利息だけでも2004年の時点で年間3750億ドル以上にものぼる。この数字は第三世界の国々が公衆衛生や教育に支出する金額の増額を超えており、発展途上国への対外援助の年額の20倍にものぼる(21頁)」。

 「エクアドルの雨林か算出する原油100ドル当たり、石油会社の取り分は75ドルだ。残りの25ドルのうち、4分の3は対外債務の返済にあてられる。4分の1の大半は軍備をはじめとする政府支出に使われ、公衆衛生や教育や貧しい人々を援助するための計画に使われる資金は2.5ドルほどしか残らない。つまり、アマゾンから100ドル分の石油が奪い取られるたびに、もっとも金を必要としている人々、ダム建設や石油掘削やパイプラインで居住地を破壊され、食料や飲料水の欠乏から死に瀕している人々のところへ届くのは、わずか3ドル以下なのだ。そうした人々はすべて――エクアドルだけで数百万人、全世界では数十億人にものぼる――テロリストと化す可能性を秘めている。それは彼らが共産主義や無政府主義を信奉しているからでも本質的に悪人であるからでもなく、ひたすら現状に絶望しているからである(23-24頁)」。

*「デモクラシー・ナウ!」に出演するジョン・パーキンス氏。番組はこちら

 それでは、有能なエコノミック・ヒットマンとして成り上がった著者が、なぜ開発政策の舞台裏について告白するにいたったのか。そこには、大きく二つの要因が見て取れる。一つは、現地の人々と交流するなかで、年々罪悪感が膨らんできたことだ。もともとエクアドルでのボランティアをきっかけに国際開発の世界に足を踏み入れた著者は、EHMとなって途上国を「債務の罠」に陥れる一方、現地の人々の言葉を覚え、友情関係を育んでしまう「どっちつかずの人間」であった。それゆえ、アメリカの偽善に対する民衆の本音に戸惑い、しばしば弁明を強いられる状況に置かれてきた。だがどんなに言い訳を重ねたところで、自己嫌悪の念は払拭できず、その感情は年々高まるばかりだった。

 もう一つは、出世のために「魂を売った」自分とは対極的な生き方を選択し、暗殺された二人の政治指導者との出会いだ。その一人は、パナマのオマール・トリホス将軍。もう一人は、エクアドルのハイメ・ロルドス大統領である。「両者ともに、世界の巨大勢力に勇敢に立ち向かった。トリホスはパナマ運河を取り戻したいと願い、ロルドスは世界有数の石油企業から自国の天然資源を守るため強固な愛国主義の立場を貫いた。ロルドスもトリホスも共産主義者ではなかったが、自国の運命を決める権利は自分たちの手にあると考えていた」(235頁)。だが、まさにそれゆえに大企業やアメリカ政府にとっては脅威であり、取り除くべき存在だった。コンゴのルムンバ、チリのアジェンデ、ブルキナファソのサンカラなど、コーポレートクラシーとの癒着や汚職を拒んだ第三世界の指導者の大半は短命に終わったが、それは偶然ではない。もしエコノミック・ヒットマンが失敗すれば、「ジャッカル」と呼ばれる刺客が放たれ、さらにジャッカルが失敗すれば、軍事介入という古いモデルが復活するからである。

 これらの経験を経て、著者は1980年にメイン社を辞職するが、その後も開発コンサルティング業からなかなか足を洗えなかった。マイアミに豪邸を構え、フロリダ湾をヨットで周遊し、顧問として高給を受け取る暮らしは、容易に手放せるものではなかった。そんな彼にとって最終的な引導となったのが、2001年9月のニューヨーク同時多発テロである。事件の二か月後、焼け焦げた残骸が散乱し、人肉の腐臭が漂うグラウンド・ゼロに立ったパーキンスは、アメリカ帝国の偽善に対する世界の激しい怒りに震撼する。一般の多くのアメリカ人にとって、テロは平和な日常を脅かす理不尽な出来事かもしれないが、毎日2万4000人の人々が飢餓のために死んでいる世界帝国の建設に従事してきた著者には、あまりにも多くの心当たりがあった。「アメリカの平和」こそ、南北間における構造的暴力の産物なのである。

 2004年に刊行された本書は、アメリカで巨大な反響を呼び、オルター・グローバリゼーション運動を背景に世界的ベストセラーとなった。それと前後するように、ラテンアメリカでは左派政権が次々に誕生し、アメリカとの対決姿勢を鮮明にしていった。とりわけエクアドルでは、2006年にラファエル・コレアが大統領に当選し、「不当債務」の帳消しを求めるなど、画期的な変化が見られた。一方、アメリカの軍事介入を被った中東では、戦争の廃墟の中から「イスラム国」が台頭し、シャルリー・エブド事件やパリ同時多発テロなど、世界を絶えざるテロリズムの脅威にさらすようになった。なぜ世界はかくも激しい怒りに満ちているのか。「テロとの戦い」などを語る前に、もう一度、その原因について考えてみる必要があるだろう。ここに、その重要な手がかりがある。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。


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