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新戸 育郎 (毎週日曜日掲載・全14回)

第一話 デモシカ講師を始めるの巻(2008年3月16日)

※この物語はノンフィクションですが、個人、場所等の特定を避けるために、文中登場する一切の固有名詞は仮名にしています。

二〇年以上勤めたある大企業を諸般の事情で辞めたあと、私は次の仕事を探しにかかった。定期的にハローワークへ出頭しながら、なるべく早く次の仕事が見つかりませんようにと祈りつつ、失業保険で丸一年遊んで暮らした。

実際、退職した時期が悪かった。日本経済が下降線をたどり、職を探しても時給八百円のバイトにさえ行列ができるような状況になりつつあったから、望んでも望まなくても仕事はなかったのだ。

保険が切れてからもなんとか生きて行けたのは妻が働いていたからで、このような生き方を私は「ヒモクラシー」と呼んでいた。

しかしそれも限度がある。パソコンを使った仕事ができないかと派遣会社に登録したり、デザイン会社の編集作業を手伝ったり、怪しげな出版社のヌード写真の修整などもやったりしたが、安定した仕事はない(派遣会社からは半年待ってもただの一度も連絡はなかった)。

妻の非難の視線に耐えかねて、やむなく新聞の求人欄を調べ始めた。

二、三週間経ったある日、ひとつの求人広告に目が止まった。「予備校講師、英、数、理、国、社‥‥、小、中、高。専任講師、時間講師‥‥」。

注目したのは資格や条件。何も書いてない。今まで見た求人はどこでも三五歳どまり、それ以上の高齢者は採ろうとしない。そのとき私はすでに40代に足を踏み入れていたから、どこも門前払い同然だった。  

電話してみる。年齢、学歴、経験は? 年齢制限はなかった。その他の制約はなくはな いが、「ともかく試験を受けてみませんか」という。高校入試程度の試験と、作文と模 擬授業(どんなことをするんだろう)と面接をやりますとのこと。訪問は二日後と決ま った。

今年の都立高校の入試問題を探すために早速図書館へ行く(我が家では遊び人〈プータロー〉外食禁止令等が発令されており、余分な金を使うことは許されていなかった。電車に乗る代りにバイクにしなさい。バイクで行く代りに自転車にしなさい。自転車でタイヤを減らすくらいなら歩きなさい、という具合)。

新聞の縮刷版に入試問題が載っているのを発見し、蟻の目玉くらいの小さな文字を目を凝らして解読する(まだ老眼ではないことを確認した)。英語をまずやってみた。三分の二くらいまで解いたところで答を見たら満点。安心して理科をやってみる。難しい。答合わせしたら五〇点ほど。数学、全くわからない。やっと三〇点ほど。今試験を受けたら高校には入れないんだなあということを実感する。

当日になった。五人くらい応募者がいる。皆若いが、一人おばさんもいて安心。試験は五教科のうちひとつだった。迷わず英語をとる。時間は三〇分。ん? これは都立の入試よりはるかに難しいぞ。‥‥が、まあとりあえず答を書く。

それから作文。次のテーマからひとつを選んで書け、と。なぜ講師になりたいと思ったか、とか何とかいうのを選んで、ちょこちょこっと書く。これは私の得意中の得意分野。どんなテーマでも波乱万丈疾風怒濤の汗と涙の感動巨編的和作文にでっち上げてしまうのが私の職人芸なのだ。

で、模擬授業。どういうのかというと、やはり好きな科目の中からひとつ選んで、例えば英語だと、「受動態の導入の授業。Tom uses this camera.を使って説明せよ」などというもの。

狭い事務所の一角で、職員や二次面接の連中などがざわざわやっている中、ホワイトボードの前で、大声を張り上げて架空の授業をするのである。一〇分ほどの準備時間のあと、私はいちばんに指名された。あ、成績順かな? 違った、年齢順であった。

初めての授業とはいえ、私は以前サラリーマン時代に研修などで講師を務めたことがある。人前でしゃべるのはさほど苦にならない。ただ、「お忙しい中よくお集まりくださいました。本日はええ、‥‥」などといっていたのを、「やあ、こんにちわー! 英語の授業始めるよ。いいかなーっ。おい野村、宿題やってきたかぁ。だめじゃないかー。いいかー、トムはだな、カメラを使ってんだよなー。これがだよー、カメラが主語になったらどーなるか、おい、山内、どーだ?」てな塩梅で、いもしない生徒相手に完全なお芝居をする。よくやる。

ま、ほんの二、三分だが、「そこまで」と声がかかって、すぐに面接。

担当官がいうのには、「初めてにしてはなかなかいいですね」だと。「それで、専任講師 をお望みですか、時間講師を?」と話が進んで、「英語が第一希望ですか。あと国語。 理科もできる? ふむふむ、じゃ数学もやれるでしょう」なんて具合におだてられ、「 のちほどご連絡いたします。ぜひよろしく」となんだか内定みたいになってしまった。

 数日後、電話がかかってきた。若くてちゃらちゃらした男の声である。

「どうでしょうセンセ、センセには週に七コマくらい受け持っていただけるとありがたいんですがねセンセ、国語でまとめてみるというのは、センセどうでしょうかねセンセ」‥‥。

センセ、センセが連発されるので、どこの先生の話をしているのかと思っていたら、もう早速「新戸先生」なのであった。契約もしていないのに先生呼ばわりはどういうことか。おだてているつもりなのだろうか。それに週七コマとはどういう意味か。

希望としては週四日ぐらいのペースで仕事ができればいいと言ってあるので、七という数字がよく飲み込めない。まあいい、明日きちんと話を聞いて、契約にもっていこう。

「それでですね、センセ、午後一時に来ていただいて、五時間くらいかかると思いますので、夕方までよろしくお願いしますよセンセ」。五時間? 一体何をするんだろう。研修でもあるんだろうか。

当日、まず仕事内容の打ち合せ。例の電話の主、Mが現れて、「きのう国語でまとめるといったんですが、どうでしょうセンセ、月曜の中二の理科もお願いできませんでしょうかセンセ。それに水曜の中一の英語、これセンセお得意でしょ? それとですね、金曜の小五の理科、ちょっと場所は遠いんですがセンセ理科系でいらっしゃるし‥‥」とどんどん詰め込まれて、月曜から土曜まで、六日間が埋まった。

そんなに働く気はなかった。が、一日の拘束時間は三時間だし、授業は長くて二時間だ。大したことはないのかも。

実のところ私は教育界など全く知らず、具体的にどういう風に授業を運ぶのかも知らなかったから、これが多いのか少ないのかの見当もつかなかった。とりあえず今年いっぱいの契約だから、いやになれば来年からは辞めればいいのだし、まあいっか、と気楽に考えた。

さて、模擬授業をやってもらいます、とのこと。この前やったのにまたかい。

ところがこの模擬授業で、いきなり苦労することになってしまった。(つづく)


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