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第4回・NHKドラマ『坂の上の雲』のナショナリズム

●さ お り◎NHK総合テレビのドラマ『坂の上の雲』の第二部をみたけど、登場人物の若者や壮年男子がやたら強くてかっこいいんや。年寄りもみんなカクシャクとしてるし、明治の男はマッチョばかりだったのかな。このドラマの主要な登場人物が、軍人や政治家たちということもあると思うけど、ちょっと美化ゆうか強調しすぎちがうかな。

★オッチャン◇原作者・司馬遼太郎の「明るい明治」「暗い昭和」という二項対立史観にもとづいてつくられたドラマだから、登場する中心的人物は明治をつくったヒーローとして、だれもが輝いているように描かれているんだ。とくに主人公の秋山真之(さねゆき)や兄の秋山好古(よしふる)、死後「軍神」とされた広瀬武夫らは勇猛果敢に邁進しなければならない。でも、彼らがいくら秀でた人物だとしても「暴力装置」内の軍人であって、いずれも軍備拡張論者だった。時代の流れを断絶する司馬史観は、大正デモクラシーを軽視するし、幕末維新の農民一揆や自由民権運動、反戦運動、米騒動、水平社の運動、基幹産業での大罷業闘争(ストライキ)など、連綿と続いた民衆運動に光をあてることはほとんどない。

●さ お り◎テレビ・ドラマでは、1904(明治37)年の日露戦争を、悪いロシアをやっつけたのだから日本は良い戦争をした、という描き方なんよ。近代の戦争はそんなに単純じゃないと思ったし、ドラマは戦争の悲惨さも少しは描いていたけど、反戦的な主張はまるでなかった。

★オッチャン◇そやな。こんなもの毎週見てたら、日本人はみんな国粋主義者になってしまう。とくにひどかったのは、外国の侵略に反対して蜂起した民衆を鎮圧するために、列強6ヵ国と日露が介入した1900(明治33)年の義和団事件の場面だった。北京で虐殺と略奪を欲しいままにするロシア兵から日本兵は中国の民衆を守ったかのように描くことで、野蛮な西欧に対して東洋は一つになろう、という欺瞞に満ちたイデオロギーを再登場させている。清国駐屯軍司令官の秋山好古を、ロシア将校と毅然と対峙して中国民衆を救う英雄にしてしまう。

●さ お り◎テレビ・ドラマ『坂の上の雲』で、ちょっとだけホッとした場面があったんよ。それは四国の松山で正岡子規と夏目漱石が同居していた家に秋山真之が訪れたときの話で、俳句仲間の5人ほどが「秋山真之殿バンザーイ!」と叫ぶと、漱石が「うるさい!この国はなにかといえば万歳ばかり、もううんざりだ」というところ……。

★オッチャン◇永井荷風によると「万歳」を三唱し始めたのは、1890(明治23)年の憲法発布の祝賀祭のときからで、これも英国からの輸入らしい。翌年には、ロシア皇太子が巡査に斬られる大津事件が起こる。荷風はこの時代について「明るい明治」の司馬とは正反対ともいえる回想をしている。「その頃の東京は、黒船の噂をした江戸時代と同じように、ひっそりして薄暗く、路行く人の雪駄の音静かに、犬の声さびしく、西風の樹を動かす音ばかりしていたような気がする」とね。

●さ お り◎まえから漱石の反権力的な姿勢が好きだったけど、漱石は『趣味の遺伝』という小説の冒頭で、「満州」での日露の白兵戦を猛犬の群れの争闘に擬して、鬼気迫る文章をかいている。あの作品は冷静な日露戦争批判だと思う。そうそうきのう、木下昌明さんの新刊『映画は自転車にのって』(績文堂刊)にも批評が載っていた映画『靖国 YASUKUNI』の監督・李纓(リイン)さんのインタビュー記事を読んだんや。そこで彼は、日中間のナショナリズムの高まりに危機感を寄せながら、「(両国は)国家として対立するより、互いに小さな国を目指して関係を深める方が双方の国益にかなう」という考えを披露していた。とてもいいと思う。漱石も1897(明治30)年にこんな句をつくっている。「菫(すみれ)ほどな小さき人に生れたし」

★オッチャン◇「もっとも勢力弱き人々を合わせて強者の暴慢を排する。最弱をもって最強にあたる」をモットーとしていた無戦主義者・田中正造は、日露戦争の直前1902(明治35)年に世界陸海軍の全廃を演説して入獄41日に及んだ。生涯かけて明治の官僚と財閥、そして明治の軍国主義と闘った田中翁はこんな歌を残している。「国のため民のためとて食う人は国の泥棒民の泥棒」。これは彼の「亡国のさいに盗賊は手を伸ばし、悪魔は白昼横行して良民の財産を奪い、その肉を食う」という「亡国論」にもとづいている歌なんだ。いまの日本も中国も、世界経済の一環としてしか存在できないのに、「一国資本主義」的なナショナリズムで武装してしまったら「亡国」の道を歩んでしまう。

●さ お り◎そやな。映画監督の李纓さんがいうように、「互いに小さな国を目指して関係を深める」ことが、いまの日中民衆にいちばん必要なことだと思うな。

【2010/12/13 通算8回目/転載・引用・援用など、すべて自由】


Created bystaff01. Created on 2010-12-13 11:59:21 / Last modified on 2010-12-14 11:43:43 Copyright: Default

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