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LNJ Logo レポート : 新たな国鉄闘争の火が燃える〜国労・石崎さん羽廣さん 誓い新たに
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新たな国鉄闘争の火が燃える
国労・石崎さん、羽廣さん、誓い新たに

         北九州市 ■ 林田英明

 「パトローネ」85号に掲載(2011年4月1日)発行

 一語一語、自分の生き方を確かめるような口調でマイクを握る。国労鳥栖闘争団の石崎義徳さん(62)は前かがみの姿勢で会場の参加者に自分をさらけ出した。決してうまい語りではない。小倉闘争団の羽廣憲さん(49)の慣れた弁舌とは違うのだが、ウソのない中身が聞く側の姿勢を正させる。2月27日、石崎さんの地元で開かれた「貧困と失業は国鉄から始まった 解雇者の声を聞こう!久留米集会」は50人を超す参加者がその思いを共有した。国鉄闘争全国運動・九州主催。

集会は冒頭、動労千葉を支援する会が制作したDVD『1980年代 新自由主義との3つの決戦』を上映。レーガン、サッチャー、中曽根康弘の3氏が進めた米英日の新自由主義の策謀と労働者の闘いの軌跡が映し出された。

その認識の下、パネルディスカッションが2時間にわたって繰り広げられた。パネリストは、石崎さん▽羽廣さん▽元国労九州本部書記長の手嶋浩一さん▽国労解雇撤回弁護団の山崎吉男さん――の4人。

狂った世の中を変革

まず最初に石崎さんが基調報告。ベトナム反戦運動のうねりの中、75年に公労協が指令した全国のスト権ストが7日間続いたが、自民党の中曽根幹事長(当時)ら政府は強硬な構えを崩さず、同氏は国鉄分割・民営化への不退転の決意を固めたという。85年の労働者派遣法の成立と、その後ほとんどの職種に広げられた改悪にも触れて、今日の新自由主義に至る道を振り返る。分割・民営化の過程では、首相となった中曽根氏の陣頭指揮の下、職制による国労脱退の強要が執拗に行われ、国鉄職場はまさに職制と労働者との戦場になった。このような状況で国労本部は反対の旗を降ろして労使共同宣言を結ぼうと86年、修善寺大会を開催する。これは現場の猛反発で否決されたものの、組合員の脱退は止まらない。20万人いた国労組合員は4万人に激減した。国労、動労千葉などの組合員ら7628人がJR不採用となり国鉄清算事業団に送られて3年後、1047人が残る。多くの人が自らの意思で事業団を去っていったが、石崎さんはそれを否定しない。「今でも悲惨な生活をしておられるだろう」と思いやる。それは自身が東京での2年間の活動の中で日雇い派遣も経験し、土木作業など条件の厳しい労働を重ねて今に至る辛苦が言わせているのだろう。労働委員会の数々の救済命令を無視する国への批判が緩むことはない。JRの責任を不問にする4党合意にくみせず鉄建公団訴訟を起こし、そして今回の和解拒否に到達する。解雇撤回を求めて闘い続けるのは石崎さん、羽廣さんら4人と、別の横浜人材活用センター訴訟の2人に動労千葉争議団の9人を合わせて計15人に絞られた。

石崎さんは子どものころを思い返す。テレビもマイカーもなく、輸送手段として国鉄は超満員だった。今はモノがあふれている。生産力の発展で商品はちまたにあふれているが、私たちの生活は一向に良くならない。そればかりか生きていくことさえ困難になっているのである。こんな社会はどう考えても狂っている。「私たちの運動は、社会を少しでも良くするほうへ変える一翼を担うもの」と確信を込めて続けた。国労時代、役員の経験はない。社会変革の自覚が当時あったわけでもない。妻に無理をさせた負い目も吐露した石崎さんは後でこう漏らした。和解拒否を決めてから1カ月、国労本部や和解に応じた仲間たちから翻意を求める電話がひっきりなしにかかり、多い日は10本にも上った。自宅への訪問も途切れない。分会で和解を拒否したのは1人だけだから“攻勢”も激化したようだ。妻の携帯電話の番号をどこかから聞き出してかけてくる者もいた。夫婦の心にかけられたいわれなき重しは、静かになった今も容易に取れるものではないだろう。「やっていることは間違っていなかった」との思いだけが国労の手帳を胸ポケットにのぞかせる石崎さんを支え、「労働者が人間として生きていくため、非力ではあるが頑張っていきたい」と頭を下げると会場から温かい拍手が送られた。

本気で資本と対決を

ディスカッションは羽廣さんが口火を切る。なぜ200人もの自殺者を出さなければならなかったかを振り返りつつ国鉄闘争と分割・民営化の意味を問う。「求めているのはおカネではない。私たちは労働者であると言い続けるため闘っている。体力は衰えてくるが、どうやったら自分の意見を通せるかを判断基準にしてきた」と信条をも語り、除名覚悟で和解拒否を告げた本部に対しても一言いわずにはいられない。「闘って勝てないから妥協しろ、では労組の破壊に行きつく。本来、労組は労働者の生活と権利を守るためにあるはず。国労で勝てないなら、どこも勝てないだろう。資本の好きにしていい、というのが分割・民営化だった。これは国労だけの問題ではなく、すべての労働運動に関わっている話だ」と、本気で資本と対決しない国労本部の姿勢に不満をあらわにした。

山崎さんは、和解拒否を宣言する羽廣さんらの存在を知って意気に感じた弁護士の一人。和解した闘争団の弁護士でもあったので、いったん辞任し改めて国労4人の弁護に立った。彼らの闘いはすでに最高裁に移っており、法廷が開かれない。「だから傍聴して激励したりヤジを飛ばしたりができないから寂しいですね」と笑いを誘いながら、石崎さんが克明につけていた日記を基に、どんなにひどい扱いを受けてきたかを記した陳述書を提出した経過を語った。「従わないだろうことをわざとやらせて勤務態度が悪いと当局は決めつけていく。今回の政府解決案でも、わざわざ『不当労働行為や雇用の存在を二度と争わない』との条項を入れ、一人一人に念書のような誓約書を求めるなど屈辱的だ」と怒りを隠さなかった。そして「闘い続ければ盛り返すことができる」として4人の闘いを「素晴らしい」とたたえ、展望が明るいとは限らなくても地道に闘い続ける重要性を説き、裁判を団結の御旗として位置付ける。「権力や資本という、人を大事にしない相手に声を上げていく」と手弁当で共に歩む決意を披露した。

手嶋さんは集会主催団体の共同代表でもある。修善寺大会では主流派に属し、分割・民営化に賛成しなければならない立場にあったが、あくまでも分割・民営化に反対して闘うという方針を信じて現国労に残った。分裂した国労内に幹部に座る経験者がいなかったこともあり、87年から国労九州本部書記長を務める。ところが、スト権を放棄するための総合労働協約締結と、すべての国労組合事務所を返還するという国労本部方針に従えず、対立した。そのため、90年に書記長を降ろされ、国労からも国鉄からも2度解雇され失業したと過去を笑って話すが、腹の底では笑っていない。「当時50歳。子どもは1男1女。大学入学を目前にした高校の息子を抱えて困窮した。本部方針をのめば、本部委員長の座も与えられ、給料は倍になると説得され迷った」が意思を貫いたという。そうした経験から、羽廣さんらの闘いを黙って見ていられず、労働者魂が「ムラムラ」と湧き上がってきたと打ち明けた。

さらし者の屈服和解

羽廣さんが現状を説明する。1月29日、国労中央委員会が開かれ、本部は「4月1日にJRまたはJR関連会社に籍のない者は組合員資格を失う」と規定した。闘争団員の切り捨てである。和解条件の一つだった「JRへの雇用」も政府の“努力”に過ぎない。「雇用要請をすると言っても、したかどうか分からない。狡猾に条件は作られている。政府解決については、窓口になる4党が政府にお願いする形で、私たちが直接、政府にお願いするのではない。分割・民営化の考え方からすると一人も採用しないはず」と分析する。その通りだと思う。羽廣さんによれば、国労には連合から勧誘の声がかかっているという。「資本の言うことを聞く労組に変えていくということ」と羽廣さんは意図を受け止め、1047名問題が終わってしまうと単一組織である必要はなくなり、JR各社ごとの組合に変わっていくと見る。そうなれば「国労」の名は、連合に溶ける中で消えていく。マイクを持つ手に力が入った。「『国労』を残そう。もっと言うなら私たちが指導部となって『国労』を引き継ぐ。新たな形でつくるということ。それが私たち国労組合員の課題だ。『国労』にこだわって、4月1日を突き抜けた闘いをやっていきたい」

一方、手嶋さんは「労働組合には和解はある。和解は屈服だと決めつける考えは間違いだ」とクギを刺した。物的に獲得する物がなくても、次への闘いの展望と一層の固い団結が獲得できれば、一般論として和解はあっていいという。「ただ、今回の国労の和解は、23年間もさらし者にされてきた見返りの和解としては屈服であり、悲劇的だ」と述べ、その最大の原因を「修善寺大会以降、一貫して闘いを放棄し、お願い路線にすがりついてきた国労本部と闘争団の一部幹部にある」と断じて、闘う国労本部を信じてついてきた組合員と闘争団員を被害者とする見解を寄せた。そして「屈服和解ではない証しは、JRへ雇用要求を突きつけ、闘いに立ち上がることである。和解してもうすぐ1年を迎えようとしているが、今の国労にその姿を見いだすことができない」と嘆いた。

あきらめは戦争の道

羽廣さんがその言葉に触発される。「貧困と大失業は、日本のひずみとしての資本主義の行き詰まりがある。トヨタなど大企業の空前の利益は労働者の生首を飛ばすことで成り立っている」と言い、安全を軽視して経費を安くあげる策謀がJRで顕在化してきた例として東日本を挙げた。会社側は/型融・賃金制度検修全面外注化新総合労働協約――を持ち出してきており、例えば車両整備部門を外注化すれば転籍となって給料は下げられ、長時間労働と低賃金が広がる。労働者の生活は破壊され、事故の危険性も増す。動労千葉の反対運動で押し返しているが油断はならない。労働協約にしても、それは就業規則そのままだから、現場の疑問はすべて封殺され、会社に対するイエスだけが求められる。107人の犠牲者を出した尼崎脱線事故を教訓とはしない。羽廣さんは自治労なども例に挙げて、さまざまな所で国鉄方式の攻撃が行われている事実に暗然とするが、それで闘いをあきらめはしない。むしろ逆だ。「あきらめられないから闘う。何人であろうと、闘う意思がある限り負けない。絶対反対で団結すれば勝てる。勝てないのは指導部の責任。たとえ勝てなくても負けはしない」とたたみかけた。闘えば後退はない。相撲で言えば、立ち合った瞬間、力を出さなければ押し出されるだけだが、押し返す気持ちがあれば土俵を割ることはないということか。覚悟を決め、八百長も拒否したガチンコ労働者の至言かもしれない。

最後に石崎さんが、かみしめるようにこう話した。「労働者が生活できない状態に置かれ、いつ爆発するか資本は心配している。労組にも盛衰はあるが、私たちの闘いは資本にとって恐怖になっていると思う。皆さんの職場実態と重ね合わせたい」。そして手嶋さんが締める。和解調印した闘争団員の仲間を非難しないでくれと。「家族らのことを考え、泣く泣く和解に応じ、苦渋の選択を強いられた闘争団員はたくさんいる。彼らも闘わない国労本部の被害者であり、犠牲者なのだ。政府は『JRへ雇用要請をする』と和解で明言している。黙っていれば『だまされた』で終わりにしようとたくらんでいることを彼らに訴え、JRへの雇用闘争を呼びかけよう。羽廣さん、石崎さんと手を携え、スクラムを組んでJR攻めを展開したい。私たち労働者が闘いをやめ、モノを言わなくなったら、それは戦争への道につながるだけだ」と力説した。

自分の身を案ずるだけなら、パネリストたちはここにはいない。新自由主義とグローバリズムが労働者を窒息させようとしている今、闘わなければ道は開けない。国鉄闘争の火は、なお一層燃え上がろうとしている。

*写真=社会を良くする一翼を担いたい」と語る石崎義徳さん


Created by staff01. Last modified on 2011-04-08 12:09:44 Copyright: Default

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