21 February
2005

旗が好き?

 アメリカ陸軍第一軍団司令部の神奈川県移転が計画されているという。移転先とされている座間市で大規模な抗議行動がとられた。みぞれ混じりの寒天のなか、2600名が思い思いの旗やらノボリやらを掲げて「なぜ米陸軍の中枢が日本にやってくるのか?!」と疑問をなげかけていた。
 抗議行動をとるときには、旗や横断幕は有効な表現手段のひとつとなるのは確かなことだろう。テレビ局や新聞社はこぞって旗を撮影し報道番組や新聞で報じる。
 が・・・、いつも思うのだが、旗に関する問題はどうするのかと。「日の丸」をはじめ、旗に対しての批判は多い。しかし、スーパーマーケットの宣伝から、オリンピックの国威高揚から、組合の抗議行動まで・・・旗だらけの文化をみていると???という疑問だらけになってしまう。旗に寄せ書きをするのは、日章旗に書かれるような遺言だけではない。座間基地の前の抗議行動の旗にも寄せ書きがたくさんしてあった。
 組合などは、年末年始のけじめを「旗開き」「旗じまい」といい旗ではじまり旗でおわる。「御用はじめ」「御用納め」よりはマシかもしれないが・・・、旗がまさに象徴?的に使われているのは組合側なのだ。本当は旗が好きでたまらないのは組合側では・・・とやはり思えてしまう。
 「旗を大事にしましょう!日の丸を大事にしましょう!」などという話しが学校でされることが多いらしいが、発言の主が日の丸の旗を自主的にふっている光景は目にしたことがない。


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悪をただすための穏やかな方法

 ホセ・マルティがカール・マルクスの葬儀のときに、こんなふうな記述を残しています。「マルクスは弱い人々の側についたため、栄誉をかちえたのです。しかし、ものごとをうまくやる人とは、悪を指摘し、悪を撲滅しようとがむしゃらに突き進む人でゃなく、悪をただすための穏やかな方法を教える人なのです」と。
 ホセ・マルティは、目的を達成するためのやり方について意見をのべたわけです。
 相手が悪なら、こちらも暴力を使っても良いのでは?ないか?というような風潮には釘をさし、平和をめざすなら平和的な手段を考えるべきだろう!といったわけです。「革命」という考え方は、当時は今とはかなり違うものだったのかもしれない、揺れていたのかもしれない・・・という気がふとするものです。
 現在の日本政府・与党は、手段などどうでもいい、やってしまえばどうでもいい、何か言われれば「人生いろいろ」ではぐらかしていますが、国の行動が「人生いろいろ」ですむのなら国などいらないわけで、それこそさっさと解散していただきたいというもの。今の日本政府は、崩壊したソビエト連邦以下というものでしょう。
 


Posted by cubacomm at 01:14 | Comments (0) | Trackbacks (5796)