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LNJ Logo 5/27集会の感想2
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*レイバーネット日本・メーリングリストより

安田(ゆ)です。

> ・アンケートは概して好評でしたが、1通だけ「民営化は時代の要請だから仕方な い。集会にがっかり」の一般サラリーマンの声もありました。

ここらへん、重要なポイントだと思います。 いわゆる活動家は、いわゆる「反グローバリズム」の潮流の中で、あるいは 「反新自由主義」の流れの中で、「民営化」の問題点などをある程度、共有し ているのですが、世間では「民営化」の問題点が十分に理解されていないと常々 感じています。 最近の郵政の民営化に関する議論でも、自民・民主の反対派は、「民営化」の 問題を避けて通っているので、何だかよくわからない政治的な駆け引きにしか 見えず、人々に民営化の問題点が十分に伝わっていないのではないでしょうか。

民営化が前提であれば、民営企業という枠の中でいかに事故を減らしていくの か、つまり、脱線防止ガードをつけろとか、制限速度をオーバーしないような しくみを作れとか、安全教育をどうする、といった、対症療法的な技術面での 対策の議論にならざるを得ないでしょう。 それに対して、今回の集会では、「民営化そのもの」が大惨事を招く構造を抱 えているという点が明確にされたとことは重要だと思います。

しかし、おそらく、このコメントのように大部分の人々は、「民営化」という 前提を否定する論理を共有していないのでしょう。 電力に始まり、日本では多くの公共事業が民営化され、現在も郵政をはじめ、 市役所の行政サービスや果ては刑務所まで、地滑り的な民営化、外注化が進ん でいます。そして、このような従来の構造を破壊する流れは「構造改革」と呼 ばれ、奇妙な世論の支持を受けています。 現政権による構造の破壊が、目に見える形で市民の不利益となって現れるまで には、しばらく時間がかかるでしょう。それまでは、構造の破壊による目先の 数値的な改善が目に見える「成果」として喧伝されるわけです。実は、これが 後になって市民の大きな負担となって目に見えるようになったときには、もう 後戻りすることができなくなっているかもしれません。いや、すでにその状態 になっているのかもしれません。

会社という単位で採算のバランスを要求される民間企業にとって、「安全」は、 利益とのバランスの中で計算されるファクターに過ぎません。市場原理による 安全性の担保は、言い換えれば、市場が許容する範囲での事故の発生を許容す るシステムです。最低の安全投資で最大の事故防止ができればいい。事故はゼ ロにすることはできないという前提でコスト対効果をバランスさせればいいわ けです。 今回の集会は、こうした「民営化」がもたらす災いの構造を暴き出したという 点で、小さな突破口を作ることができたのだと思います。 しかし、この小さな突破口を今、大きく広げなければ、すぐに埋められてしま うでしょう。

鉄道なら安全とのバランスですが、たとえば郵政民営化の場合は、明治以来の 地域社会の中でひとつの核として機能してきた情報センターの破壊であり、そ れは地域社会の破壊を導きます。それは、特定郵便局という自民党の集票マシ ンを抱え込む構造でもあるわけですが、そのような負の側面を抱えながらも、 地域のコミュニティに形を与え、地域の格差が拡大しないように維持してきた のでしょう。 しかし地域社会、コミュニティなどというものは、企業のバランスシートの科 目にはありません。わけのわからない「構造改革」という掛け声の中で進めら れている郵政民営化は、地域の格差を拡大し、小さな地方の町や村を荒廃させ ていくでしょう。

民営化のすべてが悪いわけではないのかもしれません。しかし、少なくとも、 国鉄の分割民営化以後、現在に至るまで進められている民営化は、「新自由主 義的民営化」であり、それは「格差」を前提にする民営化です。格差こそ、ビ ジネスの源泉ですし、そこに採算のポイントがあります。 鉄道や通信などが国営、あるいは公営の企業でなければならなかったのは、日 本が近代国民国家としてスタートしたときに、まずそれまでに存在してきたさ まざまな格差を縮小していく必要があったからでしょう。市場原理では、格差 を縮小することはできませんし、そもそもそれは民間企業がやることではない のですから。

今回の集会では「現場力」、あるいは労働組合の役割が強調されました。 「民営化」と訳されるPrivatization、つまり「私有化」という概念に対して、 労働組合という社会的機能を打ち込むことは重要な部分でしょう。しかし、安 全という問題に対しては、労働組合が有効に作用するとしても、たとえば地域 の格差といったような部分を、少なくも現在の労働組合が背負っていくことは できません。株主でもなく、経営者でもなく、組合でもない、誰かが、公共性 の確保につとめなければならない部分は残ります。 国営企業や公社は、公共性に対する責任をある程度まで担っていくことができ たわけですが、昨今の有無を言わせない「構造改革」、「民営化」の流れの中 で、「公共性をいかに確保すべきか」という議論は吹っ飛んでしまっています。

尼ヶ崎脱線事故は、吹っ飛ばされてしまった問題点を現実の脅威として見せ付 けてくれたわけですが、ここから、民営化、あるいは「私有化」の問題点を広 く訴えていければいいと思ってます。今回の集会は、いわゆる「反グローバリ ズム」の団体との共催だったわけですが、多くの労働組合や市民団体などとと もに、さらに実質的な運動、深みのある議論を展開し、「民営化は時代の要請 だから仕方ない」という声に対抗していかなければならないと思ってます。


Created byStaff. Created on 2005-05-29 14:21:16 / Last modified on 2006-05-16 22:16:40 Copyright: Default

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