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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『記憶とつなぐー若年性認知症と向き合う私たちのこと』
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毎木曜掲載・第264回(2022/7/28)

認知症は「終わり」ではない

『記憶とつなぐー若年性認知症と向き合う私たちのこと』(下坂厚・下坂佳子著、2022年4月、双葉社、1500円) 評者:佐々木有美

 もし自分が認知症になったらと考えることが多くなった。人の名前を忘れる、物の名前がすぐ出てこない。年が年だからと思い、どこかでそれを打ち消してはみるが、漠然とした不安が消えることはない。なぜ認知症が怖いのか。それは、究極、自分が失われてしまう病気だと思うから。

 著者の下坂厚さんは2019年、46歳の時に、若年性アルツハイマー型認知症と診断された。「ガラガラと音をたてて、自分のすべてが崩れ落ちていく感覚」を体験した。現在、日本の若年性認知症(65歳未満)の患者は約3万5700人、高齢者は約600万人と言われる。若年性認知症は高齢者に比べれば圧倒的に少ないが、それだけに周囲の誤解や偏見も大きい。

 仲間と新しい仕事を始めた矢先の出来事だった。自尊心が傷つくのを怖れて、すぐ退職した。妻との二人暮らし、家のローンも残っていた。働きたいとハローワークに行ったが、前例がないので対応しようがないと断られた。「障害者手帳」では経済的な支えは得られない。社会福祉は冷たかった。診断直後、一番たいへんな時期になんのケアも受けられなかった。この社会に自分の居場所がないと思った彼は、本気で自死を考えた。

 下坂さんが自分を取り戻すきっかけになったのは、地域自治体の「認知症初期集中支援チーム」の家庭訪問だった。診断から2か月ほどたっていた。「デイサービスセンター」で働いてみてはどうかと提案された。たいへんなこともあったが、無我夢中で働き続けるうちに、気持ちが落ち着いた。下坂さんは、社会に居場所があるということ、自分の仕事が誰かの役に立っていると実感することが生きるうえでどんなに重要か改めて気づくことになる。

 本書は、下坂厚さんと妻の佳子さんの共著である。佳子さんが、一番こころを痛めたのは、厚さんがいつか自分のことも忘れてしまうのではないかということだった。不安はぬぐいきれないが、それでも原則にしたのは「見守ることに徹する」こと。いつも通りの生活を続けることが大切だと佳子さんは考えた。

 厚さんは、いま、正職員のケアワーカーとして働きながら、得意の写真をSNSで発信し、講演活動、メディア出演で、認知症の啓蒙活動を精力的に行っている。自分が診断直後におかれた不安、絶望を何とか当事者に乗り越えてほしいと思うから。

 その彼が、いま一番伝えたいことは「認知症になった瞬間、その人自身が変わってしまうことは決してなくて、どんな状況でも、その人はその人である、ということ」だ。認知症の人を「壊れていく」と表現することがある。人間は機械ではない。人間が壊れるなんてことはないんだと厚さんは叫んでいるようにわたしには思える。認知症という病気(属性)にではなく、ひとりの人間として接してほしいという彼の切実な思いが伝わってくる。

 厚さんは、認知症になったら「終わり」では決してないという。そのためにも、その人たちを支える居場所づくり、そして支援制度の拡充が何より急がれる。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。


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