〔週刊 本の発見〕『日本の気配』 | |
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モヤモヤをストンと落ちる言葉に●『日本の気配』(武田砂鉄 晶文社)/評者:渡辺照子
件の原稿は武田の住むマンションでの生活音による住民同士のちょっとしたいざこざがテーマだ。双方の家庭の「夫」同士が言い争う段になって、片方が「おまえ中国人だろう。中国に帰れ」とヘイト発言をしたことを武田は見逃さなかった。だが問題はそこではない。自分はその光景を見聞きしていたにも関わらず、ヘイト発言を注意できず、結果的に容認してしまったことを自ら批判している。そして「極めて個人的な事象として接近してきた時に主張できるのか」と自分に問うている。それは読者の自問も促す。 ところでタイトルの「気配」とは何だろう。武田は「周囲の状況から何となく感じられるようす」と定義している。そして「『何となく』を作り出しているのは誰か」と追及の姿勢を見せている。 例えばこんな文章。「現在をあやふやにすること、そして、過去と未来に逃げること、この時間軸を統率しながら、安倍政権の基盤らしきものがあやふやなまま機能し続けている。」「問うべきは、軽薄な言葉を連射すれば最終的に許容してくれるに違いないだろう、と舐められている国民とメディアに充満する空気ではないか。」すばらしく切れ味の良い小刀で材料を切る快感にも似たものが味わえる。 テレビのワイドショーのコメンテーターと称する人物たちが、毒にも薬にもならないことを話して何事かを成し遂げた気になる仕草。「右派も左派もダメだ」と超然たるスタンスを取ったつもりで悦に入る「若手学者」。「私の欲する言葉とは、そんなものではないのだがな。」と独り言ちた日々は長かった。良いコラムニストは良い商店街に似ている。揚げたてのコロッケ、焦げ目も美味しい焼鳥、少しおまけしてくれる八百屋、等。さりげないのにありがたい。構えていないのに価値がある。そうしたものが日常的に手に入る。 各章のタイトルも秀逸なのだ。「『誤解』と言わせないための稲田朋美入門」「小池百合子のテレビ活用法」「『昭恵夫人だから』で許しちゃう感じ」とか。図らずも「話題になった」女性たちのタイトルだが。次は文章をチラ見せしようか。稲田氏が都議会議員選挙の応援演説で物議をかもした時、「『防衛省・自衛隊・防衛大臣としてお願いしたい』と発言したことに対して、『私としては、防衛省・自衛隊・防衛大臣としてお願いするという意図は全くなく』」は「近年稀に見るパワフルな釈明だ」だとか、政治家の言い訳のテンプレフレーズ、「誤解されかねない発言」にもほどがあるということで「誤解の新境地」という下りには笑った。実にパンチライン(ジョークなど)聞かせ所、さわりの言葉、おち)が利いている。 武田は怒りを隠さない。「憤怒を引きずらなければならない。憤怒がないからこそ、この日本は空気や気配などいう主体なきものにハンドルを握られてしまうのだ。」世のインフルエンサーが怒りを見下す中でのこの姿勢は貴重だ、必要だ。正しく怒ることが絶えることのない権力批判のパワーになる。その源泉を武田は与えてくれる。 5月放送のTBSの番組「王様のブランチ」では売り上げ3位とあった。私が購入したものも奥付を見ると初版から1か月で2刷になっている。この本は売れている。まだまだ今の日本、捨てたものではない。 *「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。 Created by staff01. Last modified on 2018-06-14 11:25:02 Copyright: Default |