| 韓国:サムスン労働者、故キム氏の父「極端なことも考えた」 | |
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サムスン労働者、故キム・ジュヒョンの父「極端なことも考えた」警備要員暴行、8日に心筋梗塞手術...サムスンの遺族への過度な暴力
ユン・ジヨン記者 2011.03.10 18:02
3月1日、サムスン湯井寄宿舎から投身自殺した故キム・ジュヒョン氏の遺族に 対するサムスン側の暴力は深刻な状況になっている。 キム・ジュヒョン氏の父のキム・ミョンボク氏は3月6日、瑞草洞サムスン本社 前でサムスン側の保安要員から暴行され、病院に運ばれた。事故の当時、彼は 医師から打撲傷、胸壁、右ST分離上昇心筋梗塞の診断を受け、8日心筋梗塞手術 を受けた。8日、江南聖母病院で手術を終えた彼は、しばらく集中治療室に入院 した後、10日に天安順天郷病院の一般病室に移送された。 彼はサムスン本館前で保安要員に引き出される過程で首を絞められ胸を攻撃さ れ、心筋梗塞を発病した。特に彼は普段に持病がなく、彼の手術をした執刀医 は、当時の衝撃による発病も念頭しておいているという。故キム・ジュヒョン 氏の姉、金某氏は「手術を執刀した医師は、断定はできないが、当時の衝撃が 心筋梗塞の引金になった可能性もあると診断した」と説明した。 キム・ジュヒョン氏の叔母のソン某氏も8日、サムスン本館前で1人デモをして 警察に連行された。彼女が投げた土で警備要員2人が傷害を負ったという理由だっ た。ソン某氏は3時間ほど警察の調査を受けた後に帰宅した。 「すでに覚悟していた、気持ちはさらに固まった...最悪の場合、極端な行動も考えた」ソウル聖母病院の集中治療室で会ったキム・ミョンボク氏は、相変らず体調が よくない状態であった。それでもあえて天安に病院を移すことを決めた理由は 『息子を思い出すから』と説明した。 ![]() 「よく息子を思い出して、ここにいるのがつらかっ たです。眠れず、他人もいるので一人で泣くこともできず。家族が天安とソウ ルを行き来して苦しい生活をしているので、苦痛は二重三重でした。また息子 がいる天安に帰りたいです。そのほうが気が楽だと思います。」 3月1日、サムスン湯井寄宿舎で息子が投身自殺したという事実だけでも、身と 心が崩れ落ちるが、その後、なんの謝罪もなく遺族に暴力で対応するサムスン を見て、彼は絶望より怒りを感じた。対話と疎通でサムスンの謝罪を受けて問 題を解決したいが、サムスンという巨大権力と、これを保護する政権は、彼を 極端な状況に追いやった。 「病室にいて、息子が死んだ後の戦い、過ぎた日々 が同じ形態で繰返されるようで不安感に苦しんだりもしました。しかし考えて みれば、もう覚悟していた事でした。時間が過ぎ、気持ちはさらに固まりまし た。法も適用されず、対話もできません。私たちが選択すべきことは結局何で しょうか。 そんな状況にまで駆け上がることを望んでいるわけ ではありませんが、これ以上対話に希望がなくなれば、私は自分の生命を差し 出すしかありません。私たちのどんな理由も、どんな行動も世の中に知られな いと知った以上、極端な行動しかできることはありません。」 「表情なく出勤する若い労働者、息子もあんな表情だったのか」貧困が相続される社会で、貧しい労働者の子女はまた劣悪な労働に苦しむ労働 者になる。9日に開かれた『電子産業労働者実態と改善』の討論会で、イ・ジョ ンナン労務士は「貧しい労働者の子女に生まれた彼らは、また金を稼ぐために 工場に駆けつけ、彼らは劣悪な労働環境で精神と肉体を失っている」とし「故 キム・ジュヒョン氏の場合も、一流企業サムスンに就職したが、結局、劣悪な 勤労条件で自殺を選択した。彼らの父母はサムスンに暴行され、手術を受けた が手術費も用意するのは絶望的だった」と説明した。 結局、貧困の相続という社会的問題は、青年の自殺につながり、彼らの父母に この社会的な弊害は個人的な痛みとして残っている。キム・ミョンボク氏も、 サムスン工場に歩いて入る若い青年を見ると、痛ましさとつらさ、そしてなく した息子に対する負債感に苦しむ。 「息子が死んだ後、湯井寄宿舎に行ったことがあり ます。労働者以外には誰も入れず、鉄条網と壁で囲まれたそこに、20代前半の 若い労働者が出勤していました。彼らは両親と周辺に超一流企業だとあおられ、 また貧しくて思いとどまりたくても思いとどまることができないということを 知っています。それでも仕事がとてもつらくて苦しくても、会社に話せない人々 でしょう。 彼らが出勤するとき、誰も表情がありません。表情 を失ったまま、ただ歩いていきます。それを見て、息子も毎朝あんな表情だっ たのか、高圧的な会社の行動にも何も言えず、ああして静かに暮したのか、 そんなことを考えると心がはり裂けます」。 一日で子女や兄弟を失った遺族の苦痛は、どんな治療でも治らない。特に彼ら は社会的な他殺であることが明らかな息子の死を、疑惑を明らかにすべき荷物 まで担っている。さらに、もうこれ以上息子や娘のような若い青年たちが労働 の死角地帯で死を選ぶことも見ていられない。ほぼ60日が過ぎても息子の葬儀 もできず、巨大資本との戦いに出るのもこうした理由からだ。 「われわれはこれからも戦います。サムスン資本に 打撃を加えられる、無労組経営という誤った労組政策を解くために努力します。 そのために何よりも連帯が重要です。13日の集会を始め、多くの団体と連帯を していき、民主労総と金属労組にも今までより強い要求をしていくつもりです」。 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2011-03-11 13:13:08 / Last modified on 2011-03-11 13:13:09 Copyright: Default このフォルダのファイル一覧 | 上の階層へ | |