株式会社イセキ開発工機とはこんな会社である。概要と民事再生手続きの進捗状況は以下の通り。

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株式会社イセキ開発工機は、主に下水道工事用のトンネルを掘る機械を製造している会社で、1971年6月設立、1989年2月株式を店頭公開。業界では、「アンクルモール」と言う商品名で知られていたが、2002年3月27日、東京地裁に「民事再生手続開始」を申請し倒産。支援スポンサーは現われず、管渠更生部門を大林道路株式会社に営業譲渡し、従業員を半減して存続している。

本  社:   〒135-0042 東京都江東区木場5-10-11 宍倉ビル3F
TEL:03-5646-2501、 FAX:03-5646-2509
(2002年11月25日、東京都渋谷区代々木4-31-6 西新宿松屋ビルから千葉県の八千代工場へ移転したが、八千代工場が競売落札のため2004年2月16日、木場に再移転)
工  場:   千葉工場
〒261-0002 千葉県千葉市美浜区新港74番地地内
TEL:043-204-1172、 FAX:043-204-1182
(2004年4月1日、千葉県八千代市大和田新田1094-1から移転。工場名を八千代工場から千葉工場に変更)

奈良工場(2004年4月1日新設)
〒639-0243 奈良県香芝市藤山2丁目1153-2
TEL:0745-71-3170、 FAX:0745-78-7462
代表取締役社長:   井上禎二(前専務取締役))
取締役会長:   大岡伸吉(東亜グラウト工業株式会社の代表取締役社長)
相談役:   松崎彰義(創業者の娘婿)
(2004年6月24日、インサインダー取引容疑で証券取引等監視委員会から告発され、同日付で社長は退任し相談役へ)
監査役   松崎源治(松崎彰義の実父)
社員を大切にする気風がいつしか…….                  

 私が入社した1982年頃のイセキ開発工機は、従業員は約100名で「国籍や人種による差別はしない」「社員を大切にする」を社是として活気に満ちていました。社是に共感して就職を決めました。ベンチャー企業として注目を集め、1989年2月には株式を店頭公開するところまで急成長しました。その後、多角経営を目指して垂直型ベルタベーター、汚水処理装置等の開発をすすめ1991年3月には従業員は450名を超えましたが、公共工事の減少や市場の飽和による需要低下と、海外戦略、株投資及び新分野進出の失敗などが重なって業績は悪化。「差別はしない」気風は、経営が傾き、銀行から役員が送りこまれるようになってからは、次第に色あせ差別発言、恣意的な人事が目立ってきました。

悪質な退職勧奨の開始から倒産に至るまで

第1弾:実態のない部署を作り悪質な退職勧奨を開始

 1997年4月から総務部研修室という実体のない部署が新設されました、総務部研修室とは仕事を取り上げ、プライドとキャリアを傷つけて退職に追い込む為の部署でした。1999年4月にも突然8名に対し総務部研修室へ配転し退職勧奨、男性7名はまもなく退職していきました。ただ1人退職勧奨を拒否した勤続12年の女性には、出向先探しを強要しました。更に、組合員となったこの女性を1999年末からは、換気・空調の悪い図面室に押しこめました。彼女は1年近くの退職勧奨によるストレスも重なり、体調を崩して2ヶ月の長期入院を余儀なくされました。内臓を悪くし退院後も通院中でしたが完治しませんでした。イセキ開発工機は女性をこのような状況に追いこみながら平然としていました。

第2弾:大幅賃下げの強行、労働争議の発生、組合結成へ

 1999年11月1日、従業員をだまして一方的に給与規程を改悪し、勤続年数の長い人をターゲットに、大幅な賃金カットを強行しました。勤続17年の私は給与を32%、勤続12年の女性は24%と大幅賃下げ、キャリアを無視した女性差別の賃下げでした。私達女性2人は不当な賃下げに泣き寝入りせず立ちあがりました。会社に労働組合がなかったので個人加盟組合に加入し、イセキ開発工機支部を結成しました。しかし、不当な賃下げは団体交渉、労働委員会の斡旋ともに決裂し、私は2000年6月27日に東京地方裁判所に提訴して在職裁判がスタートしました。 (原告:西本敏子、 原告訴訟代理人:宮里邦雄弁護士・中野麻美弁護士)
従業員を騙して実施した給与規程改悪は、従業員を不安におとしいれ、経営陣への不信感を増幅させました。

第3弾:長期勤続の管理職を標的に多数の退職勧奨を実施

 2001年3月29日、多数の管理職を一人一人呼びつけ、退職勧奨。早期退職優遇制度なし、再就職支援なし、1週間で返答しろというでたらめなやりかたでした。本人にとっては突然に生活基盤のはしごを外され、寝耳に水のことです。しかも退職勧奨理由もいいかげんなものでした。人選基準も不明で、どうしてあの人が? と社内のみならず社外からも疑問の声が多く出ました。会社の基礎を築いてきた人達、頼りになる先輩、上司として信頼され慕われてきた人達です。従業員に更に不安が広がりました。理不尽な退職勧奨によるベテラン社員の退職者続出は、対外的にも不信感を与えて業績は更に悪化しました。

第4弾:第2次リストラ発表

 2001年11月9日またまた人員削減発表。第1次リストラ(1997年10月)で従業員は350名から240名に削減され、今度は100名にまで削減されました。

2002年3月27日 ついに倒産

 2001年9月中間連結決算時点で11億円の債務超過に陥り、株価も額面50円どころか20円を切っている惨状が続いていましたが、期末直前の2002年3月27日、ついに民事再生手続開始を申請し倒産しました。3月30日の債権者説明会では、資金繰りに走り回っている債権者を前に、「イセキ開発工機は、9月までの資金繰りはついている。その見込みがなければ民事再生手続開始申立はしない」と代表取締役副社長が平然と発言しました。倒産の責任など微塵も感じていない無神経さでした。

民事再生法は、経済的に窮境にある債務者について事業の維持または経済生活の再生を図ることを目的としており(民事再生法1条)、新しい再建型の倒産法制として和議法を廃止して2000年4月から施行された。従来の経営者は退陣せず、再生債務者とその代理人が手続きを進め、裁判所に選任された監督委員が手続きを監督する仕組みである。

民事再生法は誰のための法律?

 従業員は民事再生手続き開始申立前も申立後も一切情報を与えられずカヤの外だった。そしてある日突然の営業譲渡と人員削減の発表。退職勧奨を断った組合員は2名とも整理解雇と称して即日解雇され、職場から組合は一掃された。営業譲渡や再生計画案に対する従業員代表の意見聴取も形だけである。決定された後に意見を言っても何の効力も無い。多くの従業員の生活手段を奪った経営者は、放漫経営の責任も取らずに居座り続ける。91.5%の債権放棄を要請した債権者に対しても、法律で認められた再生計画だと平然としている。店頭登録廃止、100%減資、資本金6千万円の個人出資の未公開会社となった今は、従業員には更に情報は入らない。これが民事再生法の実態である。経営者にとっては、こんなに使い勝手のいい法律はないだろう。

民事再生法

 再生手続きが開始されても従来の経営者は退陣せず、再生債務者は業務遂行権及び財産の管理・処分権を失わない。従来どおり事業の経営を続けながら再生計画を作成し、債権者の過半数の同意と裁判所の認可により、その再生計画に従って事業を継続し債務を返済することになる。再生債務者とその代理人がほとんどの手続きを主体的に実行し、裁判所の代わりに監督委員が手続きを監督する実務運用がなされている。裁判所が実質的に関与するのは、営業譲渡と再生計画認可くらいである。
 民事再生手続きは、破産や会社更正より簡易であり、定型的で迅速な処理がなされている。民事再生手続きの実践はその大半が再生債務者とその代理人に委ねられており、裁判所の役割は後見的なものに過ぎず、監督委員による監督も限定的である。再生計画案の作成も再生債務者が行う。民事再生手続きの中で、営業譲渡や生産手段等の会社財産が切り売りされる危険があり、民事再生法が悪用される恐れがある。

東京地裁での民事再生申立状況(2002年10月30日、債権者集会での園尾裁判長の説明)

 1ヶ月30件あまりで1年間に400件の申立である。和議法は1年間に40件の申立だったので、その10倍になっている。民事再生申立の95%に開始決定。再生計画案を提出し、債権者集会を開催するまでに資金繰りがつかず10数%が破産になるが、8割程度が債権者集会を開く。東京地裁では、債権者集会を毎週水曜日に開催、1日で8社から10社開催する。

情報の開示
 労働者・労働組合は利害関係人として、裁判所書記官に対し裁判所に提出された文書や裁判所が作成した文書などの閲覧、謄写を請求することができる(民事再生法17条1項、2項)。情報開示の時期は、開始決定前であっても保全処分などがなされていれば開示請求ができる(民事再生法4項1号)。通常は申立と同時期に保全処分が発令されることになるから、労働者・労働組合は、手続き開始後すぐに裁判所に提出されている申立書やこれに添付されている決算書その他の資料を閲覧、謄写する必要がある。
・ 私の場合は、3種類の資格で閲覧・謄写した。
1.会社を提訴している原告(訴状のコピー提出)
2.債権者(再生債権届出書のコピー提出)
在職裁判中の32%賃下げ事件について賃金差額の未払賃金と損害賠償金を再生債権として届出。
3. 組合支部長(支部結成通知書のコピー提出)
少数組合であっても閲覧・謄写は出来る。

民事再生手続きスケジュール 平成14年(再)第79号 再生手続開始申立事件

 民事再生法は早さが売りの法律である。イセキ開発工機の場合は下記のスケジュールで進んだ。
2002年3月27日 東京地方裁判所に民事再生手続き開始を申立、予納金700万円納付
同日、保全命令発令、監督委員として上野正彦弁護士を選任
民事第20部、 裁判長裁判官:園尾隆司、 裁判官:小田幸生、三村義幸
申請人:(株)イセキ開発工機  代表取締役社長 山岡優二
申請代理人:大原誠三郎、境野照彦、井原智生、神谷宗之介
負債総額(平成14年2月28日現在)88億円
(内訳:金融債務=73億円、保証債務=1億円、その他債務=14億円)
 大型倒産速報として、「下水道工事関連機器製造販売・レンタル・工事、店頭上場 株式会社イセキ開発工機民事再生手続き開始を申請、負債88億円」と流された。
 株式の取引所における取引は、証券業協会が定める規則により、申立の翌日である3月28日より店頭管理銘柄に登録替えとなり、9月28日(最長6ヶ月後)に上場廃止。高値12000円だった株価(1990年7月4日)は、倒産日は16円、倒産後は1円、そして紙くずになった。

 

2002年    
3月27日   東京地方裁判所に民事再生手続き開始を申立
保全命令発令、監督委員として上野正彦弁護士を選任
平成14年(再)第79号 再生手続き開始申立事件
3月30日   債権者説明会(東京会場)、4月4日(大阪会場)
4月4日   午後3時、再生手続開始決定。 裁判所との第1回打合せ期日
5月16日   再生債権の届出期限
6月6日   認否書の提出期限
6月13日〜6月20日まで   再生債権の一般調査期間
6月25日   裁判所との第2回打合せ期日
6月28日   民事再生法第125条の報告書提出
財産価格評定書(清算貸借対照表及び財産目録)。破産の場合の予想配当率4,3%
計画書(草案)提出(口頭報告)
7月5日   管渠更生部門の大林道路株式会社への営業譲渡と人員削減発表
7月22日   組合員2名とも退職勧奨拒否を理由に整理解雇(即日解雇) (職場から組合を排除)
7月24日   営業譲渡の債権者意見聴取(東京地方裁判所にて開催)
7月25日   営業譲渡を裁判所許可
7月26日   100%資本減少とする再生計画案提出許可を裁判所に申請
資本金969,926,900円の全額減少
(発行済株式総数19.398.538株の全部を無償で償却)
再生計画案の提出期限は、7月26日から9月17日に変更
7月26日   地位保全等仮処分命令申立(9月26日本訴へ)
(原告:西本敏子、 原告訴訟代理人:宮里邦雄弁護士・中野麻美弁護士)
7月30日   都労委に不当労働行為救済申立
7月31日   100%減資の再生計画案提出を裁判所許可(11月30日効力発生)
8月30日   再生計画案提出(支援スポンサー企業なし、弁済率8.5%、弁済期間5年)
【再生債権=元本(203社):1,039,345,591円】
免除額(91.5%):934,456,018円
弁差額合計:107,213,683円
20万円以下の債権者(全額弁済)23社 弁済額合計 2,464,033円
1回払い。再生計画認可決定確定後1ヶ月以内(12月25日弁済済み)
20万円超え235万円以下(一律20万円弁済)112社 弁差額合計 22,4,00,000円
1回払い。再生計画認可決定確定後1ヶ月以内(12月25日弁済済み)
1億円以下債権者(2回払い) 59社 弁済額合計 50,344,441円
第1回=2003年3月末:50%、
第2回=2004年3月末:50%(2003年8月30日繰り上げ弁済済み)
1億円超え債権者(5回払い) 2銀行 弁済額合計 30,212,201円
(三菱信託銀行、Mizuho Corporate Bank Ltd)
第1回=2003年3月末:10%、第2回= 2004年3月末:20%
第3回=2005年3月末:20%、第4回= 2006年3月末:25%
第5回=2007年3月末:25%
【別除権債権=認める額:6,723,256,619円】
別除権の目的の評価額:725,263,271円
予定不足額:5,997,993,348円
再生債権の免除予定額:5,488,163,914円
預託額合計: 509,829,434円(5回払い) 6銀行
(みずほアセット信託銀行、三井住友銀行、大和銀行、
商工組合中央金庫、東京三菱銀行、みずほ銀行)
第1回=2003年3月末:10%、第2回= 2004年3月末:20%
第3回=2005年3月末:20%、第4回= 2006年3月末:25%
第5回=2007年3月末:25%
【減資】資本金969,926,900円を全額減資
【増資】減資と同時に、60,000,000円の増資。(個人として2名が増資引受)
(大岡伸吉5000万円、東亜グラウト工業(株)代表取締役社長
(松崎彰義1000万円、イセキ開発工機の取締役(創業者の娘婿)
9月2日   役員人事発表
大岡伸吉顧問、松崎彰義取締役→代表取締役社長、井上禎二常務取締役→専務取締役
山岡優二代表取締役社長→取締役(2003年1月末退社)
小河泰雄代表取締役副社長→取締役(2002年12月20日退社)
9月6日   裁判所との第3回打合せ期日
9月18日   監督委員意見書提出期限
9月19日   債権者集会期日通知(開催日:10月30日)
9月26日   債権者説明会(東京会場)、10月2日(大阪会場)
10月30日   午前11時20分〜11時30分 債権者集会(東京地方裁判所・債権者集会場)
再生計画案認可決定:賛成者数175名、反対者数3名
総債権額に占める賛成の議決権額の割合:77.52%
「したがいまして、本件再生計画案は、法定の要件を満たしましたので可決されました。」と裁判長が宣言。
債権者集会とは議決票の集計発表だけで、たった10分で終了。債権者や従業員の発言機会もなく単なるセレモニーでしかなかった。
11月25日   本社を千葉県八千代市の工場に移転
11月28日   再生計画認可決定確定
11月29日   新たな増資払込み完了(資本金 60,000,000円)
11月30日   監査役3名とも交代(新監査役に松崎社長の妻である松崎妙子が就任)
2003年    
6月27日   役員人事
大岡信吉:取締役会長に就任、 三上一雄取締役退任、顧問へ
監査役3名退任。新監査役は1名
松崎社長の妻である松崎妙子に代わり、松崎社長の実父である松崎源治が監査役に就任
12月12日   女性差別の32%賃下げ裁判:権利の濫用であり無効の原告勝訴判決
12月22日   整理解雇裁判:権利の濫用であり無効の原告勝訴判決
2004年    
2月16日   本社を東京都江東区木場5-10-11 宍倉ビル3Fに移転
 (八千代工場が競売落札のため退去を余儀なくされた。)
3月18日   整理解雇裁判、控訴審第1回期日(東京高等裁判所第7民事部)
4月14日   女性差別の32%賃下げ裁判、控訴審第1回期日(東京高等裁判所第11民事部)
4月1日   千葉工場・奈良工場開設
6月14日   女性差別の32%賃下げ裁判・整理解雇裁判:東京高等裁判所で一括和解成立
6月21日   都労委の不当労働行為救済申立を取り下げ
6月24日   松崎社長、インサイダー取引容疑で証券取引等監視監視委員会から告発
同日付で社長は退任し相談役へ