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LNJ Logo 木下昌明の映画批評 : 『僕たちの家に帰ろう』
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●リー・ルイジュン監督『僕たちの家に帰ろう』

旅する幼い兄弟が見る世界―シルクロードの“栄枯盛衰”


  ©2014 LAUREL FILMS COMPANY LIMITED

 昔、NHKの特集番組「シルクロード」をよく見た。喜多郎の音楽に乗って古代ロマンの旅へと誘ってくれた。今度はラクダに乗った幼い兄弟と共に、もう一つのシルクロードを旅することになった。リー・ルイジュン監督の映画『僕たちの家に帰ろう』がそれである。

 パンフレットによると、「敦煌など歴史的な古城が点在する河西回廊周辺」が舞台。遠くに4000メートル級の連山を望む地には、1万4000人の少数民族ユグル族が住んでいる。彼らは羊などの放牧生活を営んでいたが、川が干上がり、草原が砂漠化し、草を求めて旅するようになった。

 ストーリーは、小学生の兄弟・バーテルとアディカーが、夏休みに両親の住む放牧地を探し求めるドラマだ。原題は「わが家は水草が生い茂る地にあった」。タイトルに反して、映画は大型トラックが走る砂漠のハイウエーを歩くラクダに乗った男の後ろ姿のシーンから始まる。男は兄弟の父で、放牧地から祖父を訪ねてきて「妻が病気だ」と話す。祖父は兄弟のうち兄の面倒を見ているが弟も引き取ろうか、と言う。ところが、祖父の土地も井戸水は枯れ、羊を売るハメとなり、彼自身もあっさり死んでしまう。途方に暮れた兄弟は、反目しながらも干上がった川の跡を辿って両親の元へと旅をする。

 川底を深く掘った水路にも水はなく、砂漠にポツンと小舟が捨てられている。廃虚と化した村や古代の繁栄を伝える壁画、人民公社をたたえる文化大革命時代の新聞が張られた石窟、大きな石窟寺院など、兄弟といっしょに観客も歴史を旅することとなる。1週間もの長い旅。果たして兄弟は両親の家に帰れたのか?

 かつて繁栄していた民族も、中国の工業化や拝金主義の横行によって滅びていく。そのさまを目の当たりにしよう。日本に降りそそぐ黄砂も、滅びゆく民族や大自然の環境破壊と決して無縁ではない。(木下昌明 『サンデー毎日』2015年8月30日号)

*8月29日よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

〔追記〕この映画の原題が示しているように、シルクロードはすべてが砂漠ではなく、肥沃な草原地帯もあちこちにあった。それが、自然現象によるものもあるが、最近では中国の近代化による環境破壊が砂漠化を促進し、放牧生活ができなくなっている。
 わたしはこの映画をみていて、いま公開中のヴィム・ベンダース監督の『セバスチャン・サルガド〜地球へのラブレター』を想起した。サルガドの映画については、すでに『労働情報』8月15日号に書いたので改めてふれないが、写真家のサルガドは、世界の飢餓や戦争などで追いつめられ、死んでいく(殺されていく)人間ばかりを撮ってきて、人間世界に絶望し、自らも病んでいく。そこで彼の妻の発案で故郷ブラジルの広大な干ばつ地で「森をつくろう」と植林に打ち込む。何年も何年も木を植えつづけ、ついに森が誕生する。森ができるとたくさんの水源地ができ、ジャガーまでが棲息するようになる。そうしてサルガドも生きる希望をみいだしていく。その再生した森のシーンに圧倒される。
 中国の砂漠地帯も、人間の住む大地につくり変えることができないものか――砂漠に花を咲かせられないか。


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