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天皇制の問題に関する一私見
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9月7日  二田水 弘平  拝

天皇制の問題についての一私見

 過日、メールした方から返事を貰って、その方は、ネット情報通信を遣られてお り、実に活発な女性の‘壮年’の方ですが、「天皇制」には賛成ではありませんが、 自然消滅するのなら結構だと思いますが、「天皇制」を云々するよりは切実な問題 が山積している現在では差し迫った政治課題ではなく、「廃止」は数十年後もそう はならないとご自身の意見を言われました。数十年後のことは兎も角現代の切迫し た政治課題ではないという日本列島の社会情勢の一断面の事実認識には僕も同感し ています。残念ですが。

しかし、日本の将来に向けて切る舵はどうするのだという問題を提起すると問題は 俄然急変します。二者択一の政治・統治の基本コースの選択だからです。片や「天 皇元首制」か、片や「主権在民の民主主義」かの選択なのですから。

もっとも敗戦後の60年間この問題に封印をしたままで「象徴天皇制」の元での「主 権在民の民主主義」というアメリカの仕掛けた罠の中で言葉は悪いが惰眠を貪って 来たのが日本国家であり日本列島の国民・市民なのです。この仕掛けに遂に有効期 限というか消滅時効が来たと言えるのです。僕はそう考えています。勿論、反論が あるでしょう。これまで上手く機能したのだからこれでいいのだ、基本路線はこれ まで通りでいいのだという第三の選択肢です。これについて私が私見を述べるのは 遠慮しておきましょう。皆さんのご意見が聴きたいですから。

しかし、一応、自身の社会認識の深まりと共に、意識に微妙な変化が起り出したと いうことは話しておきましょう。こういうことです。

 明治維新で日本列島の統治権を手に入れた薩長門閥政権は自己の政権維持のため 京都に逼塞していた天皇家を担ぎ出し、天皇元首制の大日本帝国憲法を創り、その 元で大日本帝国という国家を立ち上げて行った。しかし、1945年の無条件降伏とい う大敗北を喫し、彼等にとって最高の価値とする国体の存続すら危惧される事態に 陥った。その国体維持の代償として、成立したのが新憲法である。新憲法には当時 の支配勢力とアメリカの戦後世界の戦略の妥協の産物として天皇制が象徴天皇制と して盛り込まれたのが60年後の今、一つの発火点となっているのである。その後の 60年間の彼等にとっては臥薪嘗胆の苦難の歴史の「成果」があってか、再び天皇元 首制大日本帝国憲法の思想文化を受け継ぐ勢力が再び日本列島の統治権を再興しよ うとしているのが現代日本列島の情勢であると視ると、何が視えてくるか。将にそ れが天皇制の問題なのです。彼等大日本帝国憲法の思想文化を戴く旧勢力が咽喉か ら手が出るほど欲しいの は天皇元首制でしょう。一方、戦後憲法を戴く勢力は主権在民の民主主義であり、 平和主義であったりします(そして象徴天皇制は認めている…)。

私は「主権在民の民主主義」の理念が天皇元首制の理念に対しての最高最大のアン チテーゼであると理解して居ます。つまり「主権在民の民主主義」の理念は「天皇 元首制」の理念にとって思想上の最高最大の敵なのです。

それを「天皇元首制」を変化させて「象徴天皇制」として「主権在民の民主主義」 との並存させたのは将に巧妙な弁証法の産物とも言えるでしょう。

 ここまで理解すると、もう明らかでしょう。なぜ日本列島では天皇制を思想上最 高最大の問題として論じなければならないかがです。民主主義を論じるのなら、本 来は天皇制から入るべきなのです。それが為されないのは、主権在民の民主主義の 理念を日本列島に扶植した新憲法がその一方で象徴天皇制として天皇制を取り込ん だからです。天皇元首制の理念で固まる大日本帝国憲法の思想文化を受け継ぐ勢力 は主権在民の民主主義の理念なぞ「糞食らえ」でしょう。「天皇の臣民」でしかな かった国民・市民が日本国家の主権者なんぞと謳うこんなものが憲法なんて「笑わ せるな」の存在でしょう。それを敗戦後ズーット彼等は公然とは主張しなかったと 言うよりも出来なかった。これは、アメリカの存在を抜きにしては考えられません。


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