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LNJ Logo 木下昌明の映画の部屋・第150回
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●能勢広・村上浩康制作『流 ながれ』
老人二人の活動から川を知る―自然に寄り添って生きる意味

 能勢広・村上浩康の映画『流 ながれ』は、神奈川県の中津川が舞台である。中津川といえば、渓流釣りが好きだった仕事仲間がよく出かけていた川で、昨日は何を釣ったとか自慢していたが、この映画はその種の話ではなく、川が川として成り立っている基本を教えてくれるドキュメンタリーだ。

 といっても、河原に野草のカワラノギクを植え続けている吉江啓蔵と、トンボやカゲロウなどの幼虫である水生昆虫を調査し続けている齋藤知一の二人の地道な活動を10年にわたって撮った、地味であるが貴重な作品である。

 丹沢山地を源流とする中津川は、相模川の支流にあたり約30キロを蛇行しながら流れている。上空からの俯瞰(ふかん)撮影には、川にそって民家が並ぶ日本の原風景が広がっていた。だが、2000年にダムができて、下流に環境の変化をもたらしている。そのことが二人の老人の活動から次第に見えてくる。

 なぜ、吉江老人はカワラノギクを植えるのか。河川の整備や砂利採集などで石ころの河原が少なくなり、この花が絶滅危惧種となったからだ。「生涯に一度しか咲かない」花は、かつて河原一面に咲き誇っていた。それが見られなくなるのを惜しんで、誰に頼まれたわけでもないのに、彼は一人で種を採り、家で育て、その株を移植している。

 水生昆虫調査の齋藤老人は、石をひっくり返し、その生態を調べている。映画を見るまでは魚のエサにしか見えなかった幼虫なのに、流れに抗(あらが)い、石にしがみつき、必死に動き回っている姿を画面で見ていると、いとおしくなってくる。昆虫はダムの突然の放水に適応できずに種類が極端に減ったと。彼は「ダムができて形だけ川であってもそれは自然な流れではない」と言う。

「コンクリートから人へ」の象徴だった八ッ場ダムでバタバタしている政府の河川環境への無策は、心ある人々の活動を逆なでするものだ――自然に寄り添って生きることの大切さを訴える映画を見ながら、静かな怒りがこみあげてくる。(木下昌明/『サンデー毎日』 2012年11月4日号)

*東京・ポレポレ東中野にて10月27日より公開。

〔付記〕 この二人のように、人々の無関心な自然と向きあい、小さな生き物の生態から世の中の動きを観察していくことも、人間の一つの生き方であり、とても重要なことではないかとわたしは考える。


Created bystaff01. Created on 2012-10-28 12:45:32 / Last modified on 2012-10-28 12:47:40 Copyright: Default

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