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LNJ Logo 飛幡祐規 パリの窓から : 「超過勤務よりセックスを」〜労働法典改正反対の盛り上がり
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 第35回・2016年3月20日掲載

「超過勤務よりセックスを」〜労働法典改正反対の盛り上がり

 去る2月16日、フランスの国民議会は元老院につづいて、「緊急事態」のさらに3か月延長を可決した(5月26日まで)。昨年11月のテロ直後、前回の延長に比べれば、反対が6人から31人に増えただけでなく(元老院では0から28人)、賛成は300人以上減った(欠席した議員も多い)。この「緊急事態」の持続がテロ防止にさほど効果がなく、人権が制限される弊害のほうが大きいことが、次第に意識されてきているのだろう。前回のコラムで1月7日内務省発表の数字を紹介したが(http://www.labornetjp.org/news/2016/0202pari)、2月24日発表の数字では3397件の家宅捜索のうち、テロに関する起訴手続きは5件のみ。274人の軟禁者のうち、2月27日以降も継続されるのは100人以下になる見通しだ。この時点ですでに100人以上が取り消されたわけで、警察・行政の権力濫用が多かったことが示されている。

 トビラ前法相辞任の原因となった「緊急事態」と「国籍剥奪」についての憲法改正案は、2月10日に賛成317、反対199、棄権 51で可決された。しかし、第一条(緊急事態の条項)の討議・採決の日、実に441人(76%)もの議員が欠席。「二重国籍者」という言葉を使わない文面で提出された国籍剥奪の条項の採決の日は、賛成162反対148棄権22という「接戦」になった。社会党議員に対して、政府や党幹部から強い圧力がかけられたというが、それでも反抗した議員がけっこういたわけだ。この法案は元老院で3月中旬に討議され、文面(内容)が変更された。同じ文面で両院の5分の3を獲得するのはほとんど不可能だろうから、この憲法改正案は結局、葬られる可能性が高い。

 さて、現政府(2月12日に一部内閣改造)がいかに「左翼」の理念や価値観に反することをやっているかをずっと書いているが、2月にはさらに大騒動が始まった。3月に国会で討議される予定だった労働法の改正法案の内容が、閣議決定前にメディアにすっぱ抜かれたのだ。複雑すぎる労働法をシンプルにして、雇用を増やす名目で練られたはずの改正案は、最高経営責任者組合Medef(経団連のような団体)が拍手喝采するような、ネオリベラル思想に即した内容であることがわかった。おまけに、この法案を通すのに、採決なしに法案を通せる憲法49条3項を使う可能性をヴァルス首相がほのめかしたため、反対運動がまたたく間に広がった。ちなみに、2015年7月、日曜日の労働許可など規制緩和を進めた「マクロン法」は、与党の社会党内で反対が強かったため、この方法で採択された。

 2月19日、インターネットのchange.orgに「労働法、ノン・メルシー(いいえ、けっこうです)」という署名が出現した。同じタイトルのサイトには、ミリアム・エル・コモリ労働大臣が提出する予定の労働法典改正案のうち22項目について、それらがいかに経営者側に有利な内容で、現在より労働者を不安定な状況にするか、労働者を保護する「労働法典」の趣旨にいかに反しているかが説明されている。キャロリーヌ・ドゥ・ハースというフェミニストや労働組合員などのグループが始め、改正法案撤回を求める署名は、数日で50万、2週間後に100万を超えた。これはフランスのchange.orgで集められた署名の最多記録(そのスピードも)である。また、Youtubeとtwitterでは 「On vaux mieux que ça. (私たちはもっと価値がある、もっとマシな人間だ)」というアカウントが若者たちによってつくられ、現在すでに雇用がいかに不安定であるか、さまざまな証言がビデオやツイートで多数寄せられ、共有された。2月24日には、Facebookでデモとゼネストが呼びかけられ、法案が提案される閣議の日3月9日に、法案撤回を求めるデモを行うこと(学生組合、高校生組合、ほとんどすべての労働組合)が決定された。

 近年の社会運動はまずソーシャルメディアで始まるが、この労働法典改正反対の盛り上がりは、フランスでも前例がないすごさである。2月29日、ヴァルス首相は法案の閣議提出を2週間遅らせて3月24日にすると発表し、それまで労働組合と話し合いをつづけ、趣旨は曲げないが改善すべき部分は改善すると述べた。また、政府側もソーシャルメディアで対抗しなければと、エル・コモリ労働大臣は「労働法」というツイートを開始した。しかし、「あなた方は法案を誤解している。ちゃんと説明します」という口調のため、「私たちが理解できないと馬鹿にしている」と反感はさらに高まった。ソーシャルメディアの爆発的な動きは従来のメディアでの議論を活性化し、連日「法案」についての賛否両論が交わされるようになった。

 そもそもこの法案は、労働関係の分野を専門にする社会党議員たちを関与させず、労働組合とのまともな協議もなく、労働関係が畑でないエル・コモリ労働大臣(昨年9月に任命)の名のもとに、実はヴァルス首相の側近官僚などによって作成された。ゆえに社会党内からも激しい批判が上がり、ほとんどすべての労組(「改革派」とよばれるCFDT(フランス民主主義労働同盟)も含む)が反発した。労働大臣の最も重要な協力者は「首相が采を採って、労働者の権利を後退させる法案をつくった。左翼として受け入れられない内容だ」とメディアに表明して、辞職した。

 3月9日のデモには多くの若者(大学生、高校生)が参加し、全国で主催者発表50万人近く(警察の数字は約23万人)、パリは主催者発表10万人(警察発表27000)が路上に出て、法案の撤回を要求した。10年前の2006年春、「初採用契約CPE」法をめぐってフランスでは大掛かりな若者たちの運動が起こり、可決された法を撤廃させたことがあった。政府は二の舞を踏むことを怖れて、ただちに「法案を改善する」と表明し、大学生や高校生組合、労組代表と会談した。3月14日には修正箇所の概要がいくつか発表された。しかし、その内容では全く不十分だと判断した学生・高校生と労組は「撤回」を求め続け、3月17日に再び集会・デモを行うことを呼びかけた。


 *3月17日のデモ

 左翼政権のもとで、左派の市民が大規模なデモを行うのは稀である。この労働法典改正法案の何がそんなに問題なのだろうか。

 まず、労働法典の根本的な考え方を覆す点が指摘されている。これまで、労働者の権利を保証する労働法典に基づき、産業部門ごとに労働協約が結ばれ、企業内の労使協定はそれより悪い条件であってはならないというのが原則だった(近年、例外が出てきているが)。それに対して、この法案では、企業ごとの労使協定が優位に立つシステムに転換される。3月14日の「改正法案修正版」でもこの点にほとんど変化はない。企業内の労使協定が優先されれば、同じ部門で労働条件にばらつきが生まれ、全体的な労働条件の悪化が懸念される。

 たとえばフランスの労働時間に関する規定は、社会党のジョスパン政権が制定した「週35時間労働法」(1998年、2000年)に基づいている。実際の週平均労働時間は約38時間で、ヨーロッパの平均を少し上回る。超過労働は週最長48時間(例外的に60時間)まで認められており、超過手当てが払われる。2002年以降の保守政権は、35時間法を次第に切り崩してきた。たとえば、4週間まで(企業か部門の労使協定がある場合は1年間まで)に限り、その期間の労働時間を累計して、超過労働を出さない(超過手当てを払わない)調整が可能だ。改正法案では、その期間を従業員50人未満の中小企業では16週間、企業の労使協定がある場合は3年間に延長する。そうなったら超過手当てが払われないまま3年間働きつづけ、解雇されてしまう危険性がある。(「修正版」では3年延長するには、部門の労使協定が必要となった。)1日の最長労働時間は10時間だが、労働条件視察官の許可あるいは2008年の「改革」以降、部門の協定があれば、12時間まで延長できる。改正法案は、企業の労使協定のみで延長を可能にする。また、夜間労働やパートタイム労働者の条件悪化や、「一括日数制」(労働時間を計算しない)という、すでに管理職の約半数に適用されている制度(欧州社会憲章に反するため、フランスは欧州社会権委員会から4回にわたって非難されている)の拡張など、改正法案はすでにフレキシブルな傾向をさらに助長する。この改革は雇用を増やすのが目的だというが、労働時間の延長が今より簡単に、安上がりにできるようになって、従業員を増やす雇い主がいるのだろうか?

 さらに、不当解雇の際に賠償金の上限をもうける(大批判が起きたため、「修正版」では上限は「目安」とされた)、「経済的理由による解雇」の条件を緩和する、企業が買収された際の雇用保障の低下、不当解雇に対する賠償金の保証がなくなるなど、今より容易に解雇できる措置がいくつもある。そして激しい非難の対象になっている措置のひとつに、「従業員の30%を代表する少数派組合の提案による社員投票によって、企業内の労使協定を有効にできる」というのがある。現在、30〜50%の少数派の労組の同意で協定を有効にするには、多数派の労組が拒否しないことが不可欠だが、その拒否権がなくなるのだ。「社員投票」というといかにも民主的に聞こえるが、モーゼル県の自動車工場で実際に起きた例(解雇を怖れて、37時間労働賃金で39時間労働に延長することを、9割以上が受諾)が示すように、従業員は雇用者に対して従属関係にある。「社員投票」は、従業員の権利を守る役割を担う労組と従業員、また従業員どうしの関係を悪化させる、と法学者のパスカル・ロキエクなどが指摘している。

 フランスでは、2008年の経済危機以降は特に慢性的な経済不振がつづき、現在の失業率は10, 3%(本土10%、18〜24歳24%)だ。オランド大統領は失業率が下がらなければ次期大統領選に出馬しないと表明し、「雇用(無期限契約)を増やすため」の政策を進めてきた。候補者時代の綱領とは裏腹に、それらは主にネオリベラル思想に即した企業への援助だった。規制緩和すれば経済が活性化する、労働法に守られすぎている労働者が雇用増加を妨げている(「インサイダー」と、失業者や不安定就業者などの「アウトサイダー」を対立させる)といった経済観にすっかり染まったのだ。しかし、たとえば2008年の経済危機で失業率が9%から25%にまで上がったスペインでは最近、雇用が増加したが、それは政府の規制緩和政策によるものではなく、景気の回復による雇用の復活である。国民党政権になってから雇用数は増えておらず、新たな雇用の6割以上が不安定な雇用だ。規制緩和改革の手本とされるドイツは、1994年から2012年までの期間に3百万の雇用をつくったが、そのほとんどは女性のパート労働など、不安定な雇用でである。

 また、2014年12月に「フレキシブルな雇用と労働者の社会保障安定を両立させる」という名目で強行的に採決されたイタリアの「Jobs Act」は、2015年に多数(約76万の「無期限契約」)の雇用を生み出したとイタリア政府は豪語している。しかし、「無期限」といっても最初の三年間は容易に解雇できる契約であり、若者の雇用は増えなかった(15〜24歳の失業率は現在39,3%)。新契約が急増したのは、この契約を結ぶ企業に1年間、社会保障費負担金を免除したせいだとイタリア銀行の報告書は分析している。一方、労働者の社会保障安定の面で、具体的な措置は何も進んでいない。

 規制緩和や労働法典の改正を奨励する人々は、現在の経済と新たな労働様式(グローバル化、テクノロジーの発達など)に適応して、企業の競争力を高めるために、それらが必要だと主張する。しかし、それなら第一に力を入れるべきは、新しい業種への転職など、変化に労働者が適応できるような職業教育だろう。デンマークは20年前からその選択をして、10%の失業率を5%に減らした。もっとも、超スピードで変化する現代社会で「勝ち組」になろうとする企業が求めるような人材(24時間常にパソコンや携帯で仕事に「繋がり」、あらゆる状況と変化に適応できて、いつでもどこでも会社のために「創造的に」働く)など稀だろうし、いてもしだいに疲弊して長続きしないだろう。恋人や家族、友人とのつきあい、子育て、趣味や情熱、市民活動などにあてられる時間と余裕がすべての人から奪われたら、人々は心身を病み、人間性を失い、社会はうまく機能しなくなるだろう。

 その意味で、デモで見かけた「夜は労働ではなく、セックスのために」「超過勤務よりセックスを」などのスローガンは、1968年五月革命のエスプリ(「戦争よりセックスを」のパロディー)を継承していて、フランスらしい。3月17日のデモは9日より人数は減ったが、大学生と高校生の姿がさらに目立った(学生組合によると全国で15万人、警察発表69 000人)。これからの長い労働(失業)人生をひかえた高校生たち、働きながら学ぶ者も多い大学生たちは、若者が「見習い」制度や非正規雇用などで、いかに苦労しているか知っている。ヴァルス首相は法案の「修正版」で、資格や技能をもたない若者を対象にした「若者保障」の適用を拡張すると発表した。しかし、若者たちの不満は簡単におさまりそうもなく、修正版改正法案が閣議に提出される3月24日には再びデモがよびかけられている。その1週間後の3月31 日は、労組との統一デモである。修正版の発表後、労組は分裂のきざしも見せているが、大学生と高校生は長期にわたって運動をつづける意気込みだ。一方、経営者組合や保守陣営はオランド政権の「後退」を批判している。保守政権が手をつけなかった労働法典の切り崩し法案を、「左」を称するオランド政権は通すだろうか(5月に国会討論の予定)? 若者たちの動きが、それを止められるだろうか?

  2016年3月19日 飛幡祐規(たかはたゆうき)

*上から3枚の写真は3月9日デモ (c) Christian Fonseca


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