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『太陽がほしい』元「慰安婦」に寄り添った20年〜班忠義監督

    林田英明

 日中双方の心情を知る班忠義(バン・チュンイ)さん(58/写真)の途切れない言葉に聴き入ってしまう。昨年公開した『太陽がほしい』は、班さんが撮影・編集・監督したドキュメンタリー映画だ。中国山西省の元「慰安婦」たちに寄り添った20年の重い記録が2時間(完全版は2時間45分)に凝縮されている。6月11日、北九州市で自主上映後に講演した班さんの映画への思いと日中友好への願いが80人の参加者の胸に響いた。日本軍「慰安婦」問題解決のために行動する会・北九州など主催。

 班さんは中国撫順市生まれ。黒竜江大学卒業後、日本人残留婦人との出会いから1987年に留学生として来日し、上智大学大学院博士課程を修了。中国残留婦人の問題にも取り組み、1992年に『曽おばさんの海』がノンフィクション朝日ジャーナル大賞に選ばれた。この年、『太陽がほしい』で最初に登場する元「慰安婦」の万愛花さんとつながり、継続的に聞き取り調査を始め、『太陽がほしい』は4本目のドキュメンタリー作品となる。

 ●万愛花さんとつながり

 冒頭、班さんは「日本と中国の歴史を追究する中国人はとても少ない」と寂しそうに切り出す。異国の日本に来て苦労する中国人にとっては、本国から褒めてもらいたくても、にらまれたくはないと考えるようだ。班さんも周囲から「危ないからやめておけ」と促される。中国で民主化を求める人たちは右翼扱いされ、日本で「慰安婦」問題を取り上げると極左と目される逆転現象に戸惑いながら「日本も左右に分裂させられている」と悲しむ。天安門事件(1989年)当時の学生指導者らを取材した映画『亡命』(2010年)でも、戦争問題に関わる人たちから「なぜ中国政府を批判するの?」と班さんに驚きの声が投げかけられ、離れていく人もあったという。班さんにとっては同じ視点なのだが、受け止める側は自分の政治的スタンスで分けてしまうということか。「どんな映画を撮っても自分の損になる」と班さんは苦笑した。しかし、「損得を考えず、正しい道を歩みたい。それは人間の計算というよりも神様の計算。太陽が上で照らして見ている」と続けた。「神様」が出てくるのは、クリスチャンの日本人妻との出会いの影響だろうか。柔らかい心を持つ信念の人である。

 元「慰安婦」たちに会うため山西省に初めて入ったのは1995年。それまでも残留孤児の内実が日本では正確に伝わっていないことにもどかしさを覚えていた。日本が豊かになったから帰国したがっているという誤解もその一つ。戦争が長期にもたらす被害の大きさと個々の事実を班さんは日本人に知ってほしいと訴える。それでも残留孤児は日本人の責任と考える国会議員らの意識と行動で、円満とは言えないまでも帰国の夢を多くがかなえた。

 しかし、「慰安婦」にされた残留婦人は容易な解決を見ない。韓国では政府も立ち上がって、保護活動に向かう韓国人も多いが、日中では「あれは売春婦だ」と180度反対の対応に終始する。班さんは抑えきれない感情が表に出てしまう。1995年、国会での「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」に対して班さんは「玉虫色になってしまった」と否定的だ。自民党内の右派勢力を中心に、中国人への心からのおわびに抵抗しているのが見て取れるからだろう。「歴史問題は若い世代の禍根になる。これからの日中友好の基盤は、おわびと赦し」と班さんは提起した。事実を謙虚に見つめ、日本人から平和への願いをもっておわびし、それを中国人が受け入れて赦す――そうなってほしいが、まだその過程には至っていないという班さんのジレンマでもあろう。

 ●一様ではない被害実態

 事実を知り、記録する。班さんが元「慰安婦」たちに会ってカメラを回した理由はそれだ。元々、映画にする気持ちがあって訪れたわけではない。彼女たちの傷痕は心身ともあまりにも深く、心を解いて話し始めるまでにはかなりの時間を要した。暴力を伴う性被害を受け続け、子どもが産めない体になったばかりでなく、心臓病や婦人病などに悩まされながら中国政府による支援はない。貧窮にあえぎ、早くに亡くなった女性も多かったと思われる。旧日本軍の侵攻は山奥では分散配置の形を取り、小部隊が現地女性を「慰安婦」のように拉致監禁し、強姦を繰り返した。業者が経営する慰安所という形態ではない。地域や場所によって被害実態はさまざまであることを映画では教えられる。

 1995年当時の班さんは日本のお寺に居候する身分で、彼女たちを病院に連れて行くカネはない。医療支援のため募金への協力を求める目的も撮影の同機に加わった。新聞に記事が出たこともあって班さんは彼女たちの医療費や生活費を渡すことができた喜びを今も忘れない。

 しかし、なぜ彼女たちは周囲の村人から「汚れた女性」「日本人の手先」などと不当になじられ白眼視されてきたのか、そこが私には理解できなかった。多くの日本人同様、私も中国のことをよく知らない。訪れたことはないし、友人もいない。班さんの説明を聞いてみよう。それは歴史を学ぶことにもなる。大躍進政策や文化大革命など毛沢東政権時の失政で3000万人以上といわれる餓死者や社会混乱を生んだ中国は、内政を重視し政権維持には外交すら利用する一党独裁国家である。性暴力被害を中国で初めて証言した万愛花さんは、共産党員だったからこそ口火を切れた側面があったようだ。むしろ、「私は慰安婦ではない。共産党員だから(旧日本軍に)連行され拷問を受けた」と映画で証言するように、自らを「慰安婦」とは認めない。何の自由もない主従関係による戦時強姦の被害者をそう呼ぶことは侮蔑に値するので、表記するならカギカッコ付きでと考えるのも理解できる。『太陽がほしい』の副題も〈「慰安婦」とよばれた中国女性たちの人生の記録〉であり、この日の主催団体名も「慰安婦」はカギカッコ付きだった。本稿でもそのように表記する。


*班忠義さんの原点となった『曽おばさんの海』が収録された朝日ジャーナル増刊号と『太陽がほしい』のシナリオを含む関連本

 ●公安の監視は解かれず

 民主化を求める天安門事件を圧殺し、その人権弾圧が国際社会の制裁を呼ぶと、中国政府は「慰安婦」問題を通して国内で人権意識が高まることを恐れたと班さんは解説する。そもそも共産党政権は形式的に「男女平等」をうたうだけで内実はウソ。人権意識や人格平等の近代文明思想が入り込まない封建的な女性蔑視は連綿と続いているという。だから、1990年代に「慰安婦」問題に国際的な注目が集まって韓国、台湾、フィリピンなどで被害者に自国政府や市民から支援がなされても、中国ではその痛みを和らげる措置は全く取られなかった。班さんの「慰安婦」取材に対しても、止めたり弾圧したりはしないものの、公安の監視は解かれず、時に連行を求められて聴取されるという。密告者は、身近で世話をし、班さんの活動にも理解を示していた若者だった。後で釈明を聞くと、謝りながらも「密告しないと国を出る時、パスポートの申請もあるし」などと友情より自分の利益を優先させたことを打ち明けた。班さんは「世界の情勢も国の情勢も知らないから、どうしようもない。これが現実。きょうのような上映会、講演会ができる言論の自由がないと中国は良くならない」と残念そうだった。

 では、封建的な遺風が消えたとはいえない日本はどうなのだろう。現在の安倍政権を支持する空気は「慰安婦」問題の解決に向かっているのか。班さんには、とてもそうは思えず、逆に危機感によるバネが映画となって結実したように感じられる。映画の中では、橋下徹・大阪市長(当時)が「戦場の性の問題は、旧日本軍だけが抱えた問題ではありません」と事実をすり替える発言をしたり右翼団体が「慰安婦」を否定する街頭宣伝をしたりする場面を織り込んでいる。ことに後者は、比較的若い女性が「慰安婦」の証言を「全く捏造だということが調べれば調べるほど分かります」と決めつけている。彼女がここで言う「慰安婦」はどうやら韓国を意識してマイクを握っていたようだが、一人一人の被害に向き合って長年、元「慰安婦」に寄り添う班さんの姿勢とは対極にある。「調べれば調べるほど」とは何を調べて結論に至ったのだろうか。

 ●民衆レベルで日中連携

 映画では戦時の加害行為を懺悔する元日本兵の証言も複数紹介している。また、万愛花さんが日本のクリスチャンの訪問を受けて、おわびの言葉に感謝しながら「本当はあなたたちではなく、罪を犯した人が来るべきですね」と語る場面もある。そして映画の最後、危篤の際に「真理がほしい」と叫ぶように話す箇所が忘れがたい。登場した7人の元「慰安婦」たちの死去年が記されて映画は終わる。この映画は、彼女たちの“遺言”ともなっているのだ。「真理」はどこへ行ったのか。班さんは映画に寄せた著書『声なき人たちに光を』の中で、万愛花さんが来日した集会で2度も気絶し「日本人を赦せない」と言い続けた真意を出会いから20年たって理解できたと記し、こうまとめる。「彼女が本当に赦せなかったのは、人間が人としての道を歩まないこと。日本軍が犯した罪はこの人道に対する挑戦であり、破壊だった」

 各地で開かれる自主上映では「忘却も加害の一形態である」といった感想が寄せられているという。マスメディアではなかなか報じられない。劇場にはかからない。班さんは「自主上映? これは中国では地下上映ですよ」と笑う。翻訳して中国でも上映できる日が来ることを本音では期待しているようだ。もし中国で“地下上映”をやれば1週間ぐらい勾留されるだろうと班さんは言い、日本で許されるのは、言論の自由が保障されている憲法のおかげだと強調した。

 中国13億人は、一人一人それぞれ違う。これからの時代は市民間のつながりが大事だと班さんは考え、「国単位でナショナリズムをあおるのは最悪」と話す。日本が率先し、中国で民主化を目指す人たちを応援する民衆レベルの連携を求め、「健全な民主国家になるうえで女性が社会にもっと進出し、平和な国になるよう努力してほしい」と注文をつけた。これは日中双方の民衆に向けたメッセージだろう。日本が二度と暗黒の時代に戻らないように、そして中国の状況を改善するために班さんは動く。心から日中友好を願う苦衷のドキュメンタリーは、見る者の胸を締めつける。


Created by staff01. Last modified on 2016-06-20 13:16:33 Copyright: Default

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