映画紹介『BOX 袴田事件 命とは』〜冤罪を生み出す裁判所の不正義 | |||||||
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映画『BOX 袴田事件 命とは』(高橋伴明監督)を観た。これは、冤罪で死刑判決を受けた男と、その死刑判決を書いた裁判官の苦悩の物語である。袴田事件は、1966年静岡県清水市の味噌製造会社専務宅で起きた一家4人の殺害放火事件である。犯人とされた袴田巌(キャスト=新井浩文)は元プロボクサーで、当時この味噌会社に勤めていた。袴田は、過酷な取調べで自白を余儀なくされたが、公判が始まると全面否認に転じた。裁判官の熊本典道(萩原聖人)は無罪を信じたが、三人の裁判官の多数決で有罪が決まり、主任判事として死刑判決を書かざるをえなかった。ここから熊本の贖罪の人生が始まった。 この映画を観ていると冤罪というものがどのように生み出されるのかが良くわかる。ひとつは、密室での長時間の取調べだ。人間を破壊する取調べのシーンはこの映画のひとつのクライマックスである。はじめは頑強に自白を拒んでいた袴田は、20日間にわたる脅しと暴力で力つき、ついに自白に追い込まれる。検察の取り調べも警察の筋書きをなぞるだけだった。裁判で無実を主張しても、自白偏重、検察重視の裁判官は動かない。立身出世、そのための縁故と事なかれ主義、学閥、妬みなど映画では司法の内幕も描かれている。無罪判決など出したら出世を諦めなければならないのが裁判官の世界らしい。マスコミを抱き込む警察の姿も印象的だ。これでは有罪にならないほうがおかしい。日本の刑事裁判の有罪率は99・9パーセントだという。その陰にどれくらいの冤罪が埋もれているのだろうか。 熊本は判決を書いたのち裁判官を辞し、大学の講師をしながら袴田の無罪を実証しようと駆け回る。しかし高裁、最高裁でも判決は覆らず死刑が確定する。獄中の袴田は、毎朝、刑務官の足音に恐怖する。三人の足音がすれば、それは死刑の執行を意味するからだ。袴田は拘禁症で精神のバランスを失い、家族との面会も拒否するようになる。一方、熊本は自殺未遂に追い込まれ「自分は人殺しだ。自分を死刑にしてほしい」と叫ぶ。熊本は、裁判官の合議では死刑に反対した。だから多数決で仕方なかったと自分の立場を合理化しようとすればできたはずだ。しかし彼は自分にそれを許さなかった。「人を裁くということは、同時に、自分も裁かれるということです」という熊本の言葉は重い。 熊本は、自分の出した判決を背負い、半生をその償いに捧げたが、それでも依然として袴田は精神を病みながら東京拘置所の死刑監房に閉じ込められたままだ。獄中生活は43年に及ぶ。袴田はもちろん、熊本もまた日本の司法の犠牲者である。袴田は、1980年死刑確定後すぐに再審請求を出した。熊本は、2007年、裁判に関する事実を公表し袴田の無罪を世に訴えた。テレビを始め多くの報道機関がこれを報じた。しかし2008年最高裁は再審の請求を棄却した(弁護側は現在第二次再審請求を行っている)。裁判所の理不尽、不正義には言葉もない。 裁判員制度が始まった今、誰でも人を裁く可能性がある。あなたはこの映画をどう観るだろうか。なお、映画のタイトルのBOXには「ボクシングをする」と「閉じ込める」のふたつの意味がある。(佐々木有美) *映画は東京・渋谷ユーロスペース、銀座シネパトスなどで上映中。 Created by staff01. Last modified on 2010-06-09 12:25:05 Copyright: Default |