「ＰＴＳＤの日本兵と家族の思いと願い・証言集会」に参加して

投稿者 : 吉原真次

　８月７日の午後１時から６時30分、東京都武蔵村山市市民会館小ホールで「ＰＴＳＤの日本兵と家族の思いと願い・証言集会（証言集会）」が開催されて201名が参加した。

　「証言集会」は第一部でＰＴＳＤ(心的外傷後ストレス障害)の日本兵を父に持つ黒井秋夫さん、吉沢智子さん、森倉三男さんの三人が証言し、2018年に『戦争とトラウマ（吉川弘文館）』を出版した広島大学大学院准教授の中村江里さんがコメントした。第二部では一橋大学名誉教授で『日本軍兵士（中公新書）』をはじめとする数々の著書で知られる吉田裕さんが講演し、第三部では記者会見後にＰＴＳＤの家族の交流会が行われた。

　黒井さん今集会までの経緯と今後の展望を語った。1912年生まれの父、慶次郎さんは1932年から34年、41年から45年まで二度従軍し、46年に帰還したが戦後は陰気で一日中口を閉ざし、また仕事は長続きせず、家族は苦しい生活を強いられた。

　黒井さん父への思いが変わったのは、2015年にヴェトナム戦争の帰還後にＰＴＳＤを発症して家族と良い関係を築けなかった元アメリカ軍兵士の話を聞いたこと、父が唯一残したアルバムを見て終戦を境に人間が変わったことを理解した黒井さんは2018年に「ＰＴＳＤの復員日本兵士と暮らした家族が語り合う会」を設立して多くの証言と資料、戦争遺品を集め、20年には自宅の庭に「ＰＴＳＤの日本兵と家族の交流館」を開館して多くの会を主催、会を通じて父の初任地の中国吉林省公主嶺出身の歴史研究者、李素楨さんと会った時には「悪い事をしたと私の代わりに謝ってくれ」という父の声が聞こえたという。

　最後に黒井さんは兵士をＰＴＳＤに追いやり、兵士と家族の人生を狂わした国や政府が戦後は調査もせず責任を取らなかったことを非難し、毎年証言集会を開いて多くの人たちの関心を集めて最終的には3月東京大空襲、６月の沖縄戦、８月の広島・長崎の原爆の日と同列の日本兵を思い、戦争のない平和な社会を願う日を定着させるための努力を続ける決意を語った。

　吉沢智子さんは、乗艦した船が撃沈され生死の境をさまよった父から受けた暴言と生活苦を語った。暴力は振るわれなかったが、暴言と家庭内の不和で心の休まらない日を送った吉沢さんは2018年に黒井さんと会ったことをきっかけに自分だけの問題ではないことを理解したと証言した。

　森倉三男さんは正直さと暴力を振るわないなどの倫理性は生涯保ったものの、受験期の子供を座らせて無理やり戦争の話を聞かせた父が、軍国教育と６年間の軍隊生活によって戦争体験が自己を説明できる唯一のものになってしまい、帰還後に戦後社会に適応できず「戦争ボケ」と呼ばれて貧しい生活を送らざるを得なかったことがわかったと証言した。

　中村江里さんは、これまで日本兵のＰＴＳＤ等が隠されていた理由に皇軍（日本軍）に精神病者はいないとする公的否認と精神を病むことが恥ずかしいと思う兵士の私的否認を上げ、戦中・戦後の日本社会では当事者が安全な環境で事故のトラウマ体験について語ることが非常に困難な状況であったこと、黒井さんたちの活動の歴史的意義は故人や家族の中に隠されてきたトラウマを社会に開き、安心して体験を語れる場所を作ったことにあると語った。

　第二部の講演「兵士の心と身体からみたアジア・太平洋戦争」で、吉田裕さんは①アジア・太平洋戦争期の兵士の体位、②アジア・太平洋戦争における戦場と兵士について多くの具体例を上げ、その背景には兵士に過剰な負担を強いる構造的問題があったことを指摘した。

　機械化・自動車化が欧米に大きく立ち遅れた戦前期の日本では陸軍兵士は体重の50％に相当する銃をはじめとする装備品を担いで徒歩で行軍せざるを得ず、また軍靴の劣化や不足により行軍は一層過酷なものとなった。海軍艦艇では戦闘性能を最優先したために居住性と衛生は無視され、兵士は兵員室を食事と就寝を兼ねて使用しなければならなかった。

　第三部ではＰＴＳＤの影響が孫の世代にまで及んでいることを知ることができた。参加した友人は「父にも思い当たることがあった」と話してくれたが、米軍資料ではヴェトナム戦争等の帰還兵の20～50％がＰＴＳＤを発症している。これを830万人の復員日本兵に当てはめると166～415万人が何らかの形でＰＴＳＤを発症していると言っても過言ではないだろう。

　証言集会は来年９月20日に同市民会館の大ホールで開催されるが、次回も上京し証言と講演を聞き、手伝いをしたい。(８月10日)　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　