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名古屋コラム

郵政首切り20年・名古屋哲一の月刊エッセイ

  ちったあチンパンジーを見習ったら

 お詫びをしなければならない。

 もう10年以上前のことではあるが、郵政官僚などをさして「尻尾のとれた猿にすぎない」とか「猿知恵」とか書いてしまった覚えがある。F・エンゲルス著「猿が人間になるにあたっての労働の役割」の書評のなかでのことで、当時はボクも若かったのだ。それにしてもこれはアマリニモであって、若気の至りとかちょっと筆がすべってしまったとかですむ話ではなく、失礼に過ぎたと今では思う。今後は改めたい。

 本当に御免なさい、許してください、お猿さんたち。

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 世界で初めて文字や数字を覚えたチンパンジーとして有名なアイさん。百種類以上の文字を知り、記憶力は人間の大人に匹敵する。NHK人間講座「進化の隣人・チンパンジー〜アイとアユムと仲間たち〜」の講師・松沢哲郎さん(京大霊長類研究所・教授)は、1歳半のアイちゃんと霊長類学の共同研究者パートナーになってから25年間を過ごしている。アイさんもすごいが、チンパンジー語を話す松沢さんもすごい。DNA的にも98.8%人類と同一であるチンパンジーを、松沢さんは「1人2人」とか「彼女や彼」と呼ぶ。

 人類に同じく近いといわれるボノボは「平和主義」だが、チンパンジーは「腕力主義」だとボクは思わされていたが、違った。時たま聞かされる「チンパンジーの子殺し」なんか、16年間西アフリカ・ギニアのボッソウで野性チンパンジー(20人の群)の観察も続けている松沢さんは、25年の間一度も見たことがないという。各コミュニティーでの文化の違いもある。親子の絆の深さ、血縁にない者も含めての子育て支援の感動を、松沢さんは映像をまじえ証言する。

 3千万年前まで人類と同一だった猿(モンキー)は、哺乳類的共通性での授乳、霊長類的共通性での赤ん坊のしがみつきと親の抱きしめを、人類と共有する。500万年前に人類と枝分かれして尻尾もなくなったチンパンジー(エイプ)は、親子の抱き合いだけでなく見つめ合い微笑み合うことまでも人類と共有する。チンパンジーは、人間を他の動物と区別するものと言われていた、言語、家族、道具使用(枝を使っての白蟻釣り・石を台座とハンマーにしての種割り=石器使用など、細かく分類すれば14調査地点で57種類の道具使用)の境界線をとっぱらう。

 母親のアイさんは、文字学習などただただ手本を示す。今2歳になるアユム君は、ただただずっとそれらを見つめていて、ある日突然、自発的に親の真似をしだす。何かご褒美があるわけでもなく、ただただ自分もやりたくなったからやるわけだ。アイさんは、アユム君のやることを極めて寛容に受けとめ、ただただやりたいようにやらせる。親子は、見守り、見習う。2年間一度も、母親は息子を、叱ったり怒鳴ったり叩いたり、又は無視したりすることは無かった。

 一言「児童虐待の世相」に触れた後、松沢さんは「人間の教育の原点もここにある」と述べた。続いて「どうだ、恐れいったか、人間ども。ちったあチンパンジーを見習ったらどうなんでい」とボクだったら言ってしまうところだが、優しい松沢さんはそこをぐっとこらえて(?)「しかし人間は、チンパンジーの親子にはない親からの積極的な働き掛け、ほめるとか、さらに上手にとそっと手を貸すとかができるんです」と言うのだった。

 そしてまた、チンパンジーの絆の強いコミュニティーでは、「孤」児も、子を亡くしての「独」居老人もいない、即ち「孤独」がないとも語り、ここでも「ちったあチンパンジーを見習ったらどうなんでい」とは言わなかったのだ。

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 24年目に入った4・28反処分闘争、続けていてつくづく良かったと思う。ハートフルな類人猿の話を聞いて、心安らぐことができるからだ。反処分の仲間の輪はこのご先祖様の心の絆を受け継いでいるが、郵政官僚や全逓本部の同類だったなら、ご先祖様に「退化」の申し訳がたたず自己嫌悪に陥らざるを得ないからだ。

                           名古屋哲一 (4・28免職者)

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       <付録・・・お時間のある方はご一読を>

 アフリカでゴリラの野外研究を手がける人類進化論の山極寿一(やまぎわじゅいち)京大助教授も、「殺戮(さつりく)しない類人猿」「500万年に及ぶ人類の進化史のなかで、戦争を是として暮らしたのはほんの最近の数万年か、数千年のことのようだ」と、朝日新聞(4/12夕刊)に書いている。

 1960年代前半、戦争を「人間の進化にともなう不可避の現象だ」とか、「動物に由来する攻撃本能」の所産だとかする理論がのさばってきた。だがこの理論は、2つの世界大戦を経験した人間が、自己正当化の欲求をもつ時代の反映でもあった。

 「猿人にもその後の原人にも、武器を用いて仲間を殺傷した証拠は見つかっていない」だけでなく「動物における攻撃行動も負ではなく正の意味があることが明らかになった」。「個々のサルたちにとって攻撃とは自己主張する手段で」「相手の抑制を引き出すことも、味方を得ることもできる」つまり「互いの関係を認知し、双方の主張にそって行動を変えるための共存の手段なのである」。

 ゴリラやチンパンジーなどの類人猿になると「第三者による仲裁がよく見られ」しかも「メスや子供が屈強なオス同士のけんかに割って入ることがある」。「弱者の仲裁は、互いに張り合うオスたちが面子を失わずに共存する絶好の機会」を与える。

 「長い間、威嚇と攻撃の象徴のように見なされてきたゴリラの胸たたき(ドラミング)も」「闘わずに自分を主張する平和な行動であることがわかってきた」。「相手に自分の殺意を伝えているのではなく」集団の長として「大いなる不満の意を表明し相手の抑制を引き出そうとしているのである」。また「集団同士の出会いでは、オスが交互に胸をたたき合った後、なるべく対等の別れを演出しようとする」。

 だが「今や人間は、かつてない不気味な精神世界をつくろうとしている」。「仲間と共存するために必要な攻撃性」ではなく「戦争に不可欠な、相手を抹殺するための攻撃性」。これは「相手との関係や相手の性格を変更不能なものと決めつけ、自然界には存在しない頑固で醜悪な敵を仮定したときに生まれてくる」。

 「われわれの祖先が社会をつくるために発達させてきた攻撃性は、弱者が強者の対立に終止符を打ち、勝敗を決せずに共存する方法を教えてくれるはずである。弱者が自分の権益を守ろうと味方につく強い相手を選んでいては、その実現は難しい。それは戦争を肯定」する「行為にほかならないからだ」。

 そして最後に山極さんは「ちったあ類人猿を見習ったらどうなんでい」ということを、もう少し上品な言葉で書いていた。

 

郵政九州労組・郵政近畿労組大阪北「機関紙5月末号」掲載

*タイトルはレイバーネット編集部


Created byStaff. Created on 2005-09-04 20:40:58 / Last modified on 2005-09-29 06:44:50 Copyright: Default

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