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LNJ Logo 飛幡祐規 パリの窓から : 今こそ人生を!〜「Nuit Debout 夜、立ち上がれ」に集まるフランス市民
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 第36回・2016年4月23日掲載

今こそ人生を!〜「Nuit Debout 夜、立ち上がれ」に集まるフランス市民

 前回のコラムで紹介した労働法典改正法案に反対する運動は、その後も続いている。3月31日に行われた4回目の労組・大学生・高校生統一デモは、政府の多少の譲歩にもかかわらず、3月9日の最初のデモをはるかに上回る人出(全国で警察発表39万人、主催者発表120万人)だった。パリでは降りしきる雨にもかかわらず、若者も中年・老年も元気いっぱいにイタリー広場からナシオン広場を歩いた。注目すべきはこの日の晩から、レピュブリック(共和国)広場に市民が集い、さまざまなテーマについて話し合う「Nuit Debout(夜、立ち上がれ)」という現象が始まったことだ。


 若者を中心とした市民が広場などに集まり、不平等の拡大と政治の腐敗を批判し、もっと人間らしく生きられる、真に民主的な世界を求める動きは、2011年5月15日にスペインのマドリッドで始まった15M運動(キンセエメ、「怒れる者たち」)や、同年9月に始まったOccupy Wall Street(「ウォール街を占拠せよ」)などの例がある。当時フランスでは2012年春の大統領選挙をひかえ、「左派が10年ぶりで政権を奪回してマシになるかも」という期待(幻想)があったせいなのか、同様の大きな運動は起きなかった。しかし、左翼を称する政権が公約に反してネオリベラル経済政策を進める一方、治安政策を強化して「緊急事態」や「国籍剥奪」を掲げ(この二つを憲法に書き加える憲法改正法案は結局、前回指摘したとおり、廃案になった!)、遂に保守政権も手をつけなかった労働法典の改正に乗り出すにいたって、左派の市民は「もうたくさん」と爆発したようだ。それが、労働法(エル・コモリ法案)に対する大きな反対運動と、この「夜、立ち上がれ」現象を生んだといえるだろう。4月初めにタックスヘイヴンを使った脱税という現実を暴露したパナマ文書が世界を揺るがしたが、フランスではル・モンド紙記者の取材と公共テレビFrance2の調査番組チームによるルポが紹介され、銀行や富裕階層がいかに不当に暴利を貪っているかが再認識された。

 レピュブリック広場に集まり夜を過ごすアイデアは、労働法反対運動が盛り上がる過程で生まれた。2月23日、LVMHの会長ベルナール・アルノー(フランス第1の資産家)と解雇されたLVMH傘下企業の元労働者たちについての映画『メルシー・パトロン!』(フランソワ・リュファン監督、彼はオルタナティヴ新聞ファキールFAKIRの編集長でもある)の試写会が行われた労働組合センター(レピュブリック広場のすぐ近く)で、集まった学生、労働組合員、アーティストなどが「3月31日のデモのあと、広場でこの映画の上映やコンサートをして、そのあと夜を徹して語り合おう」と決めた。そして実際、幸いにも雨がやんだ3月31日の晩、レピュブリック広場に大勢の市民(若者が多いが年長者もいる)が集い、それが毎晩繰り返されるようになったのだ。

 レピュブリック広場は集会やデモの出発点などに利用される場所で、昨年のテロのあと、自然にパリ市民が集まった象徴的な公共空間である。「夜、立ち上がれ」のマニフェストには、「それぞれが言葉と公共の場を自分のものとする。(…)政治は専門家のものではなく万民のものである。(…)私たちは、共和国において自分たちの場所をとり戻すために、公共空間を占拠している。ここに来て、共通の未来変革をいっしょに決めよう」とある。公共の利益と人間を無視する指導者たちに政治を任せてはおけない、市民が話し合って世界の未来について考え、行動しようという趣旨だ。「夜、立ち上がれ」はパリだけでなくフランス各地、そしてベルギー、スペインなど外国の街にも波及した。

 広場では、午後からあちこちで分科会による話し合いやワークショップが行われている。民主主義、経済、住居、健康、気候/環境、ゼネスト、難民、マイノリティ差別、表現の自由、アクションなど、さまざまな分野とテーマの委員会が設けられ、新しい憲法を起草するグループもある。小グループで討論した結果は毎夜、18時からの総会で報告され、何か決定したいことがあれば挙手で選挙する。最初にできたのは、広場と集会の運営のための具体的な委員会(進行調整、兵站、食事、コミュニケーション…)で、「警備」は語弊があるので「平穏」と呼ばれる。総会で発言したい人は開会前にリストに登録し、発言は2〜3分くらい。賛同などを表すのに、15MやOccupyなどの運動と同様に、手話のサインが使われる。

 広場に集まる人々は学生をはじめ若い世代(20代30代)が多いが、中高年も見かける。保守系のメディアは「過激な左翼」の集まりだと決めつけたが、もっといろいろな種類の人がいる。サン・パピエ(非合法滞在者)や難民援助、差別反対運動などの活動家、アナーキストや左翼運動家もたしかにいるが、旗印は掲げていない。大多数はこれまで政治に関わったことがないようだ。パリのあちこちで見かけるホームレスや見物人も混じり、夜がふけるにつれて酔っぱらいも増える。しかし、真夜中に少数の暴力的な人たちによる破壊行為が何度かあった以外は、午後から深夜まで平和に集いが行われる。フランスはまだ「緊急事態」令下にあるが、DAL(住宅への権利運動をする市民団体)がパリ警視庁に集会の申請をして、24時までの集会が許可されている。しかし、それ以降も広場のテントなどで夜を過ごす人々は明け方、機動隊に追い払われる。したがって、ソリデール組合連合系などが貸している電源、毎晩実況中継をする自治メディア(「立ち上がれ」ラジオと「立ち上がれ」TV)の機材などを含め、広場に設置される簡易ブースは毎晩12時に片付けて自分たちで撤去し、翌日また設置するという作業が繰り返される。3週間以上もこれが続いているのだから、すごいエネルギーである。

 現地に足を運び、討論に参加して印象深いのは、みんなとても感じがよく、オープンで話しやすいことだ(パリではとかく、不機嫌で不親切な対応に出会いやすい)。この上機嫌な雰囲気は次のような若者の言葉に表されているーー「もっと生きるための時間をつくるべきだ、いっしょに過ごす時間が必要なんだ。ここで話し合うのは気分がいいよ」。討論においては特定の人物が発言を独占しないように気を配り、暴力的・攻撃的な態度を避けようと努力しているのがわかる。また、性差別にも敏感で、性差別表現が使われたら、聴衆は両手を使って非難のサインを送る。つまり、各自の意見を尊重する直接民主主義を徹底させ、ヒエラルキーやリーダー、政党、組合などに取り込まれることを拒む意志が強いため、討論は長引き、しばしば結論を出せずに翌日に持ち込まれる。

 「労働法だけじゃなくて、望ましい人生とは何か、もっといい人生を送るにはどうすればいいかを僕たちは考えたいんだ」「今のシステムはもうたくさんだ、新しい世界を自分たちでつくろう」といった言葉に表されるように、広場に集まる人々の問いかけは、さまざまな社会問題に限らず、生き方、政治のやり方、学び方など多様な方面に拡散している。一方、はじめ「夜、立ち上がれ」のために中心的に動いたのは、「さまざまな闘争の集中(一本化)」という考え方を掲げる若者たち(独立紙ファキールなど)だった。一本化するには目的と方針、戦略について最低限の同意とオーガナイズが必要だが、今のところ、全体の具体的な共通意志や方針を引き出すには至っていない。

 さまざまな闘争と連帯するという意味ではたしかに、難民や国鉄の労働組合を応援するアクションなどが、ときおり行われている。また、失業者と低所得者が多い郊外の住民とつながろうという呼びかけもなされ、郊外のいくつかの町でも集会が行われている。「ゼネスト」委員会が設けられ、労働者の闘いを描いたドキュメンタリー映画『Comme des lions獅子のように』(2012年にパリ郊外のプジョー・シトロエン自動車工場で行われた労働者ストを追った秀作、フランソワーズ・ダヴィス監督)は広場で上映された。しかし、労働者や郊外地区との連携はほとんど進んでいない。学生運動からゼネストに広がった1968年5月革命のときと異なり、広場に集まる大多数の人(主に中産階級)と労働者のあいだには溝があるようだ。

 4月20日、「夜、立ち上がれ」が始まって4週目に入った夜、「次の行程」についての話し合いが独立紙ファキールの呼びかけで、広場のそばにある労働組合センターで行われた。5月1日のメーデーで労働組合と「夜、立ち上がれ」が連携しようというフランソワ・リュファン、経済学者フレデリック・ロルドン、労働組合員などの提案に対し、参加者の中には組織化に強く反発した者がいた。具体的に政治的なアクションを組織しようとする者たちと、完全な水平思考の自治を続け、指導を受けたくない者たちのあいだで、亀裂が広がり始めたようだ。

 その他にも、暴力に対する考え方の相違や、右派の哲学者アラン・フィンケルクロートが見物に来たときに彼を排除した少数の者がいたことなど、対立が起きている。それでも1か月近く毎日、大勢の市民が広場に通い、よりよい世界を求めて行動している。討論のテーマは実に多様で、デッサン、コーラス、詩などのパフォーマンスもあり、運動というより社会フォーラムが毎日行われているようなものだが、期限や中心組織がないから、まとまりがつかずに混沌としている(秩序だった行動になれている多くの日本人には、たぶん耐えられない悠長なカオスだ。)この現象から何が生まれるのか生まれないのか、労働法反対など社会運動にどのように連携していくのか、今のところ誰も予測できないようである。

 いずれにせよ、「夜、立ち上がれ」はこれまでのフランスでの社会運動とは異なった面をもつ現象である。インターネット世代の個人主義が強く現れているが、若者をはじめ大勢の市民が時を共にして、自治を基盤にした民主主義を実践しながら新しい世界を模索したという経験は、おそらく各自に何か豊かなものをもたらすだろう。そして、この市民による言葉の解放は、テロと「緊急事態」による重苦しい雰囲気を打ち破ったともいえる。オランド政権への幻滅や怒りで陰鬱な気分だった左派の市民は、少し明るい息吹を感じているようだ。メトロのレピュブリック駅に貼られた広告ポスターに、「今こそ、人生を」と落書きがされていた。オランド大統領の選挙キャンペーンのスローガン、「今こそ、変革を」をもじったものだ。

 労働法反対の次の統一デモは4月28日(木曜)に行われる。つづいて5月1日にはメーデーの統一デモがある。学生や労働組合の運動と「夜、立ち上がれ」がどうつながっていくのか、注目したい。

 2016年4月23日 飛幡祐規(たかはたゆうき)

*写真=Olivier Ortelpa, Nicolas Vigier, Christian Fonseca, Yûki Takahata


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