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LNJ Logo 松本昌次のいま、言わねばならないこと(26回)〜不都合な過去を帳消しにする安倍首相演説
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第26回 2015年5月3日  松本昌次(編集者・影書房)

不都合な過去を帳消しにする安倍首相演説


 *あんちょこを見ながら英語演説する安倍首相(4/29 米国東部時間)

 安倍晋三首相の米議会演説に、のっけから岸信介祖父が登場したのには驚いた。しかも「民主主義の原則と理想を確信している」元総理大臣としてである。1960年の安保条約改定の強行採決に反対する闘争に参加した者の一人としては、全く逆の民主主義の原則と理想に違反した人物としての記憶しかない。その禍根が、沖縄・辺野古沖での基地反対闘争にまで尾を引いているのだ。

 いや、そればかりではない。小さな人名辞典にも、祖父の戦前の業績(?)の一部には、こうある。……「1936年、満州国産業部次長となり、満州国革新官僚の筆頭。41年、東条内閣の商工相。42年、翼賛選挙で翼賛議員として当選。東条内閣の戦争経済推進に積極的な役割を果たす」。そして戦後、A級戦犯として逮捕・投獄されたが、辛うじて一命を永らえたのである。歴史認識などどこ吹く風の安倍首相にふさわしく、祖父はまるで生まれながらの民主主義者であるかのような言い分である。いうまでもなく祖父は、演説で安倍首相が「哀悼」を捧げる、「真珠湾、バターン・コレヒドール、珊瑚海……」で命を落とした「アメリカの若者」に対し、重大な戦争責任も負っているのである。

 しかも、安倍首相は、アメリカが「19世紀後半の日本を、民主主義に開眼させた」という。そして「日本にとって、アメリカとの出会いとは、すなわち民主主義との遭遇でした。出会いは150年以前にさかのぼり、年季を経ています」ともつけ加える。しかし、日本が民主主義に開眼したのは、ほんの70年前ではないのか。それ以前の80年は、西欧に追いつけ追い越せの富国強兵政策にのっかって、ひたすら戦争、そしてアジア諸国に対する植民地支配に明け暮れ、果ては、米英をはじめとする民主主義国家の連合国側に、日・独・伊のファシズム国家の枢軸国側が敗北、無条件降伏したのである。敗戦時、わたしは十代後半にさしかかっていたが、「鬼畜米英」という言葉は、毎日のように頭にたたきこまれたが、「民主主義」という言葉をついぞ教えられたことはなかった。教えられたのは、天皇のため命を捧げることだけである。これが日本近代150年のありのままの「年季」である。

 かくして、演説前に注目されていた日本帝国主義のアジア諸国に対する植民地支配・侵略戦争については、案の定、ひとことも触れず、ただ「先の大戦に対する痛切な反省」と、「アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない」とのべたに過ぎない。そしてただちに、戦後、アジアの発展にどんなに寄与したかを、安倍首相は誇らしげに語るのである。まるで、それで戦前のことは帳消しだと言わんばかりである。安倍首相のいう「先の大戦」でのアジア太平洋地域での死者数は、中国で1300万から2000万、インドネシアで300万から400万、ベトナム・カンボジア・ラオスで100万から200万、フィリピンで50万から100万、朝鮮で10数万、しかも戦闘員より民間人が多い。そして日本の戦死者は310万余、米国は41万といわれている。いったい、おおよその数でしかいえないこれら累々たる死者は、誰によってもたらされたのだろうか。それは「痛切な反省」の一言で済まされることだろうか。

 しかし安倍首相は、「前だけを見て構造改革を進め」(ということは後ろは振りかえらず)、「希望の日米同盟」を基礎に、「国際協調主義にもとづく、積極的平和主義」を断固として貫く、「この道しかありません」と宣言する。ふと、戦争中、東条首相が、「断固、大東亜戦争を完遂し、勝利する」と叫びつづけていたことが想い起こされた。


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