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LNJ Logo 牧子嘉丸のショート・ワールド〜「大逆のとき」―秋水と啄木
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      第5回・2014年1月9日

「大逆のとき」―秋水と啄木


     幸徳秋水(左)と石川啄木

あの大事件の発覚は、明治四十三年五月二十五日に宮下太吉の検挙で始まり、六月一日湯河原での幸徳秋水の逮捕で本格化したのだ。当時、僕は東京朝日新聞社に校正係として勤めていたが、社内にただならぬ空気が流れたのを覚えている。この事件を知らされたときの衝撃は、ちょうど面を雷にうたれたようだったとある作家が青年時代を回想しているがまさにその通りだった。

君たち百年後の人たちは、この事件の全容をほぼ知っているだろうが、当時真相を知り得たのは文学者でいえば、平出(ひらいで)修と森鴎外先生と僕ぐらいだろう。僕は平出君から、かれは弁護士でもあり「明星」の歌仲間でもあったのだが、その恐るべき秘密裁判の様子をつぶさに聞いた。

あの事件は宮下を首領とする新村忠雄、古河力作、そして秋水の内妻であった菅野すがの四人の実行計画があっただけで、他の者は全く関与していないし何の証拠もないのだ。

後世の史家には権力犯罪と認めながら、あの弾圧を招いたのは軽率・過激な無政府主義者のテロリズムのせいだ、という者もある。しかし、これは当時の社会運動の状況を知らぬ批評である。

示威行動はもちろん言論・結社の自由や労働争議まで禁止され、すべての表現手段をうばわれたら、労働者や平民はただ奴隷のようにして生きるしかないじゃないか。あらゆることに強権を発動しては、発禁・罰金・禁固と責め立て、懲罰でいじめぬかれたら、猛烈な反発心と憎しみがおこるのは当然なことだ。窮鼠猫をかむような状態まで追いつめ苦しめておいて、何をかいわんやである。しかし、そうではあってもやはりテロに走ってはいけなかった。それこそ権力側の思う壺なのだから。

僕は平出君から秋水の陳弁書を借りて写し、「A LETTER FROM PRISON」(獄中からの手紙)と題して、事件の真相を後世に伝えようとした。このなかで、秋水は無政府主義とテロ行為は無縁のものであると説いて、革命の何たるか、社会の進歩の何であるかを堂々と論じている。

極寒に耐えかねて、筆を三度取り落としたとあるが、その主張の明晰・達意・意思はいささかも揺るがず、まさに獄中にあって、秋水は革命家として闘ったのだ。

明治四十四年一月十八日、この暗黒裁判で二十四名の死刑宣告が出されたとき、秋水がうかべた微笑を「悪魔の顔」と書いた新聞があった。一月二十四日、幸徳以下十一名処刑。ただ一人の女性菅野すがは翌二十五日朝に執行されたが、微塵の動揺もない立派な最期だったという。その墓は新宿西口のはずれの正春寺にある。墓碑銘は僕より一歳若かった荒畑寒村君が後に書いた。

思えば、日本人はこの偉大な先覚者を真に理解するのに半世紀、いや一世紀はかかった。しかし、その真価を発揮するのはこれからだよ。

もっとも僕も貧乏で哀れな歌詠みで、借金の天才とか嘘つきの名人とか云われてきたが、今ではロマンチックな叙情歌人として教科書で遇されている始末だ。

それにしてもマッチ箱程度の爆薬を奇貨として、社会運動に大弾圧をくわえ、民衆を恐怖のどん底に陥れた張本人山県有朋とその手先桂太郎の長州閥の子孫がまたぞろ悪事をはたらいているとは。何でも隠したがる権力者の本質はちっとも変わらないね。

しかし、だからこそ先人の思想と行動に学んで闘うのだ。僕たち明治の青年が置かれていた時代閉塞の状況を考えても見たまえ。意気沮喪なんざ、百年早い。

僕は若死にしたが、精一杯な仕事はしたつもりだ。君もいたずらに馬齢を重ねているだけではいかん。いゃ、失敬。僕は詩人だから、真実しか言わないのだ。まあ、しっかりやりたまえ。最後に戯れ歌だが、君に一首おくるよ。

やとばかり
啄木に手とられし夢をみて目覚ましたり
初春の朝

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〔著者紹介〕 牧子嘉丸(まきこ・よしまる)

「泥濘ー冬の日の森鴎外」で上林暁賞受賞。ラフカデイオ・ハーンの晩年を描いた「海の挽歌」や上田秋成の生涯をもの語る「秋成幻談」でコスモス文学賞受賞。以上は著作「海の挽歌」(彼方社)に所収。また昭和最後の日に大杉栄の亡霊とともに反逆する魂を描いた「曇天」などを収めた幻の異色短編集「花づな」(彼方社)がある。レイバーネットの連載・掌編小説「ショート・ワールド」では、「ショートであっても世界を描きたい」と意欲満々だ。月1回程度を予定。


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