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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕ナオミ・クライン『これがすべてを変える〜資本主義VS気候変動』
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毎木曜掲載・第28回(2017/10/26)

地球温暖化の危機とポスト資本主義への想像力

●ナオミ・クライン『これがすべてを変える〜資本主義VS気候変動(上・下)』(幾島幸子、荒井雅子訳、岩波書店、2017年)/評者=菊池恵介

 この秋、ナオミ・クラインの新たな大著が翻訳された。2014年の刊行以来、たちまち25ヶ国語に訳された世界的ベストセラーだ。ナオミ・クラインといえば、『ブランドはいらない』(1999)、『ショック・ドクトリン』(2007)などの著作で知られるカナダのジャーナリストである。多国籍企業のブランド戦略や新自由主義の展開を世界的スケールで論じ、国際的に高い評価を受けてきたが、今回の著作ではさらに大きな課題に挑戦している。資本主義の発展にともなう地球温暖化と人類滅亡の危機である。

 現代の大半の気候学者の見解によれば、地球の平均気温は産業革命期以前に比べて0.8度上昇し、その影響は、北極や南極の氷床の融解や海水の酸性化、異常気象や巨大ハリケーンの発生など、さまざまな局面に現れている。このまま温室効果ガスの排出量の増大が続けば、やがてティッピングポイントと呼ばれる臨界点に達し、急激な気温上昇が始まる可能性がある。そうなれば、地球は激烈な熱波に襲われ、世界の食糧生産高は減少し、生物多様性は損なわれ、海面上昇によって多くの島々が水没するだろう。そのような破局的事態を回避するには、化石燃料に依存した現在の経済モデルを早急に見直す必要がある。こうして1992年のリオの地球サミット以来、温室効果ガス削減を目指す本格的な交渉が始まったが、2013年の世界のCO2排出量は1990年に比べて61%も増加するなど、なんの改善も見られていない。「排出量を制限する必要性について話せば話すほど、排出量は増大している」のが現状である。(写真=ナオミ・クライン)

 それでは、この四半世紀の交渉がことごとく頓挫してきた原因は、どこにあるのか。ナオミ・クラインによると、「その答えは、これまで多くの人から聞かされてきたどんな説明よりも、ずっと単純だ。私たちが排出量削減に必要なことをして来なかったのは、それが規制緩和型資本主義と根本的に相入れないものだからだ。破局を回避する可能性を最大限にもたらし、ひいては圧倒的多数の人々の利益になる行動が、経済や政治的プロセス、そして大手メディアのほとんどを牛耳る少数のエリートにとってきわめて大きな脅威であるために、動きが取れないのである」(24頁)。実際、温室効果ガスを削減するため、ただちに導入できる措置はたくさんある。ただそれが実現しないのは、市場原理主義を推進するシンクタンクにより、気候変動懐疑論が流布され、ロビー活動や政治献金により、国際条約が骨抜きにされてきたからだ。鳴り物入りで宣伝された2009年のCOP15(コペンハーゲン国連気候変動会議)の決裂は、その一例にすぎない。この会議では、地球全体の気温上昇を2度以内に抑えることが最終的に合意されたが、海抜の低い島々やサハラ以南アフリカの住民の多くにとって、それは限りなく「死刑宣告」を意味する水準だと言われる。しかも、締結された合意には拘束力がなく、各国の努力目標にとどまっているのである。

 そんな国際社会の閉塞状況に対し、いかに風穴を開けていくか。本書は、まず気候変動対策を阻害する政治的・経済的な要因を分析し(第一部)、地球工学のエンジニアや産業界と癒着した巨大環境保護団体が提唱する解決策を「魔術的思考」として退けた上で(第二部)、脱成長を目指す世界の多様な運動を報告していく(第三部)。オイルサンドやシェールガスの採掘に抵抗するカナダの先住民の闘い、再生可能エネルギーへの転換を目指す北欧やドイツの実践、石油産業や原発産業への公共投資からの撤退を求める市民のダイベストメント運動などだ。富の極端な集中が進み、ロビー活動や政治献金によって民主主義が蝕まれるなか、変革の兆しは草の根レベルで始まっていることが、これらの現地取材を通じて力強く示されていく。

 本書の最も重要な論点は、地球温暖化の危機が、同時に歴史的なチャンスにもなりうるという主張にある。これまで私たちは、経済成長こそ、人類を貧困から解放し、幸福をもたらす万能薬だと説明されてきた。だが、新自由主義の暴走の果てに到達したのは、少数の人々が富を独占する格差社会と、投機マネーによるバブル経済、そして地球温暖化による破滅の危機である。この悪循環を断ち切るためには、もう一度、市場に対する規制を強化すると同時に、巨額の公共投資(地球のためのマーシャル・プラン)を通じて、再生可能エネルギーを基盤とする定常経済へと移行しなければならない。そしてそれは「石器時代への回帰」を意味するのではなく、むしろ人々の生活の質を向上させ、南北格差を是正し、民主主義を土台から再構築するチャンスにもなりうるというのである。

 一般に成長神話や消費主義に囚われた現代人にとって、ポスト資本主義の未来を想像するよりも、「世界の終わり」を想像する方がたやすいと言われる。だがもし私たちが、一人の人間として、あるいは、子供をもつ親として、未来への責任を果たそうとするならば、いまこそ批判的想像力を発揮し、もう一つの世界の実現に向けて動きださなければならない。反グローバリゼーション運動の論客からクライメイト・ジャスティス運動の旗手へと成長したナオミ・クラインの渾身のメッセージである。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美ほかです。


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