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  第13回・2010年10月23日掲載  

年金改革反対運動に揺れるフランス

 

 フランスでは今、年金改革法案に反対する運動が大きく広がっている。夏休み前にも大きなデモがあったが、国民議会と元老院(日本の衆議院と参議院にあたる)に法案がかかった9月の初めから現在(10月23日)までに、6度にわたる大きな全労働組合共闘の全国デモ(100万人〜300万人)が行われ、スト運動がつづいている。とりわけ、製油所12か所がすでに1週間もストで停止、石油の倉庫もつぎつぎと封鎖されたために、多数のガソリンスタンド(一時は全体の3分の1)が供給切れとなり、欠乏状態をうみだしている。また、ここ2週間ほどでまず高校生、つづいて大学生の中にも反対運動が広がってきて、デモが繰り返され、封鎖された高校もある。

 10月25日からの3週間弱の日本滞在(飛行機が予定どおり飛べば)をひかえ、この大規模な社会運動について詳しく書く余裕がないのだが、1995年の大規模な長期スト(このときも年金改革反対運動)、2006年のCPE反対運動(若者の初採用契約法への反対)に匹敵するような、大規模でめざましい運動であり、正直言ってこの先何が起きるか誰にも予想がつかない状況になってきたので、出発前に大ざっぱな状況の説明をしておくことにする。

 フランスの年金改革はこれまで何度か行われた。複雑な内容を乱暴に要約すると、合法的な定年の年齢を65歳から60歳に引き下げた画期的なミッテラン政権の改革(1981年)の後、失業率と年金生活者が増加したために、年金保険金庫が赤字になった。そこで、1993年以降、分担金を支払う就業年月をそれまでの37,5年から40年以上に徐々に増やす改革が何度か行われた。サルコジ政権は、近年の世界的財政危機の影響でますます増えた赤字を減らすために、「平均寿命が延びたのだから、もっと働かなければ年金は払えない」と、今年新たな「改悪」法案を提出した。合法的定年退職の年齢を60歳から62歳にひきあげ、就業年月が足りなくても規定の年金額100%がもらえる年齢を65歳から67歳にひきあげるものだ。

 問題のひとつは、この政権ではいつものことだが、政府は法案を国会にかける前に労働組合とろくに交渉せず(ただ会見するだけで議論の余地なし)、国民もまた、この議論に参加する機会をまったく与えられなかったことだ(「国民のアイデンティティについて」という、誰も望んでいなかった討議を政府主導でやろうとしたが)。はじめ、政府と交渉して自分たちの主張が(多少は)聞き入れられると思っていた主要労働組合は、政府の態度に怒って、法案の討議の始まった9月以降、統一デモとストを繰り返すことになった。

 この年金改革を担当する労働大臣は、夏のあいだにベタンクール事件をはじめ、数々のスキャンダラスな疑惑に名前を連ねたヴルト大臣である(7月のコラム参照)。司法が真に独立した民主主義国家なら、大資産家との癒着や公私混同の疑惑を受けた大臣は国政をつかさどる役職にとどまれないはずなのだが、サルコジ王国ではそうはならない。こうして法案は、与党UMPの議員が過半数を占める国民議会で可決された。元老院でも野党は多数の修正案を提出して抵抗したが、政府は今週末から始まる学校の秋休みまでになんとでも可決させようと、項目をまとめて採決できる特別条項を使って強行採決にふみきった。

 世論はというと、デモが繰り返され、年金改革の内容がより広く知られるにつれて、反対運動への支持が高まった(いちばん最近の世論調査によると、69%が反対運動を支持している)。平均寿命が延びたといっても、フランスではホワイトカラーとブルーカラーでは8年も寿命の差があるのだ。辛い職場で働いてきた人々にとってはとりわけ、必要な就業年数の延長につづく今回の定年年齢ひきあげは、不当に感じられる。失業やパート労働などによって就業年数の足りない人々(とりわけ女性に多い)にとっても、定年退職年齢の2年延長は不公平に感じられる。

 国民にこの「不公平」の感覚が高まったのも無理はない。政府は国庫が赤字、健康保険も失業保険も年金保険も赤字と言うが、そのつけを払わせられるのはいつでも中・低所得者だ。一方、銀行のためには直ちに多額の援助金を用意し、ごく一部の高所得者に有利な税制改革をした。おまけに、この夏、ベタンクール事件などをとおしてつぎつぎと暴かれたカネと権力の癒着を見て、多くの市民の政府に対する不信感は深まったのだろう。

 ちなみに、政府の言説に反して、フランスの労働生産性は欧米諸国の中でも高いほうなのだ。そして、サルコジの税制改革のせいなのか、フランスはヨーロッパでいちばん百万長者が多い(しかし、国民の過半数の所得は低い)。日本と同じく、ネオリベラルの政策はここ十数年のうちに、貧富の差をますます広げた。また、フランスの労働状況の特徴は、とりわけ若者とシニアの就業率が低いことだ。定年退職年齢が引き上げられ、本人が働きたいと願っても、50代で解雇されたら職はなく、失業保険や社会補助金で生きていくしかない。

 年金とは遠い世界にいるはずの高校生たちがこの運動に参加したのも、10代からこの雇用不安が深刻に感じられている状況をあらわしているのだろう。シニアの定年年齢が上がれば、若者の雇用はますます減るーー年金よりまず、若者の雇用政策を考えるのが優先事項だという意見もある。

 16〜17歳の高校生(フランスでは18歳が成年)たちが社会運動にのりだした裏にはまた、サルコジ政権に対する大きな反発があるだろう。この夏のロマ民族に対する差別的な発言と措置(EUと国連から批判された)、9月に可決された外国人規制強化の法律など、人権を危うくする政策も、多くの市民にショックを与えた。なにより、権力を大統領ひとりに集中させて、異なる意見や批判に場を与えず、すべてを自分のペースで進めようとするサルコジの強権的・独裁的なやりかたに対して、国民の不満と批判が高まっている。わたしは三十年以上住むフランスで数多くのデモを見てきたが、プラカードや垂れ幕に掲げられたスローガンやイラストに、大統領に対する憎悪がこれほど強烈に表現されたことはかつてなかった(ふつうは担当大臣や首相が槍玉にあげられる。むろんヴルト大臣もからかわれているが、いちばんのターゲットはサルコジだ)。

 サルコジ大統領は「絶対に譲らない」と反対運動に向かって宣戦布告をした。交渉や調停の余地はないから、運動は過激化する。石油倉庫の封鎖を解除するために機動隊や警官が送られ、ある地方では県知事が労働者の「徴用」を命じた。一方、ストをつづける精油所の人々あてに、他の市民から支援の小切手が送られているという。

 法案は可決され、高校生は秋休みに入ったが、労働組合は10月28日と11月6日の全国統一デモを決定した。政府はそれまでに反対運動が下火になり、国民の不満(ガソリンの欠乏で営業停止をよぎなくされた中小企業、秋休みに遠出をあきらめた人など)がストに向けられるのを期待しているが、さあ、いったいどうなるのだろうか?

  飛幡祐規(たかはたゆうき) 2010.10.23


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