最近の『教育勅語』論議に対して、少し思うこと

　　　　　高井弘之

　稲田朋美防衛大臣が「勅語の精神は親孝行、友達を大切にする、夫婦仲良くする、高い倫理観で世界中から尊敬される道義国家を目指すことだ」と発言したことに対し、国会でもネット上でも多くの批判がなされている。

　一見、批判し難いとされる、「父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ」などの常識的徳目をもって『教育勅語』を賛美・肯定する論者・論法に対し、しかしそれらは全て「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」（―つまり、国・天皇のために命を捧げよ！）という結論的「教え」へと到る―導かれるものであるという趣旨の批判の仕方が最も多いのではないかと思う。そして、それは、「勅語」の問題点を短く端的に指摘する必要がある場合には有効であると思う。

　しかし、少し長めに語り、書く余裕がある場合には、やはり、この『勅語』の冒頭に書かれている内容も私たちは問題にしなければならないと思う。そこには次のように書かれている。

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　朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世々厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ敎育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス
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　「日本―皇国」は（明治）天皇の祖先が「建国」したものであり、その天皇に忠義を尽くし、天皇と（しもじもの）民が「心ヲ一ニシテ」代々その美をなして来たことこそが「我カ國體ノ精華ニシテ敎育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス」という。ここに表明されているのは、大日本帝国（支配）体制の核心にある国体イデオロギーであり、「敎育ノ淵源」はここに在るというのである。
（そして、この『勅語』の締めのところでは、『勅語』に掲げた徳目は「皇祖皇宗ノ遺訓」であり、臣民が「遵守スヘキ所」であると書かれている。）

　「日本」は神なるアマテラスを祖先とする万世一系の天皇が統治し続けて来たのであり、それに民草が従い続けてきたのが美しい「日本の伝統」であり「日本人の姿」であり「国柄」である―つまり「国体」であるという、あの「国体」。それは、それまで、天皇とも「国体」とも無縁であった大多数の列島民衆を新国家に統合し統治するために、「明治国家」によってつくられ、列島民衆の前に提示されたものである。

　治安維持法が死刑対象とした「国体の変革」の「国体」であり、昭和天皇と大日本帝国支配層がアジアの人びとへの殺戮と列島「臣民」の犠牲を全く顧みることなくその「護持」に必死となったあの「国体」である。

　この国体イデオロギ―が支配思想としてより前面に出て来た１９３０年代後半には、それは次のように説明された。

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　大日本帝国は、万世一系の天皇皇祖の神勅を奉じて永遠にこれを統治し給う。これ、我が万古不易の国体である。而してこの大義に基づき、一大家族国家として億兆一心聖旨を奉体して、克く忠孝の美徳を発揮する。これ、我が国体の精華とするところである。この国体は、我が国永遠不変の大本であり、国史を貫いて炳として輝いている。（『国体の本義』１９３７年）
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　ところで、国体原理をその根底に持つ「大日本帝国憲法・教育勅語体制」の確立が急がれたことの大きな理由に「自由民権思想・運動」的なるものとの対抗関係が存在していたことはよく言われることである。

　人民とは自ら主体となって政治―「自己統治」を行ったり、国家権力に抵抗・対抗したりするものではなく、天皇・国家に従うものである。それこそが「日本人（臣民）」であり「日本の伝統」であるという形で、「日本」と列島民衆を勝手に定義し、その像をでっちあげ、その「像」にしたがって自らをつくりあげる―「教育する―される」ことを強いたのである。『教育勅語』によって。（『勅語』によれば、『勅語』の徳目に従うものは「朕カ忠良ノ臣民」なのである。）

　つまり、「教育勅語」の本質とは「奴隷像」の提示であり、勧めであり、強要である。

　現憲法の人権原理と人民主権原理（―その前提にある社会契約論や天賦人権説）を敵視し、この憲法を葬り去ろうとする者たちが、「国体原理」を大前提とする『教育勅語』を賛美するのは、けだし当然である。