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     第4回・09年6月30日

イランの声

 先日、パリ市庁舎の近くにある小さな映画館で、イランの女性の権利についてのドキュメンタリーが映写された。イランでは今、6月12日の大統領選挙の際に行われた不正に抗議する人々への弾圧が強化されている。1982年にフランスに亡命したイランの社会学者シャフラ・シャフィクが来るというので、メディアには流れない現地の情報も聞けるのではないかと思って、行ってみた。選挙後、国内の政権反対派だけでなく、外国メディアの取材も厳しく制限され、イランから追い出されたジャーナリストもいる。

 この映写会は、女性の権利や闘い、創作に関する作品を集めて保管しているシモーヌ・ド・ボーヴォワール視聴覚センターが主催したもので、その日は今年度の「女性の自由のためのシモーヌ・ド・ボーヴォワール賞」を受けたイランのNGO「One Million Signatures(100万人署名キャンペーン)」が紹介された (http://www.sign4change.info/english/ )。シモーヌ・ド・ボーヴォワール賞は、この歴史的フェミニストの生誕100周年にあたる2008年、現存の代表的なフランスの思想家のひとり、ジュリア・クリステヴァの提案によって創設された。毎年一月に、世界で女性の自由のために貢献した人や団体が選ばれて与えられる。

 イランの「100万人署名キャンペーン」は2006年6月、女性に差別的な法律の改正を求めた平和デモがテヘランで弾圧された後、別の形で男女同権運動を広げるために結成された。イラン全国すみずみの町や村にメンバーが赴き、男女同権を要求する署名を集める草の根の運動だ。2003年にノーベル平和賞を受けた弁護士のシリン・エバディや詩人のシミン・ベフバハニ(いずれも女性)なども推進しているが、無宗教の人もイスラム教徒もいっしょに、さまざまな階層と年齢層の男女によって進められている。集会の自由は許されないので、会合はメンバーの家などで行われる。「反体制」の運動と見られてこれまで何人ものメンバーが逮捕され、投獄された人もいるという。

 映画館には、60年代後半からフランスの女性解放運動を担った人たちをはじめ、大勢のフェミニストや、パリのイラン人がつめかけた。そして、「100万人署名キャンペーン」関係のビデオの前に、携帯電話で撮影された抗議デモの映像が紹介された。シャフラ・シャフィクと「100万人署名キャンペーン」のパリ支部の女性は、欧米諸国が抗議運動を扇動したというイラン政権の糾弾が嘘であること、イラン市民はここ10年来、インターネットを通してますます活発に意見交換をしていることなどを強調した。

 1979年のイスラム革命から30年を経たイスラム共和国では、2005年に原理派の後押しを受けるアフマディネジャドが大統領になって以来、対外的にも国内政治も硬化しているが、人々の生活様式はいわゆる先進国のそれにかなり近い。30歳以下の若者人口が多い点は大きく異なるが、国民の7割近くが都市に住み、識字率は約8割で、携帯電話やインターネットが普及している。女性の合計特殊出生率は、この30年間で6,8から1,8に減った。映画や文学、学問など、さまざまな分野で活躍する女性が増え、今では大学生の6割以上が女性だという社会背景に、男女同権を求める運動は支えられているようだ。1997〜2005年の改革派ハタミ大統領時代に、イスラム教徒の女性の中でもフェミニズム運動がさかんになったが、差別法の改正は結局行われなかった。2005年に保守派が勝ったのも、経済的な理由のほか、ハタミの政治に失望した女性や若い層が投票に行かなかったせいだと分析された。

 さて、今回の大統領選では改革派のムサビやカルビに票が集まるだろうと予測されていたが、投票所が閉まるのを待たずに、第一次投票でアフマディネジャドが63%得票したと発表された。あまりに信憑性を欠く結果だったために、ムサビ支持者に限らず多くの市民が町に繰り出し、選挙のやり直しを求めたのだと、映画館でシャフラ・シャフィクたちは語った。イランの選挙の変遷を研究しているフランス国立科学研究所の人口統計学者マリー・ラディエ=フラディによれば、イランには投票人名簿がなく、不正はこれまでも行われていたそうだ。しかし、2005年の大統領選挙と、今回内務省が発表した得票結果を地方別分布地図に記して比べると、各候補者の支持層の分布からみて、アフマディネジャドがそこまで圧勝することはありえないという。前回500万票を得たカルビ候補が今回30万票たらずで地元で敗北しているとか、有権者数は約4600万人と発表されたが、国勢調査から推定すると約5100万人で500万人もの差があるなど、不正の度合いがはなはだしいと語っている。(http://www.laviedesidees.fr/Iran-le-dessous-des-cartes.html

 6月29日、イラン護憲評議会はアフマディネジャドの再選を承認した。前述のラディエ=フラディの分析によると、改革派の候補者にしても真の民主化を望んでいるわけではなく、政治中枢部での権力闘争がつづいているとのことだ。わたしには複雑なイランの政治情勢を語るほどの知識はないが、この政権と市民社会のあいだのギャップに目が眩む思いがする。それでも、教育を受けた若い世代の中で、男女同権や表現の自由を要求する人々はさらに増えていくだろう。「100万人署名キャンペーン」のような草の根の運動が広がることを願わずにはいられない。人類の半数を占める女性たちの創造性を封じる社会に未来はないとわたしは信じるのだが……それに、このところの世の中は、性に関わらず人間の創造性を枯れさせる方向にあるのだから。(2009.6.30)

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飛幡祐規(たかはたゆうき)さん略歴

文筆家、翻訳家。1956年東京都生まれ。74年渡仏。75年以降、パリ在住。パリ第5大学で文化人類学、パリ第3大学でタイ語・東南アジア文明を専攻。フランスの社会や文化を描いた記事やエッセイを雑誌、新聞に寄稿。文学作品、シナリオその他の翻訳、通訳、コーディネイトも手がける。著書:『ふだん着のパリ案内』『素顔のフランス通信』『「とってもジュテーム」にご用心!』(いずれも晶文社)『つばめが一羽でプランタン?』(白水社)『それでも住みたいフランス』(新潮社) 訳書:『泣きたい気分』(アンナ・ガヴァルダ著/新潮社)『王妃に別れをつげて』(シャンタル・トマ著/白水社)『大西洋の海草のように』(ファトゥ・ディオム著/河出書房新社)ほか多数。2005年5月〜07年4月、ウェブサイト「先見日記」でフランスやヨーロッパの時事を取り上げたコラムを発信。

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