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古里原発、甲状腺がん勝訴〜イ・ジンソプさん意気高く

        林田英明

 韓国・釜山市の古里(コリ)原発近くに住むイ・ジンソプさん(49/写真)は、ちょっと気難しそうに見える。本人は直腸がん、妻パク・クムソンさんは甲状腺がんを患い、息子・均道(キュンド)さん(24)は自閉症だ。一家は平穏な暮らしを送ってきたわけではない。10月上旬、息子と九州を回り、「イ・ジンソプ訴訟」といわれる環境訴訟1審勝訴の意義を語った。11日、小倉北区の男女共同参画センター・ムーブで開かれた集いには40人が参加。通訳を介してその実情に触れることができた。

●異常なメガサイト

 釜山に韓国初の原発が稼働したのは1978年。子どもの目にも、そこは夢の仕事場だった。原発の近くは開発が制限され、自然環境が保たれており、静かな機張(キジャン)郡の町をイさんは気に入っていた。ところが息子の発達障害に加え、イさんが2011年、妻は12年に、がんを手術。イさんの住む地域の平均寿命がなぜ釜山市民より短いのだろう。イさんは古里原発に疑いの目を向けていく。蔚山(ウルサン)市にまたがる新古里原発を合わせると6基が稼働し2基が建設中。さらに2基の計画があり、“メガサイト”と呼ばれる。狭い国土に日本の半数近い23基もの原発が運転されている異常な現実を知って驚く。11年に福島第1原発事故が起こっても「それは日本の不幸」と国民は対岸の火事ととらえ、原発を推進する側は「韓国は地震もなく、日本の原発と違って安全だ。原子力ほど安い電気はない」と繰り返すばかりである。原発を国策とし神話に包まれる点では日韓に違いはない。12年7月、管理運営会社の韓国水力原子力(韓水原=ハンスォン)を相手にイさんは訴訟に踏み切った。

●通常運転でも責任

 2年余が経過した14年10月、原発から10キロ内外に20年近く住んでいた妻の甲状腺がん発症について韓水原の責任を認め慰謝料1500万ウォン(約150万円)の支払いを命じる画期的な判決が出された。釜山東部地裁は、年間0.25ミリシーベルト以下でも古里原発の放射能以外に原因は見当たらないとする蓋然性を採用した。通常運転の原発に対して安全性を否定したと言える。事前に弁護士から「勝ち目なし」と伝えられていただけに、奇跡の勝訴に一転マスコミがトップで扱い、住民意識も変容していく。地方議員も原発誘致を言えなくなった。甲状腺がん被害者の集団訴訟も起こってくる。だが、まだ国の政策を変える大きなうねりのスタート台に立ったばかりともいえる。

 イさんは判決前の14年6月、地方議員選挙に出馬し、原発の問題点だけを訴えた。8人中、最下位。しかし「ビリでも面白かった。次は国会議員の選挙。ただし、当選してはいけない。私はこういう運動をするために生まれたのだろう」と勝敗を度外視して笑う。日本でも原発立地町は沈黙を強いられる。イさんにはムラ社会の現実も分かっている。原発に依存している人は職員も含めて多く、表立って原発に反対すれば、つまはじきに遭う。イさんは韓国では講演に呼ばれない。声がかかるのは日本だけという。「力をもらって激励されて韓国に戻る。1人で闘うのは非常につらい」と本音も漏らした。訴訟費用もほとんどが自腹である。

●「正しい道」歩む

 イさんは「私の訴訟は怒りから始まった」と振り返り、「正しい道を歩みたい」と息子の名前の意味をもじって「キュンド訴訟」と自称する。低線量被曝と疾病の因果関係を認めない日本で、この勝訴の意味はかみしめる必要があるだろう。イさんは「小さな裁判でも、世の中を変えていく力にはなれる」と自信ものぞかせ、原発を信奉あるいは回帰する韓日の首脳を「狂っている」とあきれ顔で評した。そして原発周辺地域でのがん罹患率の高さを挙げながら、「私は子どもたちに恥ずかしくない父親になりたい。私たちの健康な未来のために原発をなくそう。国は国民の立場に立たない。資本家たちが使っているのが国家であり、国と闘うということは資本家たちと闘うことになる。現実問題では、国ではなく企業が相手になる」と焦点を絞った。

 韓水原の控訴で舞台は上級審に移っている。高をくくっていた地裁段階と異なり、被告は弁護団の陣容を固めたが、イさんは「私心を捨てているから、こちらが勝つでしょう。だから日本にもこれからしばしば来ることになる」と未来を展望した。力をもらい、激励されたのは、むしろ日本の側ではなかったろうか。

(2015年11月1日「小倉タイムス」1965号より転載に加筆)

*写真=妻の甲状腺がんの原因を原発と認めた判決を振り返るイ・ジンソプさん


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