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毎木曜掲載・第31回(2017/11/16)

本の生命力、そして時代

●『漫画 君たちはどう生きるか』(原作 吉野源三郎 漫画 羽賀翔一 マガジンハウス 1300円)・『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎 解説 丸山真男 岩波文庫 620円)/評者=志真秀弘

 1937年7月に盧溝橋事件が起こり、瞬く間に中日戦争へと広がる。ヨーロッパではヒトラーやムッソリーニがすでに政権をとっていた。そんな時代にあって、山本有三は「少年少女に訴える余地はまだある」と吉田甲子太郎(児童文学者)、吉野源三郎を語らい、全16巻の「日本少国民文庫」(全16巻、新潮社)を企画・完結させた。『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎)は、37年7月に「日本少国民文庫」最終巻として刊行された。(写真下=吉野源三郎)

 それが今年漫画化され、発売後数ヶ月で50万部を越すベストセラーになっている。

 『君たちはどう生きるか』は中学(旧制)2年生の主人公「コペルくん」の冬から春への数ヶ月の出来事、そして彼を見守る叔父さんの手紙からなる。友達へのいじめに一緒に立ち向かおうと約束したコペルくん。ところがその場にいたのに、彼だけが友達を見捨ててしまう。戦争に突き進もうとする時代の空気が小説に立ち込めている。愛校心のない学生は「非国民」の卵だから制裁を加えろなどの主張が広がって、「気風を一新すべし」と柔道部の上級生が気合を入れて回るような風潮が「いじめ」の背景にある。山本有三も吉野源三郎もこうした偏狭な国粋主義や反動思想に屈せず、自由で豊かな文化、人類の進歩への希望を「少国民」に託そうとした。これは抵抗の小説だった。

 人間は自分の行動を自分で決定する力も持つ、だからこそ誤るし、後悔もする。が、そこから立ち直ることもできる。悔恨に潜む再生、コペル君の「精神の弁証法」が、ここに描かれている。見守る叔父さんの手紙には、人としていかに生きるは社会の科学的認識、社会科学と切り離すことができないことが指摘されている。

 『君たちはどう生きるか』は数年前に「SEALDs選書プロジェクト 基本図書15冊」に選ばれているが、今回漫画化されて新装版(20万部)もそして岩波文庫版も売れ始めた。リーマンショックの年2008年、首切りも非正規雇用も広がった時、突然『蟹工船』(小林多喜二)がブームになったことを思い出す。

 安保関連法、共謀罪、「国難」と称しての解散、憲法改悪といった流れが軍国主義政策そのものであることは、誰の目にも明らかだ。2017年と1937年は符合している。本に生命力があるだけではなく、時代が本を呼んだのか。そう考えると、『君たちはどう生きるか』がベストセラーになっているのを優れた本が売れているというだけで済ますことはできない。

 『君たちはどう生きるか』は戦前版と戦後版とでは異動がある。戦後社会の変化に対応するための書き換えで、基本は変わらない。用語の変化、全体が短縮されていることなどその事情は岩波文庫に付された「『君たちはどう生きるか』をめぐる回想——吉野さんの霊に捧げる」(丸山真男)に詳しい。岩波文庫に収録するのに、しかし、なぜ戦前の初版テキストを強く推したかを、丸山は述べているが納得できる。敬愛する師吉野への追悼文として書かれたという事情もあり、最初から最後まで心のこもったこれは感動的な文章である。丸山自身が中学時代に「コペルくん」以上の卑劣な振る舞いをしたと述懐するあたりは、彼の正直な人間性を明かすだけではない。コペル君の思考と丸山のそれが「共鳴」現象を起こし、読むものにその震えが伝わる。

 漫画は清楚な画風でよく描かれている。が、丸山真男の解説を味わうためにも、ぜひ初版(岩波文庫)を合わせて読んでほしい。戦後に書き直された版にではなく、戦前の初版にこそ今の時代を考える材料がある。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美ほかです。


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