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労働運動再生への途がみえてくる〜生コン事件を描いた映画『ここから』

海渡雄一

 関西生コン支部の刑事弾圧に抗する闘いを描いた『ここから』、12月16日に連合会館で開かれた東京・完成上映会で見ることができました。感想を書いてみます。まず、映画の紹介文を引用しましょう。

「『私はやめない』―聖子は静かにそう話した。2018年、空前の労働組合弾圧事件が関西ではじまった。業界ぐるみの大量解雇、そして、警察・検察がつぎつぎに組合員を逮捕していく。家族が引き裂かれ、多くの仲間が去っていった。それでも彼女らが踏みとどまるのは、なぜか。」

 この映画は、生コン支部事件という戦後最大の労働組合弾圧事件の深層を、長期間の取材にもとづいて描いたものです。まず、映像がとても美しいです。とても楽しくなるような音楽です。そして、70分の短いフィルムの中に、この闘いの本質がとらえられています。文章では伝えられないことを、伝えることのできる映像の迫力に深く感動しました。

 私は、関西生コン支部事件の当初から、支援する会の呼びかけ人として、何度もシンポジウムを開催したり、途中からは組合側からの反撃として提訴された国家賠償訴訟の弁護団長として、この事件に深くかかわってきました。この映画を作った多くの人々、とりわけ土屋トカチ監督による粘り強い取材とこの難しい題材をエンターテインメント性も併せ持つドキュメンタリー映画として構成していった力を心から賞賛します。ありがとうございます。

 ひとりひとりの生身の組合員の姿から闘いの持つ意味を浮かび上がらせるこの映画『ここから』は、この闘いの本質を、一人でも多くの労働組合員、市民に知ってほしいと願う人々の、粘り強い取り組みの中から生み出されました。

 まず、出発点は、「生コン支部」がまとっていた、マッチョなイメージをかなぐり捨てて、人生と家族の行く末に悩み苦しむ、強さと弱点を併せ持った一人ひとり生身の労働者を主人公にしたことです。

 主人公の松尾聖子さんは3人の子どもを育てるシングルマザーです。日々雇用の生コン車のドライバーでした。労働組合に加入したことで、 賃金は上がり、生理休暇=特別休暇も取れるようになり、女性ならではの働きづらさも改善していきました。正社員にもなることができました。仲間たちと活動する中で人生観も変わっていきます。組合のソフトボール大会の話なども、とても楽しいものでした。

 そんな組合を大弾圧が襲います。聖子さんは、組合活動の中で、仲間と再婚していました。その夫の兄や仲間が逮捕され、自分自身も自宅のがさ入れを受けます。

 回りの友人たちの中にも、「捕まるかもしれないし、やめたほうがいい」という人もいて、実は逮捕された兄は長期勾留に耐えられず、組合を脱退します。さらには夫も組合を脱退していきます。それでも、聖子さんは組合をやめないで闘い続けます。これは本当にすごいことですね。そして、残って闘い続けた仲間の吉田修さんを全力で支えます。そして勝ち取った大阪高裁無罪判決、仲間の安井さんも罰金刑になります。

 吉田さんの姿も不屈の闘士とは程遠く、仲間と弁護士に助けられて、ようやく闘い続けることができたことを、正直に話してくれます。彼の担当弁護人である久堀文弁護士の誠実な弁護ぶりにも心打たれます。ここには、等身大の組合員の姿が、包み隠されることなく描かれているといえます。


*東京上映会でトークする松尾聖子さん

ストライキできなくなった日本の労働運動の中で生コン支部の戦闘性は異色

 関西生コン支部事件は、延べ89人逮捕という規模、幹部は600日以上という長期勾留、さらには検察官による8年という超重刑求刑もなされていること、どれをとっても、戦後労働運動における最大、最悪の刑事弾圧事件です。

 生コン支部の産業別組合運動は、零細な生コン業者を協同組合の形に組織し、ゼネコンとの競争力を高め、生コンクリート価格を買い叩かれないようにし、適正な価格を実現する。そして、その成果を労使で分け合うことによって、この産業のすくなくとも関西地域の賃金を底上げすることに成功したところに眼目があります。

 連合の結成以降、労働組合の組織率は低下し、労働争議は激減しています。政府の調査によれば、生コン事件が勃発した2018年当時には、労働組合の組織率は17.0パーセントと報告されています。2017年の労働争議は、「総争議」の件数は358件、争議行為を伴う争議はわずか68件とされている。総参加人員は132,257人となっています。1974年には総争議件数が10462件、争議行為を伴う争議が、9581件あったことと比較すると、争議行為を伴う争議が激減していることがわかります。このように、日本社会では、労働争議自体が極めて珍しい現象となったのです。

 世界を見渡せば、アメリカでも、ヨーロッパでも、労働組合運動はむしろ活発化し、労働争議も普通のものとなっています。この10月に私はジュネーブに出かけましたが、ジュネーブでも、ストライキで、公共交通は何日かストップしてしまい、国連までは徒歩で行かざるを得ませんでした。

 交渉のためにはストライキも辞さないという生コン支部の闘いは、国際基準からすれば、普通のものですが、連合の結成以降、ストライキが激減した日本の労働運動の中では、ゼネコンなどから見ると、目ざわりきわまりないものであったでしょう。そのことが、この弾圧が敢行された経済的な根拠です。

戦後労働運動における最大の刑事弾圧事件が、なぜ社会的に共有されないのか

 他方で、この事件ほど、闘う労働組合の姿が、ネット上の動画配信によって歪められて伝えられたケースもないと思います。私もその弁護に加わった国鉄闘争においても、当初は「ヤミカラ」攻撃という、メディアによる反国労アンチキャンペーンが猛威を振るいましたが、分割民営化によって大量の首切りが出てからは、メディアの風向きも変わり、組合を応援する報道も切れ目なく続きました。

 しかし、生コン支部事件では大資本に屈した協同組合は、ヘイトスピーチを繰り返している瀬戸弘幸氏らに月70万円の報酬を支払い、組合事務所を襲い、反撃する組合員をビデオで撮影し、生コン支部を組織犯罪集団のように描く多数の動画をユーチューブ上に配信することによって、この無法な弾圧に対する社会的な非難が高まらないように仕組んだのです。

 そして、この工作は、多くのメディアが、この問題そのものをほとんど報道できなくさせるという顕著な効果を生み、また、多くの労働組合が、この弾圧の本質を知って支援に立ち上がることを困難にしてしまいました。

 ジャーナリズムにおいて、この問題を取り上げて問題にしてくれたのは竹信三恵子さんや安田浩一さんなど、本当にごく少数でした。

舞台あいさつで監督、主演、制作者が訴えたこと

 16日の映画上映会では、土屋トカチ監督、ナレーターの大塚優子さん、松尾聖子さん本人(写真)、制作者である全日建を代表して小谷野さんがあいさつしました。

 監督の土屋さんが、長い取材を続けながら、誰を主人公にするか、なかなか決められなかったこと、松尾さんとの出会いで、この映画の構想ができたこと、シングルマザーで子どもを育てながら闘う松尾さんの姿が、同じようにシングルマザーだった自分の母と重なってしまうと話したところで、言葉がつまり舞台上で涙ぐむという感動的なシーンもありました。

 この映画には、もちろんたくさんの男性組合員も登場しますが、松尾さんの同僚の女性、逮捕された組合員の妻など、何人もの女性が登場します。そして彼女たちの飾らない肉声が、この映画の説得力を高めていると思います。

 ナレーターの大塚さんは、I女性会議の活動を長くされている方ですが、1か月お酒を断って守ったといわれた、その美声には、やさしい心がこもっていました。

 松尾さんは、「この映画で、生コン支部の組合員の生身の姿を知っていただけたのではないか」と語り始めました。映画の中で無罪判決を勝ち取った吉田さんが「松尾も闘ったらよかったのにな」と言うシーンがあります。聖子さんは、そのシーンで語られている「松尾は私の兄です。兄も一緒に闘っていれば、無罪にできたのではないか」と、壇上で涙ぐむシーンもありました。

 聖子さんは、この弾圧によって家族と友人の人間関係がずたずたにされた苦しみから、心身を害した時期もあったこと、この映画の制作を通じて健康を回復することができたことを明るく語りました。松尾さんとその家族の幸福を心から祈りたくなりました。松尾さんのあいさつの締めは「ストライキが当然の世の中にしたい」でした。さすが、筋金入りだと感心しました。

 最後の小谷野さんは、タイトルの『ここから』の意味を解説しました。もちろん、「弾圧された生コン支部が、『ここから』反撃していくという宣言ですが、生コン支部事件で弾圧されたのは、生コン支部の仲間だけではない、組合がストライキを打つこともできなくなっている日本の労働運動の全体を『ここから』再生していこうという意気込みが込められているのです」と述べました。その意気や良しです。

 この映画は、日本のケン・ローチ監督にも匹敵する、「労働映画」監督・土屋トカチがつくり、長年にわたって逼塞してきた日本の労働運動が再生していくきっかけとなった、畢生の名作として語り継がれる作品となるのではないかと期待しています。

 最後に、この映画には私の尊敬する事務所の先輩、宮里邦雄弁護士の講演の姿が収められています。また、パンフレットには、宮里弁護士の「労働基本権を守る自らの闘いとして支援を」と題した文章も採録されています。宮里弁護士は、現在、病を得て闘病中ですが、この映画とパンフレットをその枕元にお届けしたいと思います。

 友人の皆さん、ぜひ、この映画を見てください。そして、いい映画だと思ってくださったら、回りを巻き込んで、自主映画会を企画してください。どうか、どうかよろしくお願いいたします。

上映会の案内は以下のURLをクリックしてください。
https://www.sienkansai.org/film-kokokara/


Created by staff01. Last modified on 2022-12-18 22:04:08 Copyright: Default

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