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郵政首切り25年・名古屋哲一の月刊エッセイ

  初心忘るべからず

 「初心忘るべからず」。この格言がよく使われるということは、初心を忘れる人が百人中一人や二人ではなく、もっともっといっぱいいるからなのだろう。このもっともっといっぱいの人たちが協力して、この格言を広めたのだ。

「初心忘るべからず」。大切な警句である。しかし初心それ自体がヒッチャカメッチャカな場合は、なるべく早く忘れてしまってもらいたい。いや可及的速やかに、「忘れるべき」なのだ。

 「初心忘るべからず」。安倍晋三という人の座右の銘だそうだ。せっかく座右の銘にしている所を悪いけれども、晋三さんには、可及的速やかに「忘れるべき」を実践してもらいたい。

 「初心忘るべからず」。だがしかし、このフレーズは、全くこれっぽっちも初心など持ったことのない人が、「これが私の座右の銘だ」と宣伝することによって初心を抱いていると装える故に、よく使われるのかもしれない。

 「初心忘るべからず」。安倍晋三という人は「これが私の座右の銘だ」と宣伝している。もしも初心など持ったことがないのであれば、先に「初心を忘れるべき」とは書いたけれども絶対に不可能なので無理をしなくてもよい。しかし同時に「忘るべからず」も絶対に不可能なので、これも無理をしなくてよい。そしてこの場合、「初心欠如忘るべからず」の新格言を座右の銘にするようお薦めしたい。

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9月26日、無節操ヨイショ人間抜擢陣形による反動保守古色好戦指向の安倍政権が発足した。05年9月11日の郵政民営化コイズミ劇場型総選挙から約一年、「集団的自衛権」を口にする政府へと至った。「戦後体制からの脱却」で「美しい国へ」を強制するという。

 「美しい」なんてのはおこがましい。「美しい」のはるか以前の問題、最低限の前提の前提たる条件、「悪いことをしたら謝る」ことすらできない人間が口にしてはいけない。強制連行、「日本軍慰安婦」、アジア2千万人の殺人等々、これらの悲惨な迫害を「自虐史観」と歴史偽造して居直る、踏みつけられた人々の悲しみや憎しみに少しも想いを馳せないどころか傷口に塩を塗る、こういうのは醜い。極めて醜悪だ。靖国参拝を平気でできるのは、政治的思惑だけではなく、東条英機ら戦犯たちと同じ冷酷で醜い感性・同じ凶暴で醜悪なタイプの人間だからだ。

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 竹中平蔵という人が任期途中で逃亡した後の総務相・郵政民営化担当相のポストは、菅義偉(すがよしひで)という自民党丹羽・古賀派、衆院神奈川2区の首相最側近人物がゲットした。対北朝鮮への圧力増大共闘で関係を深めただけでなく、「再チャレンジ支援議連」立ち上げの決定的ヨイショにより安倍総裁実現に決定的に貢献したからだという。

 もちろん、北朝鮮政府は拉致した人々を即刻解放しなければいけないし謝罪しなければいけない。拉致被害者や家族友人らの苦しみは、言語に絶するほどのものだろう。そしてこの人々の苦しみを思いやる心があるならば、その心を戦前・戦中・戦後も日本政府が迫害した人々の苦しみにも向けるのが当然だろう。アジアの人々は、北朝鮮拉致被害の何万倍どころか何十万倍・何百万倍もの被害を被っているのだ。

 他人に足を踏まれたなら、「その足をどけろ、詫びろ」というのは当然だ。ところが、足を踏まれた人間がそれ以前に何百万回も足を踏みつけていて詫びもしていないなら、容易には足をどけて詫びる気になりはしない。

 拉致被害者を取り戻す早道は、まず日本政府と国民が心からの償いをすることであって、エバリ腐って圧力増大を計ることではない。日本民衆の日本政府への「真の謝罪要求」活動とその実現は、朝鮮民衆の心に届くだろう。この時初めて朝鮮民衆の多くが金正日政府の拉致犯罪に批判の目を鋭くするだろう。現在、日朝両政府の政治ゲームに利用されている拉致問題は、日朝民衆など世界人民の国際連帯による日朝政府への糾弾によって、真の解決の道を見いだせるだろう。

名古屋哲一(郵政4・28免職者)

「郵政ユニオン九州地本機関紙」及び「大阪・吹田千里支部機関紙」にも掲載

*タイトルはレイバーネット編集部


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