〔週刊 本の発見〕『忘れられた巨人』(カズオ・イシグロ著) | |
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国家がなくそうとする記憶●『忘れられた巨人』(カズオ・イシグロ ハヤカワepi文庫 980円+税) 評者=佐々木有美
たとえば彼は、ノーベル賞の記念講演で次のように語っている。「…しかし今、振り返ってみると、ベルリンの壁が崩壊した以降の時代は、自己満足と機会が失われた時代のように思う。富と機会における巨大な不平等が、国民、国家間で増大することが許されてしまっている。特に、03年の悲惨なイラク侵攻、08年の恥ずべき経済破綻後に、一般の人々に押しつけられた長年の緊縮財政政策は、極右的なイデオロギーと民族的なナショナリズムがまん延する現在を引き起こしてしまった」。
それでは、なぜ竜はこんな役目を背負わされたのか。当時、この地では、ブリトン人とサクソン人が争っていた。戦を少しでも和らげるため女や子どもは攻撃しないという協定が作られたが、アーサー王の裏切りでサクソン人は大量虐殺された。その記憶を抹殺するためにアーサー王の部下によって、魔術を掛けられたのが竜だった。人々は、記憶を消されることで偽りの平和の中で生きていたのだ。 イシグロは、作品が上梓された2015年のインタビュー(『日経ビジネス』ON LINE 2015年6月26日)で、この作品を書く直接のきっかけが、冷戦後のユーゴの民族紛争だったと語っている。異なる民族が混じり合って平和に暮らしていたボスニアやコソボで起きた血で血を洗う戦争。その原因の一つは第二次大戦中に起きた、ナチス・ドイツの傀儡国家クロアチアによるセルビア人への虐殺・迫害だったという。その社会的記憶は、チトーの社会主義体制の下で力によって抑え込まれていたが、ユーゴスラビアが解体することで一気に噴出した。 日本はどうだろう。戦前の侵略と加害の歴史にほおかむりして、戦後の日本は経済成長に突っ走った。1990年代、冷戦体制が崩壊し、戦争と植民地主義の犠牲者たちが自ら名乗りを上げ、真相究明と謝罪を迫った。しかし日本は、真正面からそれに向き合うことなく、あいまいな政治決着に終始している。それどころか、加害の歴史自体を否定する勢力さえ現れ、勢いを増している。 イシグロは「今こそ日本は第2次大戦について日本と中国、アジア諸国との間で事実について異なる認識の問題に取り組むべきだ」と語っている。タイトルの「忘れられた巨人」とは、民族や国家が忘れたことにしている記憶(歴史)のこと。「忘れられた巨人」が、日本を見つめている。 *「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。 Created by staff01. Last modified on 2018-01-24 21:48:55 Copyright: Default |