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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕弱いものへの細やかな配慮〜『女たちの避難所』
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毎木曜掲載・第22回(2017/9/14)

弱いものへの細やかな配慮

●『女たちの避難所』(垣谷美雨、新潮文庫、2017年6月刊、637円)/評者=渡辺照子

 2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震による死者は、警察庁がまとめた2016年2月10日において、一連の余震での死者も含め、死者15,894人。行方不明者も2,562人にもなるそうだ。一人ひとりの方々にそれぞれの人生があったことを思うと、悲しみはいつまでも癒えない。巨大な津波が東北地方の沿岸域を襲い、福島第一原子力発電所の放射能汚染物質放出の事故と共に未曾有の悲劇をもたらした。

 この作品はその東北地方に架空の地域を設定し3人の女性を登場させている。55歳の椿原福子。津波に飲み込まれながら生き延び、その時助けた少年と避難所に向かう。28歳の漆山遠乃は生後6ヶ月の子どもを抱え、津波で夫を亡くす。傲慢な舅と、義兄の支配に苦しんでいた。40歳の山野渚はスナックを経営するシングルマザー。避難所を巡り一人息子を探す。この3人の女性たちは被災前でもそれぞれ「地方の」父権主義的な支配文化に何らかの形で抑圧されて生きてきた。仕事をしない福子の夫は、震災で亡くなることを妻の福子に期待されるほどだった。遠乃は舅に辛く当たられ、「嫁のくせに」「女子(おなご)のくせに」と言われ、その封建性に苦しんでいた。渚は自活のためやむなくスナックを営むが、近所の女性たちからは「店に夫を引き止めるな」と疎んじられ、それが理由で小学生の息子はいじめにあっていた。マスコミなどで「地方には地域コミュニティがある」と盛んに喧伝されるが、実際はこのような閉塞感、閉鎖性、息苦しさもあるのではないだろうか。

 「避難所ではみんな家族だから仕切りも必要ない」と言う男性リーダーの無神経さ。女性の下着を干すと盗まれる治安の悪さ、夜にはレイプの不安もつきまとう。瓦礫撤去は男性が担い、日当が出る。かたや避難所の200名もの食事をつくる女性の仕事はタダ働きだ。日常の性別役割分業が強化され、男女間の経済格差はよりひどくなるばかり。予期せぬ死を免れた者同士の間で喚起された非常事態の中での善意が精神的高揚を生み、ある種の理想郷を創る「災害ユートピア」はこの小説の中ではほとんど描かれない。

 清潔な風呂とトイレを願う生活が続く中での化粧水やハンドクリームといった女性ボランティア団体からの救援物資のありがたさ。まだ肌寒い避難所での温かい飲物や食べ物のおいしさ。当初、被災者にはゼイタクだとされていたものだ。「生き残っただけでももうけものだから、わがままや文句は言えない」との我慢比べがいかにむごいことかがわかる。

 私は福子の人を見る眼、観察眼に感服した。多弁ではない東北の人々に対し、相手の表情やしぐさに、相手の本来の要求や感情を読み取る。とりわけ女性たちは男性の抑圧によって言葉を飲み込み、感情を押し殺す。表出されない思いを解読するやさしさは、昨今話題となった忖度とは似て非なるもの。より弱いものへの細やかな配慮だ。そのスキルにより、遠乃、渚の窮状を感じ取り、つながりを創っていく。

 随所に描かれる男性への批判が小気味よい。「この国の人間は中年の女というだけで見下す」との福子の心の叫び。「威張りだがる男はみんな気が弱いもんださ。男の弱いどこさ気がづがぬふりしてやんねば機嫌さ損ねる」という遠乃の亡き祖母の言葉。「女の前でわざとらしく男を貶める言い方をする男が大嫌い。女なんてちょいと持ち上げてやりさえすれば、すぐにいい気になって言うことをきくと思っている」との渚の考え。まさに「激しく同意」だ。

 ジェンダーの視点で著される災害対策の論文や報告書で指摘された問題点が、この小説の彼女たちの生き方や考え方に自己投影することですんなりと体に入ってくる。物語の中に人が生きている。行間に人の息遣いがある。小説でなければ伝えられないことかもしれない。

 3人の女たちは新たなつながりを創る。「絆」という言葉で胡散臭く言い替えられた夫や舅・姑に仕える家族制度ではない。男性に自分の運命を変えてもらうわけでもない。「女たちの避難所」は被災者の避難所だけではない、自分自身を生きるための避難所なのだ。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美ほかです。


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