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東進ハイスクールの問題集に「大東亜戦争」の表記〜憂慮される「教育産業」の右傾化

    塚田正治(教育産業関係者)

 東進ハイスクールという予備校をご存知の方も多いだろう。「いつやるの、今でしょ」の林修氏が国語講師として在籍していることで有名である。その東進ハイスクールの経営母体が発行している問題集が、アジア太平洋戦争を「大東亜戦争」と表記している。「教育産業」の受験生への影響力の大きさを考えると、その「右傾化」が憂慮される。

●従来では考えられない問題集

 問題になるのは「東進ブックス」の『日本史Bレベル別問題集』(2016年3月・12月。http://www.toshin.com/books/archives/69.html 以下「2016問題集」)。この問題集は「超基礎編」から「難関編」の6つのレベルに分かれているが、そのいずれも基本的に「大東亜戦争(太平洋戦争)」の表記がとられている。「太平洋戦争」にカッコが付されていることに明白なように、「大東亜戦争」が基本名称とされている。

 この問題集の執筆者は金谷俊一郎氏。テレビに引っ張りだこの林氏ほどではないが、参考書などの執筆も多く、東進ハイスクールの「スター講師」の一人である(こちらに講師紹介→http://www.toshin.com/teacher/detail.php?teacher_id=40)。なぜ、同氏が「2016問題集」において「大東亜戦争」の名称を採用したのかの詳細は不明だが、「2016問題集」の約1年前に発行された『金谷の日本史−『なぜ』と『流れ』がわかる本− 改訂版」(2015年3月。上掲http://www.toshin.com/books/archives/69.html参照。以下「2015日本史」)から一定度、推測できる。ここでは「大東亜戦争」の名称に関して、当時の日本の「一般の人々」は欧米の侵略からアジアの国々の人々を救ってあげようと思って戦っており、侵略とは思っていないと力説されている(185頁。添付のCDでも同趣旨の説明)。ただし、「2015日本史」の段階では「太平洋戦争(大東亜戦争)」の表記になっているが、上記の「説」への思いが強まり「2016問題集」では「大東亜戦争」が基本名称になったのではないかと推測される。

 しかし、言うまでもなく「大東亜戦争」の名称は、戦争目的を「大東亜共栄圏」の建設によりアジアを欧米の植民地支配から解放することにあるとする当時の日本政府の見解に基づくものである。その侵略性を「隠ぺい」し、戦争の実態と大きくかけ離れたものであるため、現在では学術的に基本的名称としての使用を否定されている。ちなみに「2015日本史」では「南京事件」(南京大虐殺)や強制連行、創氏改名など「大東亜共栄圏」建設の実態、その内実についての解説は全くない(これらの問題に触れている参考書も多いので、「2015日本史」はかなり偏った内容になっていると言える)。また、上記した「一般の人々」の「思い」についての認識も、例えばアジアの民衆への「日本人」の差別意識に触れていないという一点のみを以ても、正鵠を射たものとは言い難い。「歴史の真実」から大きくかけ離れており、予備校講師とはいえ歴史を教える資格に関わる問題であろう。

 また、生徒を合格に導くという観点からも「大東亜戦争」の基本名称にはほとんど意味がない。入試で学術的に問題の多い「大東亜戦争」という名称についての知識が問われることはほとんどないからである。入試が準拠するという建前(あくまで建前だが)になっている教科書は「太平洋戦争」「アジア太平洋戦争」の名称が一般的だし、大学生としての適性を審査するという入試の意義からも学問的正当性が出題の前提になるのは当然である。さらに右肩上がりの時代であれば「思想的に偏った教育」は保護者・受験生に敬遠されたから、「2016問題集」「2015日本史」のような参考書の出版は経営的にも得策ではなかった。
 従来の大手予備校であれば考えられない問題集と言える。

●憂慮される「教育産業」の「右傾化」ー「保守政権」も利用を想定!?

 たかが予備校の参考書と軽視してはいけない。塾・予備校での勉強には合格と将来がかかっており、一般的には生徒は学校より集中して勉強する。仮に、そこで魅力あるパフォーマンスを展開できる「スター講師」が「大東亜戦争」の名称の意義を力説すれば、生徒への影響力は決して小さいものとは言えない。まして今の生徒は生まれた時から衰える日本しか知らず、その上、AIの驚異的進歩に遭遇して潜在的に将来への強い不安を抱えている。かつての戦争を美化する言説が浸透していく下地は十分にあると言える。

 さらに「大学改革」・「教育改革」後の受験では「『大東亜戦争』の名称は本当に正しいのか」を生徒が考えるゆとりはますます失われてきている。「偏差値ブランド」を上げる、あるいは守るための問題の難化が著しいからで(平均点が上がると、合格しやすいということになるので偏差値が下がる)、受験生の多い日本史ではとりわけ顕著である。かつて問題になった「重箱の隅をつつく」問題は「優しい」(「易し」くはない)レベルで、建前上、教科書に準拠するとしつつも、教科書・参考書に記載のない事項を問う問題は常態化している。慶応大学経済学部などは日本史の問題でありながら、世界史・地理などの学習範囲を出題する「掟破り」を公然と行っている始末である(詳しくは丹羽健夫『悪問だらけの大学入試』集英社親新書、2000年など参照)。そこでは与えられた「結論」を可能な限り正確に、かつ膨大に覚えることが勝負であり、「『考える』力を養う」という宣伝とは裏腹に「その『結論』は本当に正しいのか」にこだわる受験生は極めて合格しづらい。こういう環境下で「大東亜戦争」の名称を使用した授業が行われれば、「スター講師」ならずとも、生徒がその名称に「馴染む」効果は生じるだろう。オリンピック、サッカー・ワールドカップなどでの日の丸掲揚・君が代斉唱がそれへの「抵抗感」を失わせ、卒業式などでの「強制」への反対運動の広がりを阻む土壌となっているとみられることを考えれば、その意義を軽視することはできないはずである。

 筆者は自民党を筆頭とする「保守政権」はこのような「教育産業」の影響力の利用をすでに想定しているのではないかと推測している。「教育産業」には様々な人がいるが、大手の塾・予備校は私企業である以上、当然ながら「保守政権」との結びつきも深い。また、「教育改革」を「平成の革命」と称して強行した下村博文・元文部科学大臣は大学時代に塾を経営している(学校教師の経験はない)。「古巣」の「教育産業」との結びつけが浅いとは思われず、「保守的」な教育理念の実現のため、その利用を当然、想定しているとみるべきであろう。

 もとより「保守政権」の「本命」は学校教師に「大東亜戦争」の名称を使わせ、かつての戦争を正当化・美化する授業を行わせることである。しかし、北朝鮮のミサイル実験をはじめ、東アジアに強い緊張が走る現代において歴史教育に求められているのは、単に当時の日本政府の主張を鵜吞みにするのではなく、「大東亜共栄圏」の実態はどうか、とりわけ他のアジア諸国から見てどうだったのかを事実に即して生徒に教えることであろう。それが、相互に尊重しながら他国と共存するための道を模索する下地になるからである。学校という「本丸」を守るためにも「教育産業」の「右傾化」を軽視することは許されないと思われる。


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