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解職された語学講師が学校側を提訴 雇用形態が裁判の焦点に

サイモン・スコット (原文 2014年4月14日 ジャパンタイムズ )

ICC外語学院のウェブサイトには昨年末まで「あなたもICCファミリーの一員になりませんか?」というスローガンとともに同校で働く講師と職員全員の集合写真が掲載されていた。前列中央にいるのは講師のブルキッチ・スーレイマン。写真の中の彼は30代前半の若々しい青年で(現在は44歳)、しわひとつないスイーツにネクタイという完璧な装いをしており、理想的な語学教師の見本とも言える姿である。

しかしそれも今は昔、幸せだった頃のことだ。

22年も働いてきた職場を突然追われた現在の彼にとって「ICCファミリー」という言葉はもはや、皮肉でしかない。ICCのような企業は職員を「家族」と呼ぶことで悪い待遇を誤摩化していると彼は言う。家族じゃないか、と言えば働く側が単なる賃金奴隷であることを隠すことが出来る。労働者の権利なんて関係ないというわけだ。

「本当に僕のことを家族の一員だと思うなら、病気になったときに備えて健康保険に加入させてくれるはずだし、ちゃんと休めるように有給休暇だって取らせてくれるはずです。でもICCは僕がそのことで文句を言ったとたんに首を切ったんです。そんな家族がありますか?」

現在ブルキッチ氏は昔の「家族」と法廷闘争中だ。これは判決次第で日本で働く多く人々の立場が変わってくるかもしれない注目すべき裁判でもある。焦点は彼がICC外語学院で働いていたときの雇用形態を法的にはっきりさせること。

ブルキッチ氏はこの語学学校で、週に平均して25〜30時間ほどフランス語と英語を教えていた。報酬は時給制で、休みは取れるが有給休暇はなし。

学院長のアルモン・クナフォ氏の主張するところでは、ブルキッチ氏は社員としてではなく、業務委託契約のもと働いていたという。ICC側が裁判に勝つためには、ブルキッチ氏が自営業者として講師の業務を請け負っていたということを明確にしなければならない。

ボスニア人のブルキッチ氏は、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争による混乱がきっかけで本当の家族とは遠く離れて暮らしている。故郷で戦争が勃発する前年の1991年、後に結婚することになる日本人女性とパリで出会い、彼女の故国である日本にやって来たのだ。その後数年間は気の休まる間もなかったと彼はいう。「ボスニアの家族から遠く離れた土地にいて何もできず、当時はひたすら無力感に苛まれていました」。

戦争では従兄弟の一人が命を落とし、叔父の一人はセルビアの強制収容所に入れられた。親族のなかには負傷した人や、難民としてベルギーへ逃げた人もいる。他に行く所がないこともあり、ブルキッチ氏は日本に留まった。

そんな彼が20年以上も働いてきた会社から首を切られたのは、有給休暇と社会保険への加入を求めたことが直接の原因だったという。彼は昨年7月8日に学院長のクナフォ氏に手紙を送り、ICCに雇われている自分には40日の有給休暇(1年につき20日の有給休暇の2年分)を取得する法的権利があると訴えたのだ。

労働基準法に基づく有給休暇の取得可能日数は、従業員が一日に何時間働いているかではなく週に何日働いているかで計算される。ブルキッチ氏のように週に5日働いている人であれば、雇い入れられてから6ヶ月間継続勤務した後は年間で10日の有給休暇を取ることができる。その日数は勤続年数が長くなるにつれて増えていき、最大で20日に達する。有給休暇取得の権利は正社員に限られておらず、同期間働いていれば派遣社員、契約社員、パートタイマー、アルバイトでも認められている。

ブルキッチ氏はさらに、仕事のための移動にかかった交通費を全額支払うように会社側に請求した。特に当時講師が無報酬で行っていたトライアル・レッスンのための移動代を払ってほしいと要求した。

2日後、ブルキッチ氏はクナフォ学院長から「最終通告」というタイトルの手紙を受け取る。ジャパンタイムズが入手した手紙の写しから以下の文面を引用する。

「ブルキッチ殿、昨日のあなたの振る舞いは雇用者である私に対する侮辱であり、目に余る反抗的な態度でした。その場で解雇を言い渡してもよいところでしたが、人道的な見地から思いとどまりました。あなたにとって新たな職を見つけることは大変困難であろうとの配慮からです。あなたが我が校の規則とガイドラインに沿って行動を改めるよう、今まで何度も勧告を出してきましたが、今回が最後となります。交通費の件で、私はあなたの希望に少しでも近づけるよう何ができるかを説明しようとしましたが、あなたはそれを聞こうともせず、失礼な態度を取りました。私はあなたにこの件についての謝罪と、今後こうした態度を取らないという約束を、書面で提出してもらいたいと思います」

ブルキッチ氏によると、手紙にある「目に余る反抗的な態度」とはICC町田校付近の路上で交通費の支払いを巡って学院長と口論になったことを指しているという。埼玉にあるガールフレンドの自宅から町田にある学校まで無報酬で行うレッスンのために出勤したブルキッチ氏は、学院長に埼玉までの帰りの電車賃を払ってほしいと頼んだ。しかし訴えは聞き入れられず、彼自身の自宅までの安い電車賃しか払えないと伝えられた。それに対してブルキッチ氏は声を荒げたわけではなく、学院長の話を遮り「もう聞きたくない」と告げて立ち去ったのだという。また書面で通告を受け取るのも今回が初めてだという。

この出来事から5日後の7月13日、クナフォ学院長は学校職員にメールを送り、ブルキッチ氏の講義コマ数を減らすように命じ、彼の行動を見張るように促している。ジャパンタイムズが確認した学院長のメールから以下の文面を引用する。

「今後は学院長の承認を受けるまではブルキッチ・スーレイマンにトライアル・レッスンを割り振らないこと。また、彼の振る舞いや態度、服装について定期的に報告をするように」

次の日、全国一般東京ゼネラルユニオン(通称:東ゼン)という多国籍の労働組合からICC外語学院に宛てて一通の手紙が送られた。ブルキッチ氏が組合員であることを伝え、彼の権利である有給休暇と社会保険への加入を認めるよう求めるものだ。

一連のやり取りが交わされていた間もブルキッチ氏はICCで働き続けていたが、職場の空気は一変していた。「職場のみんなに一緒に戦おうと声をかけましたが、仲良くしていた同僚たちから次第に距離を置かれるようになり、そのうち誰も僕に近寄らなくなってしまいました」。

東ゼンはICCと団体交渉に入り、ブルキッチ氏の待遇改善に向けた歩み寄りを求めた。しかし交渉は決裂し、10月19日にブルキッチ氏はICC外語学院から免職を言い渡す書面を受け取った。クナフォ学院長は免職の理由を以下のように記している。

「労働契約解除の主な理由は以下。ブルキッチ氏はインターネット上に我が校の評判を著しく損なう恐れのある大変不適切なコメントを書き込んだ。当方は早急にこれを削除するよう求め、以後も同様の主張を広めるのを止めるよう繰り返し要求したが、聞き入れられなかった。また授業中の彼の態度は我が校の方針に沿うものではなかった。協議の結果、問題点が改善されることはないだろうと判断するに至った」

上記の「大変不適切なコメント」とは、おそらくブルキッチ氏がフェイスブックに書き込んだICC外語学院への批判のことだろう。彼はICCを「ブラック企業」だと書いている。

彼はまた、左翼思想を掲げる「東京スプリング」という名の政治ブログを運営しており、同名のイベントを月に一回東京のカフェで開催している。

裁判でICC側から証拠として提出されたのは、ブルキッチ氏のブログ、フェイスブック、そしてツィッターのアカウントへの書き込みである。いくつかは日本のブラック企業についてのもので、ICC外語学院もその一例として挙げられている。ただし、なかにはこの一件には関連性がないと思われるものもある。例えば、ブルキッチ氏がフェイスブックにアップした安重根(1909年に伊藤博文を暗殺した朝鮮の独立運動家)の写真などだ。

ICC側は、ブルキッチ氏によるこうした政治的書き込みや写真の掲載は、顧客である防衛省との関係を危うくさせる可能性があると主張している。

しかし今のところそのような影響は確認されていない。

ブルキッチ氏は再三に渡って削除を求められているインターネット上の記事を消す気はないという。たとえ裁判に不利に働く可能性があったとしても、自分の意見をなかったことにしたくないそうだ。「黙るつもりはありません。言論の自由は、ちょっとした妥協から少しずつ無くなっていくんです。気づくと秘密保護法が通っていたりする。自分たちの声、言論、それこそが私たちとってすべてです」。

彼がICCに復帰できるかどうかは、裁判の判決次第だ。組合はブルキッチ氏の地位確認を訴えており、11月29日に横浜地方裁判所で予定されている裁判でブルキッチ氏がICCに雇われているか否かの判決が下される。ブルキッチ氏にとってこの裁判は不当な解雇を無効にする戦いである。また彼と組合側は、職を解かれて以降の働けなかった期間の賃金と裁判費用を要求している。

ブルキッチ氏の申し立てをどう捉えているかICC外語学院のクナフォ学院長に尋ねたが「ブルキッチ氏の評判と信用を損なわないため」、また係争中の問題であるとの理由から上記の言葉を含めたごく短いコメントしか得られなかった。

裁判では今のところ1月と3月の2回、双方が自らの主張を述べる口頭弁論が行われた。同様の口頭弁論は年明けに判決が出されるまであと6、7回行われるだろう。

東ゼンのルイス・クラレット氏は次のように語っている。「献身的な職員に対する企業の不当な扱いを、組合は認めることはできません。ブルキッチ氏には日本の労働法が定める権利があります。この22年間、ICC外語学院はブルキッチ氏を言葉の上でも実質的にも社員のように扱ってきました。しかし彼が組合に入り有給休暇を申請すると、ICCは弁護士に相談して雇用形態が業務委託だと主張しだしたのです。そしてまた、ブルキッチ氏が中央に写っている「ICCファミリー」の集合写真をウェブサイトから削除しました。ブルキッチ氏が解雇されたのは有給休暇の申請をしたことと、労働組合に加入したことが原因です。これらは法律が認める権利であり、解雇は法に反しています」。

クラレット氏はICCからの「最終通告」で用いられた文言が、ブルキッチ氏が業務委託ではなく、社員として雇用されていたことの証拠になると考えている。手紙の最初の文でクナフォ学院長が自らのことを「雇用者」と言っているからだ。また、学院長がブルキッチ氏の「反抗的な態度」を責めていることも、彼が社員であったことを裏付けているという。「業務委託で仕事を請け負っている人に対して命令をすることはできません。それは法的に認められていない行為です」とクラレット氏は言う。

また、手紙にはブルキッチ氏の行動がICCの規則とガイドラインに反していた(例えば服装に関する規則を守らなかった)と書いてあるが、この文もブルキッチ氏が社員として働いていたことを裏付けているとクラレット氏は考えている。さらにブルキッチ氏の報酬から引かれていた税金は、業務委託のレートよりも多く、社員と同額だったという。

雇用形態をめぐる主張の対立は、ブルキッチ氏が働いてきた22年の間、一度も書面での契約が交わされなかったことに起因する。だが契約書がないという事実も、ブルキッチ氏が社員だったという裏付けになると東ゼンのクラレット氏は言う。「業務委託の際には必ず契約書が取り交わされます。これがないのにブルキッチ氏が業務委託で仕事を請け負っていたという会社側の主張には無理があると思います」。

ICC外語学院の経営陣との関係がこれだけこじれてしまったにも関わらず、ブルキッチ氏は昔の職場に戻りたいと言っている。「学校での仕事も生徒たちも大好きでした。それに同僚や職員の皆とも良い関係を築けていました。できることなら、すぐにでも職場に復帰したいのです」。


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