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LNJ Logo 荒川国際平和展2007−大空襲訴訟原告団報告も
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3月10日、11日の2日間、東京・荒川区のムーブ町屋ギャラリーで「荒川国際平和展2007」(主催・実行委)が開催された。1945年3月10日未明の東京大空襲。米軍のB29爆撃機約300機が焼夷弾による無差別爆撃を行ない、10万人以上の死者を出した。毎年この時期、墨田区をはじめ都内各地で追悼行事が行なわれ、メディアが紙面を割く。

区民有志による年に一度のこの企画展も今年で8年目。「悲惨な体験を語り継ぎ、二度と戦争を起こさせない」という理念は他と変わらないが、実行委は、1942年4月、荒川区東尾久地区が日本初の本土空襲=ドゥーリトル空襲の犠牲になったという事実に着目。初年度から被害実態の調査や、毎年爆心地周辺で行なわれる慰霊祭にも力を入れている。

10日午後1時から映画「黒い雨」の上映会が行なわれた。井伏鱒二原作・今村昌平監督のこの映画は1989年のモノクロ作品。北村一夫、市原悦子、田中好子ら日本映画の名優が勢ぞろいし、原爆の被害に苦しむ人々の生きざまを淡々と描いた。

北朝鮮人道支援ネットワーク(ハンクネット)の報告もあった。同ネットの米津さん(写真上)は昨年10月に訪朝したビデオを上映。極度の栄養失調状態に置かれている子供たちが、支援の粉ミルクで体力を回復した元気な姿や、平壌市内の日常の光景を撮影し、日本政府による経済制裁の解除を訴えた。

11日は恒例の区民平和音楽祭。地元の朝鮮学校生徒による華麗な民族舞踊で幕を開けた。ブルーグラスバンドの「ジェリーフィッシュ」の演奏は一年ぶり2度目。ダジャレで笑いを取りながら、本格的な演奏で聴衆を引きつける緩急巧みな進行はさすがだ。歌声バンド「風見鶏」は「イムジン河」や「千の風になって」など懐かしい7曲を演奏し、来場者と合唱した。

去る3月9日、東京大空襲の被害者・遺族ら112人が国の責任を問い、謝罪と損害賠償を求める、日本で初めての訴えを東京地裁に起こした。原告団副団長・空襲犠牲者遺族会会長の安藤健志さん(写真下)が来場して発言した。

「広島や長崎には戦争犠牲者の慰霊碑があるが、東京にはない。国は一貫して民間人の戦争被害を認めない。『等しく受忍しろ』というのが彼らの論理だ。空襲で大切な家族を失った人、片腕を失ってひっそりと生きてきた人たちに、この理屈は絶対許せない」。「私たちの訴訟計画を東京新聞が早い段階でスクープした。国側に対応を構えさせる可能性もあり複雑な心境だった」。「慰霊祭が行なわれる横網公園(墨田区)の入口で毎年情宣をしてきた。今年は提訴直後だったせいか、『自分も仲間になりたい』という人々が次々と名乗り出た。ここ数年マスコミの報道が大きく変わった。紙面を大きく割き、好意的になった」。安藤さんは支援と連帯を訴えた。

実行委事務局の森谷新さんは、平和憲法を守りぬくために、国民投票法案を打ち破る闘いをしよう、と締めくくりの発言をした。その後、おなじみの「すいとん試食会」。今年は初めて「おいしく」調理したという。参加者・スタッフが舌鼓をうちながら幕を閉じた。

常設展示は、空襲の絵画展、世界のフォト・ジャーナリストらによる「DAYS JAPAN写真展」(写真上)、区民反戦平和歌集など、今年も盛りだくさん。国民投票による改憲策動を打ち砕くために、全国の地道な草の根活動の成果がいま、問われている。
(写真と文/T・横山)


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