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被曝から子どもを守りたい〜「チェルノブイリへのかけはし」野呂美加さん

      林田英明

 怒っている。笑っているように見えて、野呂美加さん(52)は被曝の現実に怒っている。札幌市のNPO法人「チェルノブイリへのかけはし」代表として保養活動に取り組んできた野呂さんにとって、子どもたちの危うい未来に、いてもたってもいられない気持ちなのだろう。2015年12月6日、北九州市小倉北区の男女共同参画センター・ムーブで開かれた講演会は、女性を中心に熱心に耳を傾ける姿が目立った。

●「復興」優先する逆転政策

 野呂さんは、チェルノブイリ原発事故で被災したベラルーシ共和国の子どもたちを日本に転地療養させる活動を1992年から始め、これまでに648人を招待した。併せて被災地への救援も進め、「かけはし」は2005年度の国際交流基金地球市民賞を受賞するに至る。しかし2011年、東京電力福島第1原発事故によって活動は変容を余儀なくされた。日本の子どもたちの健康回復を考えなければならなくなったのだ。保養先として北海道内の廃校となった小学校や沖縄、フランスにも足を延ばしているが、政府が推し進める福島への帰還政策に野呂さんは腹が立って仕方がない。

 「復興なんてない」
 この一言に野呂さんの思いが詰まる。福島の汚染状況は、復興を考えるには何世代も経なければ不可能と感じればこそ、あえて憎まれ役も買って出る。これまで年間1ミリシーベルトだった一般人の基準が文部科学省によって20ミリシーベルトまで被曝を許容されるなど、現実を学校に受け入れさせる真逆の方針に正面から反対する。地元産を給食に取り入れるのは、第1次産業を衰退させないためではあっても、品目によっては放射性物質を測定しがたいものもある。骨ごと食べる小魚教育をしている保育園児を心配する母親たちに農林水産省が「魚の切り身にストロンチウムはたまらない」と言い、文科省はシイタケを使うよう事務連絡を流す。厚生労働省も一般食品は100ベクレルまではOKとの立場を示して、三位一体の安全宣言が完結する。そしてIAEA(国際原子力機関)の名を出す責任逃れの釈明を耳にしては、野呂さんが「守りたいのは子どもの健康ではなく、原発産業ですか」と語気を強めるのもうなずける。

 給食を食べないと、いじめにあう。弁当持参への圧力は親子に及び、箸を忘れれば教師に無視され、手で食べざるをえないこともあった。放射能の心配をしたら非国民扱い。あれこれ考えても仕方ないと思考停止して下を向く。ストレスで夫婦げんかも起きてしまう。こうしたやるせない日常が福島から報告されている。

 野呂さんは、20ミリシーベルトにお墨付きを与えた長瀧重信・長崎大学医学部長や山下俊一・長崎大学副学長の名も挙げて批判した。2013年、「汚染されたものを食べても大丈夫」とテレビで発言した山下氏にチェルノブイリで活動していた市民グループが電話で尋ねたところ、「立場上、仕方がなかった」と答えたという。事実であれば、保身のために、時の政権の意向に合わせて本心と異なる見解を表明したことになる。だが、この「立場上……」というのは学者に限らず、司法、マスメディア、そして政治家から市民個々にまで広がっていないだろうか。

●原発事故後の総無責任体制

 野呂さんは考える。そもそも原発の燃料となるウランを採掘する段階から先住民族の被曝は始まっていた。荒涼の地にウランは眠る。ホピ族は「眠っていることで、それは役割を果たしている。掘り出してはいけない」と警告しており、「使い方によっては人類は滅亡してしまう」と予言していた。地底から掘り出されたウランは、結局めぐりめぐって私たちの体の中に入っていく。使用済み核燃料の処分方法も先送り。始まりと終わりの姿を見ないふりして享受する電気を「クリーン」と言ってのける度胸など私にはない。それでも核を手放そうとしない者の末路が野呂さんには見えるのではないか。「全人類が、これからの命に対して責任を負っている」と会場参加者に自覚を促すのは、福島原発事故後に露呈したこの国の総無責任体制の裏返しでもある。

 チェルノブイリ原発事故で隠しきれなかったデータとして死亡率の増加と小児甲状腺がんの増加を挙げながら、野呂さんは「死因」はそれだけだろうかと疑問を抱く。例えば胃がんで亡くなっても、併発した肺炎を死因と発表されたらどうだろう。多臓器不全だったら? チェルノブイリ原発の石棺が壊れかけた時にウクライナを訪問したこともある野呂さんは、髪の毛に付着した放射性物質がなかなか落ちず、帰国後も頭がボーっとする状態がしばらく続いた体験からも、すべての免疫機能を破壊していく被曝の怖さを知る。

 「チェルノブイリ・エイズ」と呼ばれる、その個人の最も弱い部分からさまざまな症状や病気が表れる子どもたちの健康を回復させたい、むざむざ殺させはしない、そんな熱い思いが伝わってくる。 だから、空間線量の数値が下がって安堵するのではなく、土壌汚染に目を向けるよう注意を促した。関東も油断ならない。「利根川水系の汚染は、渦中にいると判断できない」とクギを刺し、例えば「お風呂の水がビリビリする」といった肌感覚こそ大事にしてほしいと願う。そして、こう断言する。「助けたいという気持ちだけで福島へ行ってはいけない」。向かいたい気持ちはよく分かる。人間は一人では生きていけないからこそ手を差し伸べる感情は自然だ。しかし、その素朴な思いが逆に利用されている。そして、福島原発が地図から消えている観光パンフを野呂さんは指しながら、原発関連死の地図こそつけるべきだと声を高くする。「観光ツアーではなく、これではデスツアー」。やや言い過ぎではないかとも感じられるほど、その真情はストレートだった。

●国と県による「帰還命令」

 本当なら、年間1ミリシーベルトでも限界。慢性的な低線量被曝のほうが、むしろ危険だと主張する意見も強い。たとえ障害が出ても、日本人は差別を恐れて発言を控える傾向にあり、結婚や就職を控えた被爆2世、3世が出自を明かすにはかなりの勇気を要するのが現実だ。原発事故の被害も、各自が抱えたまま闇に消えかねない。

 「福島はレントゲン室と同じですよ」と野呂さんは言う。ベラルーシでは居住禁止区域となる年間5ミリシーベルトでその環境なのだから、20ミリシーベルトというのは、とんでもない数値になる。しかし、自主避難者への住宅無償提供は順次削減し、福島へ戻るなら経済的支援を厚くする国と県のあからさまな方針を見れば、野呂さんが吐き捨てるように言う「これは事実上の帰還命令」と受け取る避難者は多いだろう。

 野呂さんが目安とする1カ月の保養でどれぐらいの効果があるのか。汚染されていない水や食材とストレスのない健康的な毎日を過ごすことで、体内の放射性物質は30〜70%排出される。個人差にもよるが、検出限界の1キロ当たり5ベクレル以下まで排出された例もある。遺伝子の修復が進んでいるのを感じる。1日目は生気のなかった顔が、送り出す時には見違えるような表情に変わっているのが野呂さんにはうれしい。ベラルーシの子どもも福島の子どもも変わらない。そして別れが涙でつらくもある。渡航費も含め、1カ月の保養費用は莫大だ。資金集めはどうしているのか。「残りの11カ月はフリーマーケットのバザーの日々です」と笑った。未来を担う子どもたちの健康と命を守るため、きょうも野呂さんは怒りを秘めた丸い笑顔で先頭に立つ。

*写真=「守るべきは子どもたちの健康」と語る野呂美加さん


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