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鹿児島・福島の女たちを迎えて脱原発集会〜全労協が主催

                 写真報告=shinya

 全労協は2月4日、鹿児島、福島現地でたたかっている女性たちの上京行動に合わせ、日比谷コンベンションホールで脱原発集会を開いた。鹿児島・福島の女性たち35名は、川内原発再稼働阻止のため緊急上京した。全労協のメンバーは、彼女たちの関係省庁要請行動、東電、九州電力への抗議行動などに参加し、集会で彼女たちの現地でのたたかいに耳を傾けた。福島からは苦しくて厳しい中でのたたかい、鹿児島からは生き生きとたたかっている若い女性からの報告があった。平澤全労協常任幹事は「2015春闘を脱原発のたたかいに連携・共闘し、国民の命・子供の命に無責任なこの国の政治の転換をめざす、脱原発政治春闘としてたたかう」と決意を表明した。集会後、参加者は東電本店前で行われている抗議行動に合流した。

↓全労協・金澤壽議長

 全労協は結成以来、反原発の方針を掲げてたたかってきていますが、特に3.11事故以降、脱原発のたたかいを強めています。そのたたかいの中心に労働組合が存在しなければならないという思いで、改めて脱原発プロジェクトを立ち上げてたたかいに取り組んでいるところです。現地でのたたかい、そして市民運動のみなさん、そしてわれわれ労働組合が一緒になってたたかいを大きくして、政府、電力会社の再稼働をなんとしてもとめないといけないと思います。私たちは1000万人アクションに参加して一緒にたたかっているわけですけれども、これから様々なたたかいが展開されようとしていますが、脱原発のたたかいを取り組んでいるみなさんと連携して、共働してたたかっていきたいと思います。

↓大河原多津子さん・福島の女たち(長いですが聞いて下さい)

 本業は有機農業です。夫が始めた有機農業を私も30年前に結婚と同時に始めまして、出来るだけ安全で美味しい野菜、全く農薬は使わない、化学肥料も畑に入れない、そういう形で野菜やお米を栽培してきました。五人の子供が生まれて、結婚して半年後には人形劇を夫と二人で始めまして、大変いい形で私たちの人生は流れていたんです。福島の女たちの代表として話しをさせていただくんですけれども、福島では女の人たち、とっても頑張っています。子供の内部被曝をなんとか少なくしたい、あるいは避難保養をさせたい、子供の健やかな成長のために制度を作りたい、あるいは告訴団として原発事故を起こした国や東電に責任をちゃんと負わせたい、そんないろんな活動をしている人たちが、毎日毎日、ほんとに大変な思いでたたかいをしています。

 私の農民としての立場のたたかいを少しだけお話しさせていただきます。有機農業ですので、原発事故は大変な私たちに影響を与えました。2011年の3月15日、その前に一号炉、三号炉が爆発して、そして私たちに非常に大きな影響を与えたのは二号炉の爆発です。3月15日の午後二時です。私の家にはチェルノブイリの事故の後、空気中のカンマ線を観測する機械があったんです。有機農業をやっている以上、福島原発の存在はチェルノブイリの事故の後、非常に気になりました。どんなに丁寧に畑を耕しても、原発が一度爆発すれば、当時八千キロ離れたチェルノブイリの現地から日本にも放射能が降ってきました。母親の母乳からも放射性物質が検出されたっていうニュースを聞いて、当時私は、生後二ヶ月の女の子がいましたし、とても気になりましたから測定機械を買って観測しました。そして反原発の運動にも一生懸命参加しました。高木仁三郎さんがリードをとった三万人規模のデモにも生後三ヶ月の長男を連れて参加しました。いろいろやりました。署名もしました。学習会もしました。でも、結局、間に合わなかった・・・。

 私たちの原発に反対する運動をしてきた人間たち、何が辛かったか、一生懸命やってきた人間ほど、何故もっとやらなかったのか、私たちの努力は足りなかったんだ、どんなに頑張っても、大っきな地震が起きて、津波が起きて、原発は次々と爆発して、まさか自分たちが住んでいる、福島県に、そういうことが起きるなんて、どっかでこう、私たちは信じていなかったのかも知れない。私はそうでした。原発に反対する運動をしていながら、日本は科学技術が発達している国だから、旧ソ連のようなあんな事故は起こさないんじゃないか、ぎりぎりの瀬戸際で、大っきな原発事故は防げるんじゃないか、そう信じていたんですね。私はです。だから、私自身を許せなかった。なんでもっとやっておかなかったんだ・・・。

 原発事故直後は、どうしたらいいか分からなかったんです。国も県も、作ってはいけない、田んぼも畑も耕作してはいけない。ただ国際的なNGOのグリーンピースが、うちの畑の調査に来てくださって、大河原さんの畑はもしかすると作れるかも知れないと言ってくれました。それを信じて私たちは2011年、野菜を作ったんですが、残念ながらお客様はどんどん離れていって、私たちは別の新しい販売の形を模索するしかありませんでした。それからいろんなことがあって、私たちは仲間の、やっぱり売れないですごく苦しい思いしている農民たちのために、販売組織を、グループを作ったり、それが小さな株式会社になって、今も私たちなりのたたかいをしています。

 一番やっぱり、農民としてきつかったのは、汚染された土地で、どうして農業を続けるんだ、なんで別の土地に移って一からやり直そうとしないのか、いろんな方に言われました。ただ有機農業っていうのは、土を作るのに二十年、三十年かかります。五十代後半になっての私たちが、別の土地に行ってまた最初からやり直すには、あまりにも時間がかかりすぎると思いましたし、グリーピースが大丈夫と言ってくれたのを信じて、私たちは農業を今も続けています。農民が畑を奪われ、仕事を奪われるというのは、ほんとうに厳しいことです。一生懸命なん十年もかけて、自信の持てる農産物を作れるようになったのに、それを全て奪われた人がどれだけいるか・・・。

 仮設に行くと、わずか1メーターくらいのちっちゃな畑があるんです。そこにトルコキキョウが咲いているのを見たとき、きっとこの人は、双葉とか富岡とか、大熊とか、そっちの方でトルコキキョウをいっぱい作っていたんだろうと・・・、わずかながら慰めにですね、仮設の小さな畑でトルコキキョウを作る、その苦しさを悲しさを今の政治家の方々は、どれぐらい分かっているんだろうかと思います。分かっていないんですよね。みなんやっぱり、何とかして金を儲ける、経済を回す、大手企業が何とか儲かるようにする。福島のことはもう見ない、そういうことが、残念ながら流れだということを感じています。


 私の友人夫婦の話をさせて下さい。前から直売所を一緒にやっていた、もとこさんという友人なんですが、原発事故の時に三十五年目だったんです、原木椎茸作り始めて。ご夫婦二人で、パートの方を何人か雇って、原発事故当時、六万本の原木があったんです。椎茸を作るのにも病気にならないように、殺菌剤を入れた水槽の中に原木を入れて栽培するような人たちもいるんです。でも、もとこさんたちは一切そういうことはしない。阿武隈山系の綺麗な水をかけて椎茸を作っていたんです。山のアワビみたいに、美味しい椎茸でした。ほんとうに肉厚で、香りが良くて・・・その仕事も一切出来なくなりました。四トンの椎茸を、震災のあった2011年から12年にかけて、毎日毎日採って、山の上に捨てに行ったそうです。で泣いたそうです。

 旦那さんは去年、仲間の原木椎茸作っている人たちとチェルノブイリまで行ってきました。ウクライナ、ベラルーシの現地を見ることは、将来の福島を見ること、何か自分たちの仕事に救われる部分はないのか、きっとそう思ってチェルノブイリに行ったんだと思います。でも二十八年経った今でも、もちろん山の茸は食べられないし、風評被害は未だにつづいている。茸でなくたって、やっぱりチェルノブイリ近くの農産物は未だに売れないそうです。そういう現実を見てきて、私たちはいっそう厳しいなって思うんです。

 でも幸いなことに、私たちを応援する、福島の農民を応援すると言って下さっている方々もいらっしゃいます。私たちは原発事故の後、何が大事かっていったら、測定がとにかく大事だということを考えました。それで2011年の10月に、ベクレルモニターを一台わが家に導入して、農学部出身の息子が測定にあたってベクレルを測り始めたんです。そしたら思いのほか低い値になって、ゼロではありませんもちろん。農産物はほとんど一桁、5とか6とかそういう数字だっていうことが分かって、それをそのままみんなに伝えよう、栽培履歴も、農薬使っているか使っていないか、肥料は何を使っているのか、それをちゃんと表示して、そういう数字なら私は食べるって言ってくれるお客様を探そう。そういう方々が今、隣町三春に建てたちっちゃな直売所にも来て下さいますし、全国に160軒から170軒の応援して下さる方々がいらっしゃいます。

 私たち農民にとっては、とにかく美味しい野菜を作って、そしてそれを食べていただくことが喜びです。もちろん収入につながらなくちゃあいけない。でもそれ以上にやっぱり農民としてのプライドを、もう一回感じられるような、そういう仕組みを作って、美味しい物を作って、そして買って頂いて、福島の汚染された土地で採れた物だって、大河原さんたちのトマトは旨いねと、枝豆は最高だよって、言って下さるように頑張ります。それが私のたたかいなんです。「えすぺり」って小さな直売所を二年前に建てたんですが、そこを私たちのたたかいの基地にします。

 なんというか、お店のある三春町と自宅がある田村市の丁度間に、環境創造センターというIAEAが絡んだ、国と県がつくる施設が出来るんですよ、間もなく。そこで何をするかというと、放射線は身体にそんなに影響はないんだよという、教育をするんだそうです。学校の先生をまず呼んで教育して、小学校、中学校、高校の生徒をそこに呼んで、360度ぐるっと回るスクリーンで、放射線について勉強させるそうです。そこに190億円かけるそうです。

 泣いている農民も漁民もいっぱいいるんです。まだまだ何ら解決されていない問題が山積みなのに、そんなことに国はお金を使うんです。たたかいはまだまだですが、でも、やめちゃったら、あのドイツだって三十年かかったんですからね、だから私たちはやっていける、いこうと思っています。去年私に初孫が出来まして、遺したいのはこんな汚い核まみれのそんな社会ではない。婆ちゃんはそのために、あんたたち孫の世代が少しでもいい世の中に生活できるように、頑張るからねって言って、実際に行動していくつもりです。

↓川内原発の現地のたたかいを報告する松永三重子さん

 私は鹿児島県の薩摩川内市の立地市ではありませんが、桜島を朝晩眺めながら生活している鹿児島市、川内原発から45劼僚蠅暴擦鵑任い泙后この度(2014年11月7日)、鹿児島県知事が「やむを得ない」ということで、川内原発再稼働について容認をする発言を致しました。その後、再稼働の動きは迫っておりまして、しかしそれでも鹿児島では、ここで諦めちゃいけない、いまからがほんとのたたかいなんだということで、1月25日にも鹿児島市で3000人集会を全国のみなさまがはせ参じて下さいまして、元気よく行うことが出来ました。今日一緒に参加している井ノ上裕理さんは、若者の原発再稼働ストップの運動を仲間たちと立ち上げて活動していらっしゃる方です。私は一応、鹿児島県知事が非常に不当な動きをしてきている中で、県知事の発言等を皆様にお知らせしておきたいと思います。

 11月7日の臨時県議会のおいて、30数件も出ている反対陳情を押し切って、1件だけ出ている再稼働を求める陳情が、自民党の圧倒的多数により、数の力で採択をされた。そのこともって伊藤県知事は、県民の理解を得られたという風に考えているわけです。それと、11月3日に宮沢経産大臣が来鹿を致しました、この時は知事、鹿児島県議会議長、それから一部の自民党の議員を集めて説明をしています。中味は、「何かあったら国が責任を持つ」ということだったそうです。国もそういう発言をしたと言うこと。それから田中規制委員長が国会の中で、「世界最高水準の安全性は確保された」と言い。原子力規制委員会によって九電に許可申請(新規性基準に適合)が出されたと言うことで、そういう三つのことを持って、知事は再稼働やむなしという発言をしているわけです。やむなしといいつつも、本音の所はやれやれやっと再稼働にこぎ着けられたというのが知事の本音であったと思います。

 で私たち県民は、知事がやむ得ないと発言したことに対して、不安はかえって強まっています。またこの間あった規制委員会の住民説明会が各地にありましたけれども、その中でも質問のほとんどが再稼働を心配する声、それから避難計画が実際に実効性がない、そういうことに対するみんなの心配の声でした。そういう沢山の反対の声は無視して、もう説明は出来た、みなさんの理解は得られたという風に鹿児島県知事は、一方的に受け取り、議会での数の力にもとを言わせたやり方でしているというのが鹿児島の、自民党が大多数を占める中での、公明党議員も賛成しましたけれども、そういう動きになっているわけです。他の県の方々からも、鹿児島では県知事もああいう発言をしたし、九電もいよいよ再稼働に向けて動いているんでしょ、これで鹿児島の運動も下火になっていくんじゃないの、という心配の声も寄せられたりします。しかし鹿児島ではいま、そういう知事に対する怒りもふくめてです、再稼働をどうしても許してはならないという声が、深く広くじわじわと拡がっています。地元紙の『南日本新聞』に応募された女性の方の川柳で、知事のやむを得ない発言をとらえて、「やむを得ずでは不安増す再稼働」という川柳が掲載されておりました。このように特に女性の中で、健康、子どもたちを産み育てる女性たちの、日々の暮らしの中で考える、どういうものを食べて、そして普段私たちが何気なく吸っている空気ですけれども、そこにもし放射能という物があったらどうなるかということを、鋭敏に感じ取っている女性たちの声がいま拡がっています。

 今日も鹿児島県から17名の女性が来ました。最初、福島の女性たちと鹿児島の女性たちと、一緒に東京で行動することになったよっと話を聞いたときに、いやぁ何人行けると思ったんですけれども、いざ声をかけ始めたら、ここにも来ていらっしゃいますが、小さな子供さんを説得して、泣いている子供を押し切って、ここまで来られたお母さんもいらっしゃいます。再稼働させちゃいけない、川内原発再稼働のスイッチを押させない、そういう鹿児島の女性たちの気持ちを、みなさんぜひ汲み取って頂いて、私たちもこれから、もっともっと福島のことも知らなければいけないなあというのを、福島の女性たちと交流しながら、深く切実に考えたところです。3月2日には九電の本社が福岡にあるんですけれども、鹿児島からバスで4時間ぐらいかかるところですが、そこまでみんなで行って社長に直訴、緊急署名を突きつけようという、そういう取り組みもやっております。今後ともご支援宜しくお願いします。

↓井ノ上裕理さん

 今日は規制委員会のあるビル前の行動と、参議院会館で各省庁、内閣府とか規制委の方の、私たちの出した申し入れとかの質問に対する回答を聞いてきたんですが、鹿児島から来て何が聞けるのかと思って来たんですが、内容はほとんど鹿児島で行われた住民説明会と同じような回答で、こちらの聞きたいことにはほぼ何も答えてもらえなかったな、というのが正直な感想です。そうした中で私たちが何をしていいのか、時々無力感になったりするんですけれども、やっぱり声を上げ続けること、そしてまわりの家族や友だち、職場の人とかに話をして、自分の思いとかを伝えていくことが、一番大事なんじゃないかなというのを活動の中で感じています。

 私たち若者とか女性が中心になって頑張っているという風に言われているんですけれど、それでも人数は少ないし、ふだん私もそうなんですけれど、今日仕事を休んで来たりしていて、みんなそれぞれ思うようには活動できません。でもそんな中で、私たち天文館アトムズ(https://www.facebook.com/tenmonkanatoms)という名前で、鹿児島の二十代から、正確に言うと四才から四十代(笑い)までのメンバーでやっていまいす。その天文館アトムズというグループは、もともとは三号機増設の時に集まったメンバーだそうです。私は実は四年前に鹿児島に移住をしているので、その前は活動していないのですけれども、やっぱり鹿児島の若者は、例えば沖縄の若者が、米軍基地があるのがもう当たり前になっていて問題視しないっていうのと同じように、鹿児島の若い人はとくに原発があることに対して、そんなに問題だとも思っていないし、あることすら知らない人も多い、少なくないです。私も鹿児島に移住する前は、せんだい原発って読めなかったし、映画監督の鎌仲ひとみさんに教えてもらってびっくりしたんですけど、そんな状態です。そんな中、三号機増設の時はけっこう鹿児島でもニュースになって、これはオカシイって言って若者を中心に天文館アトムズを立ち上げました。

 彼らが何をやってきたかというと、デモといっても、サウンドデモ、太鼓を叩いたり音楽を鳴らしたり、あとカラフルな衣装を着たりして練り歩いたり、ゲリラ鍋とかいって、天文館の商店街のあるアーケードで夜に勝手に鍋パーティをしながら、原発について語るみたいなことやったり、ちょっと一風変わったことをしました。何でそんなことをするかっていうと、まず第一に自分たちが楽しくないと続かないというのはあります。そしてもうひとつ私たちが一番大事にしているのは、知らない人にまず知ってもらうきっかけを作りたいということです。そういうことを中心にやっています。だから集会とか行くと私たち目立って、集会に来て頂いた方からもびっくりされたりするんですけど、だんだん東京とかでもそういうやり方が増えてきたりしています。ふだん社会問題にあまり関心の無い人にとって、原発を考えるきっかけってほんとに少なくって、いま私はテレビを見てないですけど、テレビだけを見ているとほんとうに情報が限られて、そんな中でどうしたら伝わるか、ということを一所懸命考えています。

 三号機増設で集まったメンバーなんですけれども、2012年に鹿児島県知事選がありました。現職の伊藤知事と向原祥隆さんという南方新社という出版社の社長の一騎打ちになりました。この時に、鹿児島で細々と原発は良くないと思っている人とか、今の政治はおかしいと思っている若い人や、アーティストが集まるきっかけになったんです。これは全国でもあんまりないのかなと思うんですけれども、私はそのころ鹿児島市で一緒に活動していて、ほんとに初めて会う若い人、アーティストとかミュージシャンとかと、原発の話が普通に出来るっていうのがけっこう嬉しくて、彼らも一人で考えて悩んでいて誰にも話せなかったり、親に話してもケンカになったりとか、そうやって孤独感を抱えながらでもやっぱり何かおかしいって、何となくおかしいって思っている人たちが、知事選っていう場で繋がることが出来たんです。結果的には負けてしまって(伊藤394,170票、向原200,518票)、今になるとほんとに何であのとき勝ってなかったんだという悔しさがすごくあるんですけど、でもそれで繋がったつながりを私たちは大事にして、それを拡げて今もまだ天文館アトムズを中心に若いメンバーで頑張っています。

 今まで若いメンバーでやってきたっていうことが、いろいろありまして、例えば「鹿児島LOVE女子メッセージ」っていうのをやったんですね。これはフェイスブック、インターネット上で、鹿児島の川内原発についての女子限定のメッセージを募集しました。男性は周りの女性に声をかけて下さいという形で集めまして、それを県の原子力安全対策課と伊藤県知事に宛てた手紙にして送りました。それから去年の3月の集会だったと思うんですけど、知事への手紙を書きましょうということで、便せんと封筒を用意して、お手紙を子供でも大人でも書けるようなコーナーを設けて、仮装したメンバーが「お手紙を書きませんか」って声をかけて、そしたらほんとに子どもたち、女性のみなさん、男性のみなさんも、沢山の方たちが手紙を書いてくれました。それを私たちが切手を貼って、毎日一通ずつですね、全部一緒に送るとドバッと捨てられちゃうかもしれないから、集まった物を毎日一通ずつメンバーで手分けして出しました。あとは鹿児島市に陳状を出しました。姶良市にも陳状を出しました。県議会にも傍聴に行くし、勉強会もしたし、そういう真面目なこともやりました。そしてこれは、やって良いのか悪いのかよく分からなかったんですけど、県知事に直訴に行こうっていって、県知事のおうちの前から県庁に行くまでの間に、どこかで県知事に会えるんじゃないかって、ほんとにみんな11月7日の前は必死でした。で、伊藤県知事に実際に会えたんですね。遠くからなんですけど、「川内原発再稼働させないで下さい。お願いします。県民の声を聞いて下さい」って言ったら、県知事はすごくびっくりした顔をして、「ノーコメント!」って言って急いで知事室へ上がって行ったそうです。そういうことはニュースにならないんですけど、ほんとに私たちの生の声を届けたいという活動を続けてきました。


 11月7日に知事の発言があって、やる気がなくなっちゃうんじゃないかって思ったし、私たちもほんとにへこんだんですけど、その後、住民説明会があったんです。その会場でアンケートが配られて、知事はそれを参考にして決めるって発言があったので、私たち沢山アンケートにも書いたし、どんなアンケート結果があったんだろうって、インターネット上で見たんですけどよく分からなかったので、県の原子力安全対策課の方に公開請求、開示請求をしました。そして開示された物がこれです。ほぼ黒塗りで、1900枚ぐらいあって、1008枚に自由記述欄に沢山メッセージがあったんですが、全部黒塗りにされているんですね。ほんとにびっくりして、私たちは昨日また原子力安全対策課の方に異議申し立てをしました。これはオカシイっていうことで、情報公開制度に反していると申し立てをしました。そしてそれがいま結果待ちなんです。これは鹿児島でもニュースになっています。

 それから姶良市議会というのは、みなさんご存じの方も多いと思うんですけど廃炉決議をした議会なんですね。市長さんが推進というか容認なので、ちょっと難しいところあるんですけど、そんな姶良でも女性や若い人を中心に小さなグループ、ほんとに二三人で活動しているようなグループがあります。知事の発言を受けて結成したグループもあって、私たちは諦めていないっていうことですね。少人数でも出来ることは沢山あるということを実感しています。声を上げ続けるとか、若いからよく分からないとかじゃなくて、自分で勉強してみたり、周りの人と話をしてみたりっていうことを、地道に地道にやってきて、ただ反対って言うだけじゃなくて、自分たちで何が出来るかっていうことを考え続けています。これは全国のアクションの参考にもなるかと思うし、私たちも全国でどんな活動がされているのかっていうのも、知りたいなって思っています。

 最後にちょっとだけなんですけど、原発反対って、電気を使いながらそういう声を上げるのは、一部批判もあったりするんですが、実は私の電気代は毎月500円なんですね。なるべく電気を使わないで楽しい生活をどうやったら出来るかなあって、やっぱり楽しいこと伝わることもあるので、いろいろ考えていて、今は違うんですけど、去年の春まで電気、ガス、水道を通さない箱(家)に500日ぐらい暮らしてみました。その様子をネットで配信して、家賃が高かったら自分で家を作って住めばいいじゃないかっていう、ちょっと無謀な提案をしたんですが、それが面白がられて今週発売されている『プレイボーイ』に載っています。(笑い)反対って言い続けることも大事、それと同じくらいこんな風に楽しんで節電をするとか、楽しくこういう問題を拡げるためにどうしたらいいかって、私たちはく考え続けていけたらなと思います。

↓2015春闘を「脱原発政治春闘」としてたたかうと行動提起をする平澤全労協常任幹事

↓東電本店前抗議行動

→なおこの日、17.30から東京・有楽町にある九州電力東京支店前でも抗議アクションが取り組まれた。動画(2.4九州電力東京支社抗議行動)


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