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韓国:サムスン労働者の自殺は、中国のフォクスコンと似ている
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サムスン労働者の自殺は、中国のフォクスコンと似ている

[寄稿]寺が嫌いでも出ていかない坊主のせいにするな

コンユ・ジョンオク(韓国労働安全保健研究所) 2011.01.19 16:48

若いサムスン労働者の自殺

1月11日、サムスンLCD天安工場で働いていたキム・ジュヒョン氏が、寄宿舎か ら身を投げて亡くなって一週間目になる。遺族はまだ葬儀を行えないまま、 順天郷大天安病院の遺体安置所を守っている。

1986年に生まれた故人は、昨年1月にサムスン電子LCD事業部に入社し、一か月 の研修教育を受けた後、カラーフィルター工程で現場エンジニアとして働いた。 研修の時、故人がどんな教育を受けたのかは「一日12時間は基本」、「1年間は 私は死んだ(と思え)」等のメモから察することができる。

2月から本格的に現場で勤務を始めた後、故人は深刻な皮膚病になった。元から アトピー皮膚炎があったとは言うが、軽い水準で、入社前はほとんど治った状 態だった。新しくできた皮膚病は時間につれて激しくなり、数か月たつと足の 皮膚がむけて膿が出る程に悪化した。生産設備を補修して定期的にぬぐい取り、 ガスや有機化合物などを生産設備に供給するなど、日常的に化学物質に露出す る作業環境で生じた職業病であることが強く疑われる。

故人を困らせたのは皮膚病だけではなかった。一日8時間3交代勤務は言葉だけ で、一日12時間は基本で、残業すれば14〜15時間も常であった。休日は絵に書 いた餅で、現場から呼び出されれば寄宿舎がある湯井事業場で約30分かかる勤 務地の天安工場まで、いつでも出て行かなければならなかった。そのため久し ぶりの休日も、仁川の家に帰れず、家族と会うのは1、2か月に一回程度だった という。

心身の健康があまりにも悪化し、数か月で故人は部処転換を要請した。これを 決心するまで、新入社員が感じた心の負担はさぞかしだっただろう。新しく移 動した部処で、故人は資材管理業務をした。だが一日12時間を越える長時間の 労働は相変わらずで、馴染まない環境に適応しようとストレスはむしろさらに 激しくなった。結局、故人はノイローゼと診断され、病暇を出した。2か月の 病暇が終わり、業務に復帰する初日の朝、故人は寄宿舎の13階から身を投げた。 故人の死が伝えられると、1月3日にも同じ寄宿舎で23歳の女性労働者が投身 自殺したという事実も一歩遅れて知らされた。

どこかで聞いたような話

新年早々続いたサムスン労働者の自殺の知らせは、サムスンも中国のフォクス コンのように自殺工場になっているのではないのかと心配させる。フォクスコ ンは、中国シンセン地域の巨大な電子製品工場で、40万人程度の労働者が働い ているという。2010年の初め、数人の労働者が寄宿舎から飛び降り自殺したと いう事実が知らされたが、フォクスコン資本は『職員数が40万人もいるのだか ら、何人かは自殺することもある』と軽く考えていた。しかしわずか数か月で 自殺労働者数が十人を越え、ついに台湾から親会社の会長が直接中国のシンセ ン工場に来て公開謝罪をした。

フォクスコンで自殺した労働者はサムスン電子の生産職労働者のほとんどがそ うであるように、20代の若い労働者であり、故郷を遠く離れ、工場の寄宿舎で 生活する『移住』労働者たちだった。また一日12時間を越える長時間労働と、 品質と物量などの成果の圧力、トイレにも自由にいけない程忙しくて統制され た作業環境、他地域出身の若い労働者を主に雇用するため家族と離れて工場の 寄宿舎で孤立して暮す日常、労働組合結成をはじめとする団結権の源泉封鎖な ど、フォクスコンとサムスン電子の労働条件はそっくりだ。

フォクスコンとサムスンは、労働者の自殺に対する対策でも、よく似ている。 サムスンはキム・ジュヒョン氏の死を契機に定期健康診断で、精神科の相談を 全職員に拡張し、社内の心理相談士を増やすと発表した。故人の投身の後に、 寄宿舎の窓を10センチ以上開かないように安全装置を付けた。フォクスコンが 昨年、労働者の連鎖自殺に対する対策として出したのも、社内の心理相談と宗 教活動の支援、寄宿舎の窓に金網と安全網を設置することだった。だがこうし た対策は特別な効果を得られず、2010年に自殺した労働者は少なくとも18人に のぼるという。

もちろん、フォクスコンの対策のうち、サムスンと違うものもある。昨年6月、 深刻な世論の批判に対処するために、フォクスコンはシンセン工場の生産職労 働者の基本給を10月までに2千中国元(300米ドル)に上げると発表した。しかし ほとんどの労働者は10月中旬まで、公式に賃上げを通報されず、実際に賃金が 上げられたのかどうかは相変らず誰も知らない。約束の内容ではなく、実践の 内容を基準にすれば、結局、フォクスコンとサムスンの対策はあまり違わない。 まさに労働者をノイローゼと自殺に追いやる原因には言及もせず、精神的な苦 痛をあじわう労働者を捜し出して『管理』する社内相談と、寄宿舎から飛び降 りることができないようにする安全装置を補強する程度である。

何が彼らを病気にかからせたのか

彼ら若い労働者のノイローゼと自殺は何のためだろうか。キム・ジュヒョン氏 をはじめ、多くの事例が共通して示す原因は、長時間労働と業務のストレス、 つまり『過労』という単語に縮約される。

われわれは『過労死』という言葉を当たり前のように使う。過労で脳心血管系 の疾患にかかり命を失ったり、正確な死因が分からないまま突然死んだ時、こ の言葉を使う。これと同じように、過労で自殺する問題は『過労自殺』と呼ば れる。過労死に較べればまだ世間でよく使われる言葉ではないが、産業保健や 社会学の分野ではかなり重要な問題と認識されている。

過労自殺の研究を探すと、日本の労働者の内容が多い。かつて、日本で深刻な 社会問題に浮上したためだ。企業はトヨタ式の職場文化を称賛し、日本との競 争で勝つには勤勉で忠誠心にあふれる日本の労働者のように働かなければなら ないとよく言うが、そんな日本の職場文化が産んだ怪物である過労死と過労自 殺については決して話さない。過労死と過労自殺を意味する英語の表現 『Karoshi』と『Karo Jisatsu』は日本語をそのまま取ってきたという事実にも 絶対に言及しない。

日本の過労自殺の事例を分析したある研究では、会社への誇りと自分の仕事に 対する責任感、使命感が高い労働者ほど自殺の危険が高いという事実を発見し た。責任を全うするために、底の抜けた瓶に水を注ぐように、さらに多く、さ らに頑張って働き、結局自身を守る最低限の力まですべて注ぎ込んで、憂鬱症 と自殺に達するという。こうした労働者は最後の瞬間まで、会社や他の人々を 恨まず、むしろすまないと思う傾向があるという。死ぬ程疲れた彼らは、謝罪 を受けるべき被害者なのにである。

寺が嫌いでも出ていかない坊主のせいにするな

一方、世間では過労とストレスで自殺した労働者に対し、故人の性格の問題に したり『死ぬ勇気があるのなら、その力で生きればいいではないか』あるいは 『寺が嫌なら坊主が出て行けば良い。なぜ死ぬのか』と批判することもある。 今回のキム・ジュヒョン氏の死にも一部のインターネットユーザーは『そんな に苦しければ退社すればいいのに』と、故人にもある程度の責任があるという 主張をしている。

だが、そんな批判は科学的に妥当ではない。ノイローゼは病気であり、自殺は ノイローゼの一番致命的な症状で、過労による自殺は業務に関する精神疾患の 中で一番深刻な問題の一つだ。すべての病気がそうであるように、個人は病気 にかからないよう努力することはできるが、病気にかかるかどうかは、自分の 意志では選べない。ノイローゼも同じだ。ノイローゼ患者の自殺はこれを決行 するほどの『勇気』ためではなく、死ぬしか抜け出す方法を見つけられない 『症状』のためだ。虫垂炎で腹が痛いという患者に腹痛の責任を問うことが 非科学的であるように、ノイローゼで自殺を試みた患者にその責任を転嫁する のは合理的ではない。

▲キム・ジュヒョン氏の遺族は葬儀場で警察の再調査とサムスン側の責任を要求する記者会見で涙を止められなかった。

また、こうした形で被害者に責任を転嫁したり、両非論で一部の責任を負わせ る『被害者叩き(victim-blaming)』は、社会正義の面でも決して正しくない。 病の原因を見つけ、解決する責任者ではなく、病気にかかって命を失った被害 者に非難の矛先を転じるからだ。

事実、労働者を過労、過労死、過労自殺に追いやる人々の網の中で生まれ育ち、 労働して暮す立場では、その本質を見抜くのは決して容易ではない。もちろん あえて過労死や過労自殺について話さなくても、企業と社会が労働者の献身と 犠牲を高く祝賀する美辞麗句にだまされない人はいる。ただ、利益と競争力を 達成するために、労働者の『自発的』な犠牲と過労を培う彼らの内心を見抜く 人々である。だが、万一過労自殺の被害者に、なぜそんな洞察力を持てなかっ たのか、『苦しければやめればいいのに、なぜ死ぬのか』と言ってはいけない。 過労自殺の責任は、死に引き渡す細かい網から抜け出す機会も持てない労働者 ではなく、彼らが死に追いやられるまで抜け出せない網を編んだ者に問わなけ ればならない。

キム・ジュヒョンの永眠を邪魔するのは誰か

世界的企業のサムスンで、8日間に二人の労働者が自殺した。その労働者の家族 は故人の死に対する疑惑を提起して、自殺を試みた故人を放置し、そもそも故 人をノイローゼにかからせた非人間的な労働環境を助長したサムスンの謝罪を 要求している。しかしこの3年間、サムスン電子職業病被害者がそうだったよう に、今回の事件もその社会的な意味と衝撃にふさわしくなく、ただごく少数の 言論を通じてのみ世の中に伝えられている。また知らせを聞いた人の一部は 『自殺』という死亡経路のために、サムスンに責任を問うことを躊躇している。

キム・ジュヒョン氏の遺体は一週間以上、冷たい冷凍室で祭られている。サム スンが責任を認めて謝罪するまで、故人の死に関する疑惑が透明に解明される までは、葬儀ができないというのが遺族の立場だ。そんな遺族の気持ちはどれ ほどみじめだろうか。葬儀7日目の朝、故人の姉はインターネットにこんな文を 残した。

「彼らは君を死に追いやった当事者なのに、君に心より謝罪、いや君に会いに 来ないんだ。ジュヒョン、まだ天に行くな。天に行かず、世の中に真実を伝え ることを助けてほしい。」

死んでも故人をゆっくり休まないのは誰か。単にサムスンのせいだけだろうか。 自殺がなぜ会社の責任かという偏見、サムスンの顔色をうかがう言論の沈黙、 それで何が変わるのかという大衆の冷笑、これが故人の永眠を邪魔しているの ではないか。

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


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