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毎木曜掲載・第53回(2018/4/19)

未来を照らす光

●『暗い時代の人々』(森まゆみ、亜紀書房)/評者:志真秀弘

 1930年から敗戦に至る15年戦争の時代を流れに抗して生きた人々9人の評伝で描いた本書は、改めていまを考えさせる。著者が、いまこの国で戦争への危機を実感していることがひしひしと伝わる。9人とは、国会での反軍演説で知られる保守政治家斎藤隆夫、社会主義者山川菊栄(写真下)、産児制限運動に力を注いだ労農党代議士の山本宣治、画家竹久夢二、社会主義運動に生命をかけた久津見房子、京都で中井正一らとともに『土曜日』を発刊した斎藤雷太郎、その活動を支えた喫茶「フランソワ」の立野正一、戸坂潤らと唯物論研究会で闘い抜いた哲学者古在由重、文化学院創設者の西村伊作。不自由な時代にあっても、しかしそれに屈しない自由な精神の持ち主は、様々な分野にいた。

 「戦時中、鶉の卵を売って節は売らず」と副題された山川菊栄の章をよむと平塚らいてう、生田長江、森田草平にはじまり、神近市子、大杉栄、伊藤野枝などが次々に現れ、明治末の婦人運動の広がりのなかに菊栄の出発がとらえられていく。婦人運動に限らず日本の社会運動が自由民権運動から大逆事件への過程に原点を持つことがわかる。山川菊栄、「山宣」、夢二、久津見房子、古在由重そして西村伊作たちは、皆この時代と関わりがある。さらに斎藤雷太郎、立野正一も含め、相互に何がしかの接点があったことがこの本を読むとわかる。たとえば西村伊作は紀州・新宮の資産家だが、かれの叔父は大逆事件で死刑にされた大石誠之助。伊作も大逆事件で警察の調べを受ける。平民社の『直言』にコマ絵を描いたことのある夢二はこの時拘留されたが、後に西村の文化学院で絵を教えることになる。

 生地も育ちも、人柄も組織も全てが異なっていたのに、かれらはそれぞれの場所で身の危険を知りながら闘い抜いた。本書の第1章が兵庫県出石の農家に生まれ、大正デモクラシーの時代を背景に政治家となった斎藤隆夫で始まるのも意味がある。保守にも反戦を主張する人がいたのだ。困難な時代であったが、広がる可能性もあった。孤立し、独りよがりになってすむような時代ではなかった。しかし後からみると、その可能性を捉えることは結局できなかった。著者はそう考えながらこの本を書き、その反省は今に活かされなければと訴えている。

 加えて著者に共感するのはユーモアを大切にしていることだ。斎藤雷太郎のこんな文章が紹介されている。近衛内閣の人気があって「・・近衛さんは日本のホープだと評判が良いけれども、ホープはホープでも、専売局から売り出す両切りのホープで、吸えば煙になるホープではあるまいか」(『土曜日』1937年6月20日)。山川菊栄も理知的で地味な外見の人だが文にユーモアがあると書かれている。また戸坂潤の「おけさほど唯物論はひろがらず」の句も紹介され、かれの「唯物論者はほがらかでないといけない」との言葉が共感を込めて引かれている(第7章 古在由重)。

 というのも、ほかならぬ著者森まゆみの文章こそ語り口が率直でユーモアがあるのだ。平塚らいてうの自伝に「青黄色く沈んだいかにも不健康な寒ざむとした顔色、・・・山川(菊栄)さんからは、若さとか、娘らしさというものがみじんも感じられず」とあるのを紹介したうえで著者は「よく書くよなあ」と。らいてうの高飛車なもの言いを軽く往なすようなこのつぶやき。いいなあ。「暗い時代の人々」(このタイトルは、ハンナ・アレントのローザ・ルクセンブルクやベルトルト・ブレヒトらのファシズムとの闘いを描いた作品からそのままとられている)の評伝であっても明るくユーモアのある文章が読むものを励ます。そしてだからこそ、あの戦争の時代といまとを冷静に考えさせてくれる。

 本書の巻頭扉にベルトルト・ブレヒトの詩の部分が引かれている。良い詩なので同じ詩の別の箇所も紹介しておきたい。

  友愛の地を準備しようとしたぼくら自身は
  友愛を保てはしなかった

  しかしきみたち、いつの日かついに
  ひととひととが手を差し伸べ会うときに
  考えてくれ、ぼくらのことを
  ひろいこころで
(「あとから生まれるひとびとに」より 石黒 英男訳)

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。


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