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「被害者の同意」は万能の鍵ではない

[メディアタック]メディアが事件を記録する「限度を超える」方法

クォン・スンテク(言論改革市民連帯) 2021.06.14 08:50

メディア批評をしていると困難な時がある。 どんなコンテンツが良いのか悪いのか、うまく当てはまめるのが難しい。 この前「19等級ドラマ」を主題として話す機会があったが、 「児童性暴力犯のチョ・ドゥスン キャラクターの登場」をどう見るのかについての質問もそうだった。 tvN「マウス」のカン・ドクスとSBS「模範タクシー」のチョ・ドチョルは、 誰が見てもチョ・ドゥスンをキャラクターに持ってきたのが明らかだった。 このように実話をドラマに持ってくる時の有意味性が全くないとは限らない。 事件への注目を高めて、それにより法制度の改善を引き出したりもするということだ。 だが、「実際」の事件をコンテンツとして扱うということは、 綱渡りの行為と違わないという点を忘れてはいけない。

事実、少し考えただけでもメディアと実際に起きた事件・事故は、 切っても切れない関係だということはすぐわかる。 それだけ「実話」を扱ったコンテンツがあふれている。 しかしその適正性を探すのは容易ではない。 だからいつからか「最低限の線」とやらを設定したりもする。 あるいはそれがメディア批評において最大値の答になるからだ。

チョ・ドゥスン事件を扱うのは表現の自由…だが守るべき線

メディアが実話を扱うのは自然な現象だ。 tvN「マウス」とSBS「模範タクシー」に チョ・ドゥスン キャラクターを持ってきたことだけを恨めない。 だがどんな方式で描くかは別の問題だ。

tvN「マウス」がチョ・ドゥスンを描く方式は少し危険だ。 ドラマでカン・ドクスは被害者に対する再犯の可能性をずっと念頭に置いているように描く。 刑務所から出所したカン・ドクスは、被害者がどこで暮らすのか心配している。 こっそり被害者を撮った写真を見て「可愛く大きくなったね。赤ちゃん」と、 陰湿で凶悪な微笑を浮かべる。 横断歩道で会った被害者に「期待してて。雨の日に訪ねて行きますよ」と耳打ちして、 直接的に威嚇する。 このドラマで被害者は「主体的な」女性として登場するが、 恐怖と不安な感情をそのまま長期的に露出する。 それで自然に出てくる質問はこんなものだ。 「実際の事件を持ってきてドラマが語ろうとするのは何か」、 「何よりも被害者が日常に戻るのにドラマが役に立つだろうか」。

ドラマだけの問題ではない。 チョ・ドゥスンが出所した日、家の前まで追いかけて行った無数の記者とユーチューバーがいた。 そして外でその家に照明を当てて彼の一挙手一投足をカメラに込めた。

その過程で問題が起きた。 スーパーで買い物をした無実の市民がチョ・ドゥスンに変身し、 インターネットに上がってきたし、 無責任な報道機関が彼を記事にまでした。 結局、「実話」をコンテンツに持ってくる時、 最優先で考慮すべき部分は、まさにここにあると考える。 被害者とその周辺人に2次加害を与えるような部分はないか。 それが最低限の「線」になるという話だ。

CCTV映像が多様なコンテンツの中に深々と入ってきた

「実際の事件がコンテンツになる」という大きな枠組みで見れば、 ニュースも批判から抜け出せない。 6月11日、JTBCのニュースルームは平沢港で働いて300kgの鉄の塊 (開放型コンテナの羽)にあたって死亡したイ・ソノ氏の事故情況のCCTV映像を入手して公開した。 モザイク処理され、直接あたった瞬間は削除したとはいうが、 適切だったのかに対する批判が出てきた。

CCTVの映像をニュースでそのまま露出して問題になったのは、今回が初めてではない。 2011年にMBCのニュースデスクは仁川で発生した家族と知人の間で起きた殺人事件を伝える過程で、 当時の状況が記録されたCCTVを公開し、大きな非難に直面した。 加害者が角材を振り回す場面などを十分に類推できる暴力的な様子がそのまま露出したためだ。 凍りついた道で滑ったバスと街灯の間に挟まれて死亡する映像が、 時にはスマートフォンを見ながら歩いて川に落ちて死亡するCCTV映像が、 ニュースを通して伝えられていたりもする。 こうした現象はブラックボックスの設置が韓国社会に普遍化し、 さらに拡張されてきた。

デート暴力被害者の女性のCCTV映像は、常連のようにニュースに登場する。 2015年4月、昌原である男性がガールフレンドを暴行・人を殺した事件が起きた。 死亡前、エレベーターで暴行して被害者を引っ張っていったCCTV映像が視聴者にそのまま伝えられた。 2017年7月、酔っ払った男性がガールフレンドに無差別暴行をしたばかりか、 トラックを走らせて女性に突進した事件もCCTV映像と共に知らされた。 2020年11月、男性が釜山地下商店街で倒れた女性を容赦なく暴行し、 携帯電話だけ取って行ったCCTV映像が公開され衝撃を与えた。 これらの事件はそれこそ「代表的」なものでしかなく、 無数の事件・事故が何の規制もなく露出している。

芸能番組も議論を避けるのは難しい。 TVに一般人が出演して自分の悩みを打ち明けるのが一つのコンテンツとして位置を占めていないか。 それだけ議論も増えている。 問題は一度露出すれば「削除」が難しいという点だ。

「被害者の同意」という言葉は名分にならない

これらの問題を指摘すると、コンテンツ製作者がいつも言う言葉がある。 「被害者から事前同意を受けた」というのが最も一般的だ。 だが、事前同意を受けたとしても、被害の場面が写っているCCTVや、 それを再現した姿に接する被害者と周辺人の苦痛は減るわけではない。

今は「積極的同意」の過程について考えるべき時だ。 メディアを通じて再現されたり、CCTV映像が露出するときに発生しかねない2次被害を含み、 十分に説明して同意を得なければならない。 そして、何よりも同意を得たとしてもコンテンツ製作者自身「被害場面」を見せるのが最善なのかについても考えてみなければならない。 被害場面を再現しなくても意味あるコンテンツを作ることはできる。 CCTV映像を活用しなくても事故が発生した構造的原因に接近する方法がないわけではないことを製作者も知らないわけではない。

tvNの「シグナル」でイ・ジェハン刑事は初恋を連続殺人で失う。 そして次のような言葉を残す。 「写真だけで見た。ただ写真数枚だけ…。 犠牲者の名前、作業、発見時間、発見場所。 それが君が知っている全てだが、私は違う。 何日か前まで生きている人だったのに、慰さめ、笑い、優しくて、 ただ懸命に生きていた人だったのに…」。 ドラマでは事件に接する刑事に言った言葉だ。 だがコンテンツ製作者にも必要な心がけではないかと思う。

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2021-06-22 08:29:51 / Last modified on 2021-06-22 08:29:54 Copyright: Default

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