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2026/02/21 三里塚闘争は何を問いかけてきたのか 講座・三里塚闘争60年第1回 文京シビックセンター投稿者: 研究所テオリア三里塚闘争は何を問いかけてきたのか 講座・三里塚闘争60年第1回 なぜ三里塚闘争にかけたのか? ★お話 中川憲一さん(78年管制塔占拠闘争元被告) ☆上映 「大義の春」(78年)「抵抗の大地」(71年)ほか上映 ★日時 2026年2月21日(土)午後2時30分開場、午後3時開始 ☆会場 文京シビックセンター4階会議室B(後楽園駅・春日駅) ★参加費 1000円(会員500円) 研究所テオリア 連絡先 東京都北区田端1-23-11-201 TEL・fax03−6273−7233 email@theoria.info 中川憲一 なかがわけんいち 管制塔闘争元被告。1978年3月26日、開港直前の成田空港管制塔を占拠。裁判闘争を経て86年まで甲府刑務所で服役。2005年、国・成田空港会社の1億円賠償請求を1億円カンパ運動ではねかえす。現在、管制塔被告団、一般社団法人三里塚大地共有運動の会監事として活動。 ▼1966年7月、三里塚(千葉県成田市と芝山町)に「国際空港」をつくることが突如閣議決定されました。住民に一言の相談もなしの建設決定に農民たちは三里塚芝山連合空港反対同盟を結成して空港反対に立ち上がりました。機動隊の暴力と札束で空港を建設しようとした国家の横暴に対して、農民が自らの身体と農地を武器に闘った「三里塚闘争」は、国際的にも知られた日本の反権力の闘いのシンボルとなりました。 90年代前半、政府は強権的な空港建設を住民に「謝罪」したはずでした。しかし、B滑走路供用(02年)・滑走路延長(09年)と空港拡張は止まりません。現在、「第2の開港」と称して「28年度完成」を掲げる第3(C)滑走路建設工事が滑走路用地確保のめども立たないのに進められています。全国の運動の交流の場として半世紀近く使われ、共有地に建つ横堀農業研修センターの取上げ裁判が第3滑走路のために起こされ、強制買収・強制撤去を認める地裁判決(25年6月)が出されました(東京高裁に控訴)。 被告とされた柳川秀夫さん(三里塚芝山連合空港反対同盟代表世話人)は、「緑の大地をひきはがし、コンクリートで固めようとすることはあらゆる意味で大罪です。…空港をもっと巨大化させ、高低差が20m以上もあるような谷津や田んぼを埋め、山を削り、コンクリートで固めようとしている」(農業研修センター裁判陳述書、24年10月28日)と気候対策に逆行する巨大開発を批判しています。 第1回では1978年の3・26管制塔占拠闘争元被告の中川憲一さんに三里塚闘争60年が問いかけてきたものとは何かを話してもらいます。(2025年12月) | |