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朴槿恵大統領は「なぜ」遺族を無視したのか?

[人権オルム]国会本庁前の二つの心

カン・ソングク(透明社会のための情報公開センター) 2014.10.31 14:30

10月29日午前、朴槿恵(パク・クネ)大統領は施政演説のために国会を訪問した。 寒くなった10月末の天気の中でも朴大統領に会うために前日の夜から国会で野宿までして夜を明かし、朴大統領を待っていた人たちがいた。 まさにセウォル号惨事犠牲者遺族らだ。

セウォル号家族対策委は大統領国会訪問前日の10月28日夜、国会本庁の前で記者会見まで開いた。 いつものように遺族の要求は単純だった。 そしてまた事故の後から今も同じだった。 徹底した真相究明と捜索作業。そして特検推薦への遺族の参加。たった3つだった。 遺族は別に大統領の時間を割愛し、面談を要請したわけでもなかった。 大統領が国会本庁に入る時、少しでも大統領に話が伝えられるようにしてくれということが遺族が望む全てだった。 ところが当惑することに、家族対策委によれば青瓦台側が先に遺族に連絡し、大統領が来る時だけでもどいてほしいと要求したという。 笑うべきか、泣くべきか、あるいは怒るべきなのか、筋道も捉えられない居直りの状況。

そのうち29日の朝になり、9時40分頃、ものものしい警備の中で朴大統領が国会本庁に入ってきた。 警察と警護員が遺族と朴大統領の間の境界を維持し、遺族は朴大統領が通る時 「大統領様、助けて下さい」と絶叫した。 この時、朴大統領は一度も遺族に視線を向けずに国会に入った。 朴大統領は施政演説の中でもセウォル号について一回も言及しなかった。 そしても国会の日程を終えた後、国会から出てくる時も同じように遺族に目もくれなかった。 遺族の切実さと朴大統領の冷静さ。 国会本庁の前の二つの心が交錯した。 遺族と朴大統領の三回目の出会いで、青瓦台での面談の後、約5か月経った後だった。

[出処:チャムセサン資料写真]

遺族の切迫した心情は当然のことかもしれないが、朴大統領の態度が気にかかる。 ここで何よりも私たちが思い出さなければならないのは、朴大統領の態度の変化だ。 最初の出会い。 朴槿恵大統領はセウォル号惨事が発生した翌日の4月17日、遺族がいる珍島室内体育館を訪れて遺族を慰労し 「救助にあって政府が最大限支援を惜しまない」、「徹底した調査と原因を糾明する」とし、 「責任を負うべき人がいれば厳罰する」と話した。

二回目の出会い。 遺族の長く切実な要請の後の5月16日、遺族は青瓦台で1時間ほど大統領と面談ができた。 この面談で遺族はセウォル号特別法への支持を朴大統領に提案したが、朴大統領は法の制定は国会の所管だと答えた。 また真相調査委員会への民間人の参加についても検察が熱心に捜査して捜査の過程を遺族と共有することが望ましいと答えた。 遺族はこの面談を残念だと評価した。 そして3日後、そして地方選挙15日前の5月19日、朴大統領は対国民談話を発表した。 談話で朴大統領は、遺族と国民が体験している苦痛に謝罪し、対策として海洋警察庁の解体と国家安全処の新設という改革案を出した。 そして(どんな意味かわからないが)涙も忘れなかった。

そして最後の出会い。 ここで先に話した通り、朴大統領は遺族がまるで透明人間であるかのように徹底して無視した。 短く数秒でもそちらの方向に向いて、努力する、頑張れ、程度の形式的な対処でもできたはずなのに、そうはしなかった。 いったいなぜだろうか?

もちろん朴大統領の深い真心は知る術はないが、われわれは前後の文脈をかんがえ、遺族を無視した理由を推測することはできる。 朴大統領は最初に遺族と会った珍島室内体育館で、最大限救助への支援をして、責任者を厳罰すると話した。 遺族と二回目の出会いだった青瓦台面談では、セウォル号特別法と真相調査委員会について遺族と意が違うということについて、朴大統領自身、すでに遺族にはっきりと線を引いたのだ。

こうした状況でセウォル号事件に関して責任がある人々の状況を見れば、われわれは朴大統領の態度についての暫定的な結論を出せる。 まず政府は海洋警察庁を解体して国家安全処の新設を続けている。 悪の枢軸のように見なされた清海鎮海運の実際の所有主である兪炳彦(ユ・ビョンオン)はすでに死亡した。 また積極的な救助と退船誘導など措置を取らなかった123艇の艇長は業務上過失致死容疑で裁判に付された。 乗客を見捨てて自分たちだけで脱出し、生きのこって公憤を買ったセウォル号の船員らの場合は、 イ・ジュンソク船長が死刑、1、2等航海士と機関長には無期懲役、残りの船員は最低懲役15年から30年がそれぞれ求刑された。 セウォル号沈没に対する真相究明だとして、検察は10月6日に捜査結果発表を行い、 セウォル号は急激な操舵-復原力喪失により沈没したと規定した。 つまり朴大統領の立場としては全てが糾明され、責任を取るべき人は厳罰に処されたのだ。 朴大統領が話したすべての約束は結局ものさびしく守られた。 もちろん一方的な方式でだ。

したがって推測すると、朴大統領にとってすでにセウォル号惨事はもう終わった事件なのだ。 少なくとも、ほとんどすべて勝ったゲームであり、終わった宿題だ。 朴大統領の真心は分からないが、国会本館で遺族を徹底して無視できたのはそんな正当性があるからだったのだろう。 したがって、これからセウォル号惨事について政府に何も期待するのはもなく、無謀だと見られる。 国会? 可能であれば、すでに特別法が制定されていなければならないだろう。 セウォル号の残った真実に対する宿題は、ひっそりと、まだセウォル号を忘れない、真実を望む市民のものになった。 10月29日。 惨事発生から103日目に不明者の遺体が揚がった。 まだ海の中に9人の不明者が残っている。

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


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