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子どもの心に踏み込む「教育」はごめんだ!〜「道徳」の教科化を考える集い

 佐々木有美

 「道徳」と聞いて人は何をイメージするだろうか。自分の経験では、小学校で「道徳の時間」があったが、まったく印象に残っていない。そもそも授業などなく、自由時間として使われていたような気もする。その「道徳」が2018年度以降、小学校・中学校で教科化されるという。教科化されるとは、教科書が作られ、子どもたちが評価されるということ。この問題をめぐって4月2日東京・阿佐ヶ谷で集会が開かれた。主催は「杉並の教育を考えるみんなの会」。

 報告者の一人、宮澤弘道さん(38歳)は、小学校教員。昨年、教職員を中心に研究者・保護者などと共に「道徳の教科化を考える会」を立ち上げた。宮澤さんは「道徳を教科書で教え、評価することは、子どもたちの内心に踏み込むこと。絶対やってはいけない」と、教科化には反対の立場だ。イジメ問題で、道徳が必要という声もあるが、イジメは社会構造の問題で、道徳では解決できないと言う。北海道教育大学ほかの四つの大学が行った調査でも小学校教員の約8割が教科化に違和感を覚えている。

 しかし2018年の実施を前に手を拱いているわけにはいかない。教科書を使っても子どもの内心に踏み込まないような授業を発信したいと、宮澤さんは考えている。それが、読み物教材の「中断読み」だ。答えが用意された結論部分まで読ませないで、途中で切って子どもたちの多様な意見を聞く。この実践方法を詳しく解説したのが、今年2月に発行した「できるのかな?『特別の教科 道徳』Vol.1」だ(写真)。小型で読みやすく工夫されたパンフレットだ。次には評価をテーマに発行を予定している。
 *パンフレット申込みは「道徳の教科化を考える会」info.doutoku@gmail.com

 鶴田敦子さん(元聖心女子大学教授/写真下)は、「道徳は、他人から教えられるものではなく、自らが価値観を選びとるもの」と話した。教科化で懸念するのは、学校全体が道徳化すること。つまり戦前の修身のように、他教科にも道徳的要素が加わり、科学的認識がなおざりになることだ。また、学習指導要領「道徳」の内容の9割が戦前の修身と重なっていて、現行憲法の基本的人権や平和、人間の生命の尊重などの記述が一切ないことが指摘されると、会場から驚きの声が上がった。「安倍政権は経済大国・軍事大国をめざしている。教育はそれをすすめる人材を作り出すもの。道徳の教科化もその要請だ」と鶴田さんは語った。

 集会後半の対談では、学校現場のなまなましい話も出された。宮澤さんのクラスでは「平和を希求するクラス」「人権を尊重するクラス」という標語を教室に貼っていた。それを見た校長は「平和は思想的だから、はずしなさい」と言ったそうだ。(宮澤さんははずさなかった)。管理職のパワハラがまかり通り、おかしいと思っても従わざるを得ない現場では、思考停止や自主規制に走る教員が増えている。宮澤さんはそうしたなかでも、職場の一人ひとりとつながるようにしていると言う。「出すぎた杭は打たれない」、だから宮澤さんは元気に闘える。


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