●翻訳にあたっての前書き　中村猛（日韓民主労働者連帯）
ts-naka@fine.ocn.ne.jp

「一人でも多くの『日本の人』に読んでもらいたい」
願いながら翻訳しました。

私がこの本を手にしたのは20年以上も前の1998年11月でした。全泰壱精神継承！全国労働者大会に多くのなかまと一緒に参加した時、この本の出版社である『チャグン・チェグ(小さな本)』の編集者を紹介され、その方から、是非読んで欲しいと言われて渡されたものです。何故20年間も私の本箱に眠っていたかというと、色々と事情はありますが、一言で言うと「余りにも重たい」からです。この手記の題『恥ずかしいのは私たちじゃない、お前たちだ』を見ただけで、この手記の大凡の内容は解ります。そして、この手記は、実は日本人に向かって書かれたものだということも想像できます。今まで多くの文章を翻訳し、何冊かの本も翻訳してきましたが、いつも「この次はこれにしようかな」と思いながらついつい後回しにして来ました。

私にとって翻訳は生業ではありませんので、翻訳作業をするのは楽しいものに限ってきました。いつも、「早く次のパージに進みたい、進みたいと」思いながら、楽しく作業をして来ました。余りにも重そうなこの手記の翻訳が後回しにされてきた理由です。もう一つは、当時の私の韓国語の力では無理だろうという感じもありました。この重たそうな手記を書かれたキム・ユンシムさんの思いをできるだけ正確に、何よりも日本の人たちに読んで頂けるように翻訳するのは私の力では無理だろうと思いました。

私の父親は朝鮮に派遣されていた日本陸軍の『憲兵』でした。『泣く子も黙る』憲兵です。父は、私が1歳6ヶ月の時に亡くなりました、憲兵であった父が朝鮮でどんなことをして来たのか、「漠然と」ではありますが、想像するしかありません。母も亡くなり、残っていた父の遺品を「植民地歴史博物館」に（詫びる気持ちで）寄贈して一つの区切りが付いたような気がして、やっと翻訳に取りかかりました。

キム・ユンシムさん

1930年、全羅南道・海南で産まれた。小学校を卒業して、1943年4月に拉致され、ハルピンに連れて行かれて『日本軍性奴隷』にされた。1944年に一度逃げ出したが捕まり、1945年4月に脱出に成功してある漁船に救助され、二ヶ月間、船頭たちの世話をした。1945年6月に再び日本軍に連れて行かれることを恐れて結婚するが、失敗に終わった。1958年に再婚して娘を産んだ。娘を連れてソウルに来て、裁縫、縫製工場の仕事、アパートの清掃などの仕事をしながら生計を立てた。1993年に挺身隊のハルモニとして申告してからは、韓国挺身隊問題協議会で活動しながら、日本大使館前の水曜デモには欠かさず参加し、日本、アメリカ、北アイルランドなどで数回にわたって日本軍性奴隷に関する証言をしている。

「挺身隊」のキム・ユンシム・ハルモニ、死後に死体を寄贈

「貴重な命を救うのに私の最後の人生が役に立つなら、これよりもっとやりがいのあることはありません。」ユンシムさんが死後の臓器と遺体を寄贈するとして人々を感動させている。亡くなった日本軍慰安婦だった金学順さんもやはり、自分の財産を恵まれない人たちのために使って欲しいという遺言と共にこの世を去った。ソウル中央病院臓器移植センターによると、同病院で狭心症と関節炎などの治療を受けていたキム・ユンシムさんが同病院の臓器移植プログラムを通じて、遺体と臓器寄贈の意思を明らかにした。

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●第8回(1998年)全泰壱文学賞受賞作品

恥ずかしいのは私たちじゃない、お前たちだ

元『日本軍性奴隷』ハルモニの手記(1/2)

「日本帝国主義の統治下で、痛恨の痛みを経験してきた私たち韓国民。第二次世界大戦が終わって50年が過ぎた今、日本軍に性を蹂躙された日本軍慰安婦の自尊心と人権を取り戻さなければならない。そして日本政府は謝罪し、犯罪者を処罰しなければならない。」

1930年2月28日の夜10時に産まれたと、母は言った。私が生まれた年は午年(庚午；かのえ・うま）だったと言う。お父さんは、女が午年に産まれたと、私を憎んだ。午年もただの午年ではなく、戦場を走り回る役馬性の午年だという。お父さんは私が鳴き声を出しただけでも怒ったという。私は四男四女の三女だった。他人は、三女は有無を言わせずに嫁がせるというが、私は姉たちよりも不器量だった。私は家で遊ぶときは、できるだけお父さんから見えないところで遊んだ。しかし、お兄さんたちは私を可愛がってくれた。

私が5歳の時のことだ。私の家にはアメリカ人の女性が、食事の時だけ来てご飯を食べて行った。その女性は眼が青く、頭の髪は黄色だった。その女性はご飯だけ食べて、本を持ってどこかに行った。

その女性は私の家の隣にある教会に住んでいた。しかし、巡査がそのアメリカの女性を何度も連れて行った。その女性は一晩泊まって来ることもあった。その女性は夜になると教会の中にランプを点けて、町の人たちがあちらこちらから集まってきた。子供たちも来た。そして巡査が来ると逃げたり隠れたりした。ある日、私のお兄さんが、友達と一緒にその教会から巡査に連れて行かれた。兄の友達は巡査に殴られて腕が折れ、肩から紐で腕をぶら下げていた。巡査たちは教会のドアも壊し、壁も壊した。

そのアメリカの女性は宣教師だと言った。彼女は自分の部屋には灯りを点けることもできなかった。お父さんは私の家の板の間の地下に洞窟を掘り、そこで信徒たちがお祈りをしながら泣くこともあった。上の兄さんの友達もたくさん来た。

ある日、宣教師と一緒にいたら、巡査が捕まえに来た。お兄さんが宣教師を地下室の甕の中に隠した。その甕は昔から米を入れておいて、巡査たちに見付けられないように地下室に隠しておいた甕だった。教会の掃除をしたり、教会を守ってくれていたお祖父さんを、巡査が、宣教師が隠れているところを教えないからと言って、激しく殴った。お祖父さんは歩くこともできなくなった。お母さんが黄色い水を持ってきてお祖父さんに飲ませた。その水は薬だと言った。しかし、お祖父さんは長く生きられずに亡くなられた。町内の人たちは巡査に知られないように泣いた。そして、裏山に埋めた。

お父さんは金融組合に勤めていた。「金融組合」と書いてある洗面器も食器も箸も持って帰られた。お父さんは宣教師の問題で金融組合を辞められた。そしてお兄さんたちに対して口数が多く、教会を守ってくれていたお祖父さんも亡くなって、お父さんは心の傷が大きかったようだ。

私の家はとても大きかった。お兄さんの部屋の横には蜂の巣が二つあった。そしてその直ぐ前には梅も咲き、木蓮も咲いた。家の中には蓮池もあって、鮒や泥鰌もいた。私はお兄さんがいないと、蓮池に入って泥鰌を捕まえた。そのことでお父さんに叱られ、服を台無しにして泣くこともあった。

上の兄さんは日本の学校に通っていた。冬休みなると黄色い蜜柑を買ってきた。家族みんなが部屋に集まって蜜柑を剥いて食べながら、蓄音機を聞いた。町内の娘たちは、夜になると水甕を脇に抱えたまま私の家の塀の下にしゃがみ込んで、蓄音機を聴いた。お姉さんたちは赤いチマに白いエプロンをして見ていた。上の兄さんが、休みの度に家で蓄音機を回すので、家には町内のすべての男女が集まってきた。お父さんはそれについては何も言わず、遊んでいけと言われた。

お兄さんが買ってきた蜜柑。その蜜柑を一つ持って行くと、子供たちがみんな集まって来た。私は少しだけ皮を剥いて、子供たちに分けてやりながら自慢した。子供たちはその蜜柑を一切れずつ貰って食べようと、私の後をチョロチョロと付いて来た。その頃は、町内に蜜柑を買って食べる家は一軒もなかった。

三番目のお兄さんは、夜になると友達と鳥を捕まえた。一人が背負子を背負って、もう一人が背負子の上に乗って、軒に穴を見付けたら手を入れて、寝ている鳥を捕まえた。捕まえた鳥はお兄さんの腰紐にぶら下げて、全部捕まえたら、火をおこして焼いて食べた。お兄さんたちは炭の煤が着いて、口の周りが真っ黒だった。互いに向かい合ってケラケラ笑うお兄さんたちの傍に座って、私は見ているだけだった。そうしたある日、お兄さんの友達が背負子を背負ったまま家の池に落ちて、溺れかかった。お兄さんが池に入って救い出した。池の中の鮒と泥鰌が、お兄さんたちの足で踏まれて死んでしまった。翌日の朝、お父さんがご覧になって、叱りつけた。

ある日突然、巡査たちが来て、勉強していた上のお兄さんを連れて行った。お父さんはお兄さんの部屋に入って、本をごそごそ探しながら泣いた。そしてその日の夜、家に住んでいたアメリカ人の女性は荷物をまとめた。私は「なぜ荷物をまとめるのか、このまま私の家で暮らそう」と言った。そのアメリカ人の女性は私たちに縋って泣いた。そして、二度とは私の家には帰って来なかった。

そのアメリカ人の宣教師が暮らしていた家は、お父さんが建ててやった家だったが、巡査たちは、その家を壊してしまえばお兄さんを帰すと言った。お父さんは働き手たちと一緒に、宣教師が暮らしていた家を全部壊してしまった。お父さんはその家から宣教師が使っていた本を持ってきて、お母さんに、この本は日本の奴らが見るといけないからしっかり隠しておくようにとおっしゃった。お母さんは、「何時の日か、日本人が全部死んで、私たちが楽に暮らせるようになるのだろうか」と言いながら、「今まで宣教師が暮らしていた家を全部壊してしまったので、お兄さんが帰ってくるだろう」と言われた。

私の家には働き手が多かった。秋には稲を搗いて、土間の下に埋めたり、藁の中に隠しておいた。巡査たちは長い槍を持って、家中を廻って、米を隠していそうなところであれば全部突き刺して探した。それだけでなく、真鍮のお椀も隠しておいて、ご飯を食べる時にだけ取り出した。そうしなければ、手当たり次第に全部奪っていった。

私たちの町内には各家毎に神堂があって、毎朝そこに美味しい食べ物を供えてお辞儀をした。私は、誰もいないと、枕を二つ重ねて、その前に供えられた食べ物を降ろして食べようとして後向きに倒れたり、高い所に揚げておいた蜜の壺を落として割ったりした。お兄さんの本を破ってままごと遊びをし、種子にしようとぶら下げておいたトウモロコシを焼いて食べ、カボチャの種も取って食べたりして遊んだ。そしてお父さんに見付かっては叱られた。

伊藤博文が靴でつまずいて

7歳になった年の春、お兄さんに付いて学校に行けと言われた。お母さんは黒いゴム靴を一足買ってくれた。私はすごく嬉しくて寝れなかった。次の日の朝、朝食を食べて、新しく買った靴を履いて、お兄さんの自転車の後に乗った。前には私より2歳上のお姉さんが乗った。お姉さんは私より一学年上だった。しかし、私の方が走るのも速く、勉強も良くできた。それでもお父さんは姉の方をずっと可愛がった。お姉さんは温和しく綺麗だった。私たちは毎朝、1里の道を厭わず、列を作って学校に通った。

二年の二学期だった。学校で弁論大会があった。私はお兄さんに、大会に出たいとせがんだ。お兄さんが弁論の原稿を紙に書きながら笑った。私はお兄さんが書いてくれたものを一晩中暗唱した。次の日の午後、学校にみんなが集まった。私の番がきた。私は大きな声で読んだ。

(「数え歌」風に）
一、日本から来た
二、伊藤博文が
三、三千里の山河を食べたと
四、40にもならない
五、やってきて
六、お仕置き棒を持って
七、七つの山河を越えた
八、運が悪くて
九、爪先でつまずいて
十、十の山河をぜんぶ越えて行った

このように大声で堂々と読んで、壇から降りた。子供たちがドッと笑い、先生は職員室に来いとお呼びになった。先生は、誰がこのように教えたのかと尋ねられた。私は誇らしく、うちのお兄ちゃんが教えてくれたと言った。ところがどういう訳か、中学校に行っているお兄さんを呼んで、直ぐに退学させると言った。私は余りにもびっくりして、お父さんが恐くて家にも帰れず、藁の中に隠れていた。家では私を探そうと町内をくまなく探したという。お母さんが、お父さんに内緒で米を一俵持って行ったたので、学校に行けるようになったと、お兄さんが笑いながら話した。

三年生になると、先生が、私たちが使っていた朝鮮語の本を全部持って行った。そして、朝鮮語が使えないように『カード取り』をした。朝鮮語を話すとカードを一枚取っていくということだ。男の子たちは女の子たちが遊ぶところにきて、チマをまくったりゴム紐を奪っていった。女の子たちが怒って一言と言うと、朝鮮語を話したと言っては「カードをよこせ」と言った。カードをたくさん持った人には運動靴のチケットを与え、成績も上げてくれた。運動靴を履きたくてもチケットがないと買えないので、藁で作った日本式の草鞋を履いて学校に通った。学校に行く途中で紐が切れたら、裸足で行った。裸足で石を蹴って、足の指から血が出ることもしょっちゅうだった。私たち女の生徒たちは、友達同士が会っても話せないので、笑ってばかりいた。

どんなに時間がなくても、先ず神社堂に行って参拝をしてから、学校の正門を入った。朝は草を刈らなければならず、松から松の油を採って学校に持って行った。毎日、防空訓練を受けるために防空壕に入った。雨が降ると防空壕に水が溜まって、靴がびしょ濡れになった。真っ暗な防空壕の中で座り込むと、服が滅茶苦茶になった。

村の人たちが松から油を採るので、松が全部死んでしまった。家からは米俵を編んで供出しなければならなかったし、農作業を終わるより先に、米の供出通知書が来た。それだけでなく、松ヤニの枝を切って火を点けると松の中の油が出てくるので、その松ヤニの油を家毎にいくらかずつでも持って来いという通知があった。家毎に、村ごとに、松ヤニの油を取ろうと、夜になると松ヤニに火を点けるのに大騒ぎだった。朝に起きてみると、大人も子供も関係なく、鼻の穴が真っ黒だった。それどころか、洗濯物を干しておくと煤が真っ黒に付いた。村の小母さんたちはみんな「生きていけない」と大騒ぎだった。石鹸もなく、豆の皮を焼いた糠をセイロに載せて、その水で洗濯物を茹でて、糊を着けて着ていた時代、とてつもなく忙しかったその時に、野原に洗濯物を干しておくとアヘン中毒者がみんな持って行ってしまった。私は学校から帰ってくると、カバンを放り出して洗濯物を守るために駆け付けなければならなかった。

学校からは月に一回ずつ、ニッケルの器や真鍮の器を持ってくるように言われた。私はどうしてそんな物を持って来いというのか、先生に尋ねた。ニッケルの器や真鍮の器は戦争をする時に使う飛行機を作ったり、弾丸も作ると言われた。ある日、家で使っていたニッケルの釜を持って行ったこともあった。お姉さんはニッケルを持って行けなくて、一時間も教室の外で罰を受けたこともあった。1里以上の学校までの道を一日も遠いと言わずに、松の油を入れた缶、ニッケル、そうでなければ藁の束、そして神社堂に置いておく白菜の一株でも持って行かなければならなかった。

六年生の私たちの先生は朝鮮の人だった。家庭がとても貧しくて、三度の食事を抜かすことが普通で、腰も曲がっておられた。私はお母さんに、先生の家に米を少し差し上げようとせがんだ。お母さんは人手を頼んで、巡査の目を盗んで米を送った。先生は家族が多かった。私は私の家の人にサツマイモも持って来てくれとせがんで、サツマイモを一俵持って来てもらった。しかし、日本から来た先生たちは良い服を着て、豊かに暮らしていた。

何時の間にか、私は六年生を終えた。私は家にいなければならなかった。しばらく経って、お母さんが赤ちゃんを産んだ。お姉さんが赤ちゃんの面倒を見てくれた。私は私の弟をおんぶしたかったがお姉さんが赤ちゃんを渡さず、お父さんも叱った。そこで、お姉さんに内緒で弟をおんぶしようとして放り投げてしまい、叱られたこともあった。内緒で外に出て、おんぶして野原に行って、赤ちゃんを小川に落としたこともあった。

お母さんは私に木綿の糸を持たせて、どこにも行かずにお兄さんたちの靴下を編むようにと言ったが、私はそれは退屈でとてもできないと言った。こっそり門の外に出て遊んでいて、お父さんに見付かって叱られるのが日常だった。お父さんは誰にでも、ユンシムが外に出られないように厳命を下した。家にいる家族たちは、供出のカマスを作ったり、防空訓練を受けたりで、仕事もできず、夜は寝ることもままならず、お母さんはかすかな灯火の下でロクロに木綿の糸を巻き、義理のお姉さんは機を織った。私だけが厄介者だった。

私の家の働き手たちは少し足りないが、人情に厚く、私の話しを良く聞いてくれた。ある日、外から、飴売りが鋏を鳴らす音が聞こえてきた。働き手の子供に、飴を買ってくるように言った。働き手たちがお昼を食べて休んでいる間に、畑仕事をする鋤の鉄片を抜いて、それで飴を買ってきた。私はその子供と、藁の茂みの中に隠れて餅を食べた。それでもとても多すぎて、藁の中に隠しておいた。

突然、働き手たちが大騒ぎし出した。一人は飴売りを探すのに夢中になり、しばらくして飴売りから鉄の塊を見付けてきた。家の少し足りない働き手たちは目を丸くした。彼らは、私が鉄片を抜いて飴を買ったことに気付いたが、彼らは何も言わなかった。その後で、藁の茂みに隠しておいた飴を食べに行ったが、飴は全部溶けてなくなっていた。わたしは勿体なくてその藁を口で吸って、それで唇を切った。

数日後、私はお父さんに内緒で、こっそりと門の外に抜け出した。私は子供たちとゴム紐遊びをしていた。その時、突然一台の自動車がやって来た。その当時は、自動車が一台来ただけでも大きな見世物だった。私はゴム紐遊びを止めて、自動車の傍に行って、あちこち触っていた。その時、自動車の中から男が一人出てきた。自動車の中には巡査が一人と軍人がいた。その男は私に、車に乗せてあげるから乗りなさいと言った。私は喜んで、ニコニコしながら自動車に乗り込んだ。ところがどういうことか。私を乗せた車はアッという間に私の村の前の峠道を越えてしまった。私は足をバタバタさせて、降ろしてくれと頼んだ。しかし、その人たちは聞こえる素振りもせず、泣いたら降ろしてやらないと言って、一目散に走った。

14歳の少女に降り懸かった恥辱の暮らし

私は、三番目のお兄さんが自転車のチューブを切って作ってくれたゴム紐、お父さんに内緒で作ってくれたそのゴム紐を手にしたまま、泣きながら連れて行かれた。私はお父さんに内緒で外へ出たために、足に合わない大きな黒いゴム靴を引き摺っていた。手に持っていたのはゴム紐一つだった。着替えの一着もなく、二股に分かれた下着に黒いチマを穿いていた。しゃがむと前も後ろも見える下着。

この奴らはオシッコもさせなかったので、私は車の床にした。どれくらい走っただろうか。夜になった。私が連れて行かれた所には、私よりも歳上のお姉さんたちがたくさんいた。私はそこに座り込んでワンワン泣いた。お姉さんたちが泣くなと言った。泣いたらご飯もくれずに憎まれるから、泣かずに我慢しなさいと言った。そのお姉さんたちは背も高く、長い髪に赤いリボンを結んでいた。そして服の包みを一つずつ持っていた。

私はそこでお姉さんたちと一夜を明かして、次の日に汽車に乗せられた。遠い遠い道を、臭いがして、石炭の埃が付いた汚い汽車に乗せられて、一晩中走った。トイレをしたい時は、その汚い汽車の床にそのまました。私は汽車の中で泣きに泣いた。石炭の埃が真っ黒に着いた手で涙を拭いて、こすって顔は滅茶苦茶だった。

夜が明けた時には、ある船着き場だった。そこで私たちは降ろされた。食堂の薄暗い部屋の片隅にしゃがんで、干した葉のスープにご飯を一杯ずつ入れてくれて、それが蜂蜜のように美味しかった。しかしそれもしばらくで、私はお母さんところに帰りたくて、家族やお兄さんたちと会いたかった。しかし、とても恐くて逃げようとは思わなかった。

夜になると生まれて初めて見た船に乗せられて、どこかに運ばれた。私はお母さんに会いたくて、お腹の中で泣きに泣いた。私たちを連れて来た小父さんが、家に連れて行ってやるから出て来いと言った。私は両手で目を塞いで、船の外に出た。しかし、その小父さんは私の手足を脚絆の紐で括ってしまった。お前がうるさいせいで上手くいかないからと言って、海に放り込んでしまうと言った。私は恐ろしくて、もう泣かないから助けて下さいとお願いした。私は頼みに頼んだ。その小父さんは、数さえバレなければ家に帰してしまいたいと、独り言を言った。もう一度泣いたら海に放り込むと言って解放し、船の中に入るように言った。私は夜も昼も判らないまま、船の中に閉じ込められていた。

何日かが過ぎた。私たちを連れて来た人は、今、ここは日本だと言った。そして、私たちはもう一回朝鮮に行くと言った。私はその言葉で泣くのを止めた。そして船の中でもらったうどんを一杯、美味しく食べた。何日かが経った。私たちは船から下ろされた。そこには軍のトラックが何台か来ていた。私たちはトラックに別々に乗せられた。

昼夜に関係なく、どこかに向かって走った。何日かが過ぎて、何も見えない野原、見えるものは軍のトラック、防空壕、そして軍人たちが暮らしているテントだけの、見たこともない土地に到着した。ここは中国のハルピンという所だと言った。

そこで、夢にも想像できなかった恥辱的な歴史、死にも換え難い人生、14歳の幼い少女には夢にも想像できない地獄のような日々が続いた。家でゴム跳び遊びをしていて捕まった世間知らずの少女は、悪辣で無慈悲な日本の軍人の中で、見たこともない中国の地で、何を言っているのか解らない言葉を聞かなければならなかった。

私たちがいるところも軍人たちと同じテントだった。テントの中には防寒の部屋に畳が二畳ずつ敷かれていて、壁には二つの部屋を照らす電灯が一つあった。部屋の中には二つの部屋の間にストーブが一つあったが、そのストーブは薪を焚かなければならなかった。両側の部屋は丸見えで、話し声もすべて聞こえた。

私がそこに行った最初の夜、おにぎり一つとはったい粉のスープを一杯くれた。匙もなかった。おにぎりを片方の手に持って、スープの入ったホーローの器をもう一つの手で持って飲まなければならなかった。それでもお腹が空いていたので、最高だった。夜になると、看護師が二人来た。服はないのかと私に訊いた。私には何もなく、手に握っていたのはゴム紐一つだけだった。ゴム紐をうっかりしてなくすのではないかと思ってしっかり握っていたので、汗が滲んで、パンパンに腫れていた。

看護師がゴム紐を奪っていった。私は返してくれと言ったが、看護師は、あなたの家に行ったらあげると言って、持って行った。そして私に、風呂に入って、自分たちが持ってきた服に着替えるように言った。私は風呂に入って、看護師からもらった服を着た。ゴム紐が入ったパンティーとピンク色のパジャマのような形の服だった。私は気持ちが良かった。服もくれて、ご飯もくれたから、私は何も考えなかった。私はその夜は疲れていたのか、何も考えずに眠りに就いた。一晩寝て、私は自分が着てきた服を洗濯ロープに干した。看護師たちは私の下着を見てケラケラ笑った。私には理由が分からなかった。その人たちは私が着ていった下着を初めて見たので笑ったのだった。

朝も、おにぎりをくれた。朝10時頃、銃剣を持った軍人が一人、私の傍に来た。観光をさせてやると言った。私は服がないと言った。軍人は私を車に乗せて、3時間ほどかかる遠い所に連れて行った。そこは家も多く、洋服屋もあった。綺麗なワンピースを一着買ってくれた。そしてジャジャー麺も食べさせてくれた。私が初めて食べた食べ物だった。

その軍人は、ある旅館に私を連れて行った。夜になった。軍人は突然服を脱いで、私の傍に来た。私は恐ろしかった。軍人は自分の言うことをチャンと聴けば、お母さんがいる所に行けると言った。そして、私の服を脱がせた。私はお母さんがいる所に行けると言う軍人の言葉に、ひょっとしたら思い、軍人が言う通りにした。私が産まれて初めて経験したことだ。その軍人は恐ろしかった。しかし、お母さんの所に行きたい気持ちで、軍人がする通りにさせておいた。

私は最初は男性と性的な関係を持つことを知らなかった。余りに幼い少女だったので、夢にも想ったことのないことだった。私はどこかが裂けたように痛くて、我慢できなかった。私は軍人を力一杯押し退けた。軍人は突然、虎のように変わった。そして言うことを聞かなければ銃剣で刺し殺すと言った。私は死ぬ訳にいかないので、すべてを聞いてやった。その晩は余りの痛さに一睡もできなかった。次の日も歩けなかった。軍人は何か薬を持って来て、塗ってくれた。私はその場所に一週間、その軍人と一緒にいた。その軍人は毎晩やってきた。私はその間も、痛くないところがなかった。体中が全部痛かった。一週間後に、私は軍人の車に乗ってテントに戻った。私はその時も全身が痛かった。膀胱が痛くてたまらなかった。夜になると軍人がくれた軟膏を塗った。

しかし、その日の夕方からは軍人たちが列を作った。私は身体が痛くて我慢できなかった。夜になると、早く服を脱がないからと言ってナイフでパンティを裂いたり、両手で引き裂いたりもされた。膀胱がすごく痛くてパンパンに腫れた。座ることも歩くこともできず、トイレにも這って行った。しかし、その悪辣な軍人の奴らは、気にもしなかった。ある日、私は余りにも痛くて、テントの外にあるドラム缶の中に隠れた。次の日の明け方、ドラム缶から出たら警備に立っていた軍人にバレて、朝のご飯も食べられなかった。しかし、夜に軍人に苦しめられなくて良かった。一日逃れられただけでも、その日一日は飢えなければならなかった。

日曜日には、軍人たちが昼間も来た。ちょっと隠れて外に出てだけでも、目玉を剥いた。酔っ払った軍人が来ると、更に辛かった。一晩で軍人が10人を超えた。軍人一人だけを相手にしなかっただけで、次の日の朝は、塩水を塗っただけの握り飯もくれなかった。そこには食べるものが一つもなかった。一日三回の塩水を塗ったおにぎりがすべてだった。私は余りにもお腹が空いて、おにぎりを一つくれれば、軍人たちの言いなりになった。

私が病気の時も、軍人たちはサックを嵌めて飛びかかってきた。サックは性病を予防するためのもので、ゴムで作られていた。身体の具合が悪くて逃げようとすると、軍人たちが言う言葉は、国の名前さえなくなったチョウセンジンは、日本の軍人たちが殺してもなんということもないと言った。今は戦争中だから、軍人たちも何時死ぬか判らないのに、お前たちチョウセンジンは蟻ほどの値打ちもないから、言うことを聞かなければこの場で直ぐに銃殺しても、何にも引っ掛からないと言った。

妊娠する姉さんたちも多かった。子供を産む月になっても、軍人たちは気にも懸けず、毎晩苦しめた。

寒い冬、なにもない平原は風が吹いて寒かった。毎日、吹雪く冬のどんなに寒い日でも、私たちは雪を掻き分けて、木片を運んで、ストーブの火を起こした。晩も、その寒い日でも、私はパンティーを穿くことができなかった。軍人たちは順番に立って、催促した。私は明け方の4時が過ぎて眠った。朝8時を過ぎると、握り飯の一つも食べられない。

ある日、酔っ払った軍人の奴が余りも酷い悪辣なことをした。酷く痛くて苦しかった。私はワンワン泣いた。どんなに痛く、苦しくても、誰一人として助けてくれる人はいなかった。お母さんと会いたくても、故郷が恋しくても、何も役にも立たなかった。一緒に住むお姉さんたちも冷静だった。自分自身の身体も思うに任せないから、ただこの地獄のような生活にジッと我慢して耐えて、故郷に帰って、愛するお母さんと兄弟たちに会おうと言ってくれた。私は泣きながら、歯を食いしばって、よたよたしながら、私に投げられるおにぎりの一塊りに希望をかけて、生きなければならなかった。なんとしても生き残って、私の国の、私の故郷に帰って、私のお母さんに会わなければならないと心に決めた。

14歳の冬の終わりに突然、服に血が付いた。私はびっくり仰天して、死ぬほどの病気に罹ったかと思って、お姉さんたちに訊いてみた。お姉さんたちはケラケラ笑いながら言った。女は誰でも歳になると、一ヶ月に一回ずつそのように血が出ると言った。それが月経だと言った。女は月経がなければ、子供も産むことができないと言った。私は余りにも幼くて知らなかった。私は一人で泣きながら、お母さんのことを考えた。軍人どもはそんなことはものともせずに駆け寄ってきた。私は腰も痛く、腹も痛くて、我慢できなかった。

ある日曜日の夜だった。一人の将校が来た。その人は無口だった。私にジャジャー麺を買ってくれたり、故郷はどこかと訊いたりもした。家には帰りたくないかと訊いたりもした。その人は月に三回ずつ必ず現れた。時々お金もくれて、元気でいるようにと言った。私はその人に慰められて、私のお兄さんが来たようだった。

ある日、お姉さんが赤ちゃんを産んだ。看護人が赤ちゃんを袋に入れて、持って行った。袋から赤ちゃんがギャーギャー泣く声が聞こえた。看護人はその赤ちゃんを二度と連れてこなかった。産婦は数日そのままでいたが、また軍人どもの相手をしなければならなかった。

昼間は防空壕の中に入らなければならず、夜は軍人どもで苦しまなければならなかった。軍人どもが使ったサックを必ず洗わなければならなかった。寒い冬には水も貴重だった。10個洗うと、2.3個しか使えない。しかし破れたサックでもなければ、軍人どもは怒鳴りつけて、文句を言った。

ある日、私は膀胱が痒くて、腫れあがった。看護人が注射を打ってくれた。そして赤い紙の札を胸に着けてくれた。軍人を相手にするなという表示だ。しかし、軍人どもは言うことを聞かなかった。軍人どもは、この戦場で、何を邪魔するのかと言った。

そこでは名前がなかった。私はただの32番だった。私たちと一緒にいたお姉さんが身体をすごく悪くした。とても可哀想だった。ご飯も食べられなかった。私たちは凍ったおにぎりを一つ水で溶かした。数日後、そのお姉さんはトラックに乗せられて行った。軍人どもは病気のお姉さんに、お前のような病気の女は要らないと言って、連れて行った。

私たちが洗濯をしに小川に行ったある日のことだった。私たちがいた所は水が貴重で、遠い小川まで行かなければならなかった。寒い冬に洗濯に行く途中、丘の水溜まりに人の手が見えた。怖さを堪えて近付いてみると、土の中から女性の手が出ていた。私たちは木の枝で掘ってみた。冬なのでカチカチに凍っていて、上手く掘れなかった。しかし、一所懸命に凍った土を掘った。なんと言うことだ。数日前に身体が悪くてご飯も食べられずに横になっていたあのお姉さん、そのお姉さんがそこに生き埋めにされていたのだった。私たちはトラックで運ばれていったお姉さんが帰ってこないので、身体が未だ良くなっていないのだろうと想っていたのに。ちゃんと看護もしてあげられなかったお姉さんの目が何度も目に浮かんだ。病気になって自分たちに必要ないと、あんな風に殺してしまうんだなと想うと、とても恐かった。そして、子供を産めば、そのまま袋に容れてどこに行くのかもとても気になった。すべてが殺伐としていて恐かったが、どうしようもなく、我慢して生きるしかなかった。

死ぬ覚悟で逃げ出したが

そのような生活の中でも、私は50銭を貯めた。そのお金を持ってそこを抜け出そうと思って、機会ばかりを窺っていた。そんなある日の夜、雨が激しく降った。私はお金50銭と脱いだ靴を手に持って、死ぬ覚悟でそこを抜け出した。私の故郷のお母さんのところ行かなければならないという思いだけで逃げ出した。冬は去って春だったが、地面は未だ溶けていなかった。毎日、風が激しく吹いた。屠殺場のようなテントを抜け出して、必死に泥の中を走った。泥が足の甲まで覆ってしまった。

どれくらい行ったか、すべての力が抜けて、足を洗おうとしてある家に入った。しまった。なんということだ。その家も日本の軍人が住んでいる家だった。私はとても慌てた。日本の軍人どもも、私を見て驚いた。「誰だ！手を挙げろ!」と叫んだ。私はひどく驚いて、泣き出してしまった。軍人どもは大きな獲物のように私に飛びかかってきた。そして、あれこれ訊きながら、どこから来たスパイなのかと、続けざまに問い詰めた。道に迷ってここまで来たと言ったが、誰も信じてくれなかった。しかし、その中にも、私におにぎりを一つ投げてくれた軍人がいた。私は必死におにぎりを食べた。酷く疲れて、眠くて、板の間の机の上に伏せていた。

しばらくして憲兵が二人来て、私をどこかに連れて行った。憲兵どもは私に、朝鮮からはいつ来たのか、持っている50銭は誰がくれたのか、スパイ活動の資金ではないのかとか、大袈裟なことを訊いて、やかんに水を入れて私の顔にかける拷問も躊躇しなかった。チョウセンジンは殺してもどうということはないのだと脅かした。憲兵どもは私を逆さに吊り下げてやかんの水を顔にかけた。耳に、鼻に、眼に水が入って、息もできなかった。木のペン軸を指の間に挟んで、靴で踏み付けて、ペン軸で全身を突き刺して、自白しろと言った。全身が血だらけになった。とても辛くて苦しかった。神様、殺さないで下さい。私は何としても生きて帰らなければなりません。そして、お母さんに会わなければなりませんと祈った。

そして、そのような身体なのに、夜になるとその憲兵どももやはり、代わる代わる性欲を満たした。殴って、靴で踏み付けたりした奴らが、どんな思いで、昏睡状態に陥って死ぬかも知れない可哀想な少女に、自分の身体をこすり付けることができるのか。想っただけでもゾッとする。

軍人たちと一緒に暮らしていたけど、お母さんにどうしても会いたくて、夜中にこっそり逃げ出したと言ったために、憲兵どもは直ぐに、私をもう一度あの屠殺場のようなテントに送り返した。私は絶望し、泣きながらまたあの場所に戻った。

奴らは銃剣を差してきて、刀を畳に突き立てて、ちゃんと言うことを聞くように脅かした。言う通りにしなければ、ところかまわず殴られるのが日常だった。私は部屋の床に刺さっている刀を見ると身震いがして、身動きが取れなかった。そして身動きもできないままに、言われた通りに何でもしなければならなかった。

冬はおにぎりが凍って、溶かして食べなければならなかった、夏はご飯から粘液が出て臭いもしたけど、お腹が空いているので水で洗って食べた。腹痛を起こして食中毒になって全身が腫れ、じんま疹が出たりしたことも一度や二度ではなかった。ベトナム米に豆かすを入れたご飯、そうでなければ、豆かすをそのまま食べることもあった。不平でも言えば、それさえもくれなかった。

私たちが住む所には、私たちを監視し、すべてに責任を負う軍人が二人いた。その軍人は下士官だった。その軍人がいる時は一言も話すことができず、勝手にはどこにも行けなかった。

私たちは豆かすだけを食べてお腹が痛くなり、下痢になった。下士官に、ご飯は何時になったらくれるのか訊いたところ、その連中は私たちを集めて、刀を抜いて言った。今は戦争中で、軍人たちはお腹が空いても草を抜いて食べ、馬のひづめの跡に溜まった水を飲んでいるのに、お前たちは豆かすだけでも有り難いと思えと言った。そこにいる看護員の中でも、Ｂ班から来た看護員は私たちに良くしてくれた。下痢の薬もくれ、食中毒に飲む薬もくれた。私たちに身体に気を付けるように言った。ご飯を配ってくれる軍人の小父さんが、横の人に知られないようにこっそりご飯を一握りくれることもあった。

辛い苦しみの日々が続いた。そんなある日の夜、突然、軍人どもが私たちを乗せて、どこかに向かった。私たちが乗ったトラックは、昼間は洞窟の中に隠れていて、夜だけ移動した。トラックは覆われていて、外を見ることはできなかった。

何日か後に、私たちはある場所で降りた。そこでも生活は前とまったく同じだった。そこには軍人と一緒に労務者たちがたくさんいた。彼らは私たちに時々声をかけてくれた。労務者たちの中には朝鮮人もいたが、朝鮮語を使わないために誰が朝鮮の人なのかを知ることは難しかった。ある日、クムボンという日本人の労務者が私たちに、「お姉さんたち、今故郷に帰らなければ永遠に帰れないよ」と言った。私たちはその時になって、私たちが住んでいるところが関東郡だということを知った。

ある日、軍人たちの目を避けて、労務者の小父さんたちがいる所に行った。その小父さんたちはお腹が空くと野ねずみを捕まえて食べ、蛇も捕まえて焼いて食べた。蛙もイタチも捕まえて食べるのは当たり前だった。飛行機が恐くて、焚き火も思い通りにはできなかった。

労務者の小父さんの中には朝鮮の言葉を話す人もいた。その小父さんは「故郷はどこだ。平壌か？」と訊き、早く家に帰れと言った。今直ぐに帰らなければ永遠に帰れないのに、もどかしくてイライラすると言った。

その言葉を聞いた日から、私は心臓がドキドキして眠れなかった。恋しくて恋しくてたまらない私の故郷、陸地の果ては海南、干潟の臭いがたっぷりの海に行って、ハイガイを獲って、蟹も獲った。本当に懐かしい私の故郷。サツマイモを作って、風呂敷に包んで、弁当箱を腰に結んで遠足に行った大紅寺、海が広々と見渡せる美学寺、このようなものが目に鮮やかに浮かんだ。私はどんなことがあっても帰らなければならないと、歯を食いしばった。

漁船に隠れて故郷に

ある時から、なぜか、あんなに恐ろしかった軍人どもが、気の抜けた人間のように見えた。私たちにもあれこれと口出ししなくなった。私は被っていた毛布をパッと捲って立ち上がり、一人でつぶやいた。私がもし鳥になることができたら、とっくに飛んでいたのに。昔、私の家で、私が外に出たがっていたときに、お母さんが言った言葉を思い出した。お前はいっそ鶴になって、ずっと飛び回っていたら良かったのに、人間になったのが間違いだったと言われた。本当に、飛び回る蝶にでもなれたらどれ程良いだろう。私は、今度産まれたら、飛び回る昆虫にでもなりたかった。

私は家に帰りたくて胸が張り裂けそうだった。故郷を思い出す度に、軒の下にしゃがんで、空を見上げながらつぶやいた。

「空高く飛んでグルグル回っているトンビよ。私をお母さんの所に連れて行ってくれないか？」

しかしトンビは爪が全部なくなったのか、私がしゃがんでいる様子を見下ろすだけで、自分の行きたいところに行ってしまう。私は絶対に私の両親兄弟がいる所に行こうと決心した。

いや、今すぐに行かなければ！　私はパッと立ち上がって、恐ろしくて身震いのするあのテントをまた抜け出した。息もできないほど、必死に走った。

どれくらい走っただろうか。白々と夜が明けた。そこは船着き場だった。船が何隻もあった。見境なく一つの船に乗り込んだ。あちこちキョロキョロ見回して、船の片隅あったカッパ(防水シート)の中に隠れた。魚の生臭い臭いが鼻を突き、とても汚かったが、私はその中で眠りに就いた。

船が海の真ん中に出て、船員たちが私を見付けた。彼らは驚いて、お前は誰だと言いながら起こした。私は事情を訴えた。「小父さん。私はお金もないし、あちこち歩き回っても行く所がなくて小父さんたちの船に乗りました。小父さんたちの言う通りにするので、私を助けて下さい」と哀願した。

その日から、私はその人たちの奴隷になった。その人たちは中国人だった。あくどい日本の奴らから抜け出してきたと思って、私はやっと助かったと思って安堵した。無慈悲に情け容赦なく飛びかかる日本の奴ら、身を粉にして尽くしても、血が出ていても気にも留めなかったあの残忍な奴らから逃げ出して、今は助かったという安堵感と、家に帰れるという希望で、手が切れて血が出ても、歳月が流れることも分からなかった。

しかし、夜になると、その船乗りどもによってもう一度苦しまなければならなかったし、昼は服を洗ってやらなければならなかった。それでも私は家に帰れると思って、我慢し、耐えた。

いつの間にか船に乗って一ヶ月が過ぎた。ある日、船長に頼んだ。「小父さん、私は朝鮮人です。あちこち流されましたが、故郷に帰りたくて小父さんの船に乗りました。お母さんにどうしても会いたくて、家に帰りたいのです。」

しかし、船長は何も言わなかった。ある日、船長が見知らぬ一人の男性を連れてきた。その人は私に、朝鮮人かと尋ねた。私は余りにも嬉しくて何も言えず、その小父さんのズボンの裾を掴んで何時までも泣いた。その小父さんは心配せずに付いておいでと言って、私を連れて行った。

その船は鰯漁の船だった。私はご飯を食べなくてもお腹が一杯になるくらい嬉しかった。その船で、早や一ヶ月になったある日の夜、小父さんが私を呼んで、「お嬢さん、私たちは明日は朝鮮に行きます」と言った。その夜遅く、岩がたくさんある海辺に私を降ろしてくれた。「ここは朝鮮だから、夜が明けたら訪ねて行きなさい」と言って、その船は出て行った。

私は後ろも振り向かずに海辺の岩を跳び越えた。夜が明けた。私は両親に直ぐにでも会えるかのように走った。灯りが見えた。犬の吠える声が聞こえた。私はある家の門を叩いた。その家はとても大きかった。「どなたですか？」と言って人が出てきたが、その人の顔は歪んで、耳も口も全部歪んでいた。しかし、間違いなく私たち朝鮮の人だった。

私はその人に付いていった。その家には夫婦が住んでいたが、私に対してとても親切だった。その人たちの質問に、私は日本の奴らに連れて行かれたが、こっそり抜け出してきたという話しだけを簡単にして、お母さんにとても会いたいと言った。主人の小父さんが私の故郷の住所を聞いて、お母さんに手紙を書いてくれた。その場所は全羅南道霊水の小鹿島といって、ハンセン病の患者が住んでいる島だった。しかし、その人たちは私たちは漢民族だからと、優しくて親切だった。

東方礼儀之国に強制された結婚

数日後にお母さんが来られた。それは1945年(15歳の)6月だった。懐かしく、会いたかったお母さんと会うことになった。私たちは抱き合って、泣き叫んだ。お母さんは幼い娘を日本の奴らに無理矢理奪われた後、火病(怒りの病)で鼻の中に吹き出物ができて、息もちゃんとできなかった。私はお母さんに色々尋ねながら、早く家に帰ろうとせがんだ。しかしお母さんはずっと泣いてばかりいた。そして私に、今は家に帰れないと言われた。もし、日本の奴らが知ったらまたお前を連れて行くと言って、何時までも泣いてばかりいた。懐かしくて懐かしくてたまらなかった私のお母さん、幼い娘の消息も判らないままで生きてこられた私のお母さん、竹のような性分の私のお母さん、誰もがお父さんの言葉一つで身動きも取れなかったその時代、言葉一つも出せないままに生きてこられた私のお母さん、幼い私の胸も張り裂けそうだった。

お母さんは、日本の奴らも恐ろしいのだが、うちのお父さんが、今は私を家に入れないと言われた。我が国は昔から、女は家を出ると二度とその家の門の中に足を踏み入れることができない東方礼儀之国だと言われた。それで、お母さんは私を親戚の家に預けた。私はまた足を投げ出して座って泣いた。分別もない幼い時に日本の奴らに連れて行かれて、家畜のように暮らしていたのに、両親兄弟が恋しくて死を覚悟して逃げてきたのに、私の故郷の、私の兄弟のところにも行けないまま、親戚の家で居候をすることになるなんて、信じられない。

お母さんは、直ぐにでも、良い男さえいれば結婚しなければならない言われた。そうしなければ、またいつか、どんなところで捕まるか解らないと言った。故郷でも私と同じような歳の友達は、一人残らず結婚したと言われた。

私は余りに悲しくて、大声で泣いてばかりいた。私は結局、心にもない男性と結婚することになった。すべてをあきらめて、お母さんの意志に従った。お母さんはそうなってようやく安心したように、実は、田圃600坪を、私を嫁に出すために準備したと言われた。私はすべてがイヤだった。しかし、あの悪辣な日本の奴らに捕まえられないためには、結婚する方がむしろましだと思った。この男も夜になると私を苦しめるのだろうと想うと、ゾッとして鳥肌が立った。私は誰にも言えず、心の中で泣くしかなかった。

町内の人だけを集めて、家族はと言えばお母さんの他にはいない結婚式を挙げた。結婚式を終えると、お母さんは安心したように家に帰られ、姑、夫、そして私の三人の家族が残った。

夫は日本人たちが使っていた品々を家に持っ帰り始めた。日本の奴らが国に帰る時に捨てたものだと言った。私が日本の奴らが何故日本に帰るのかと訊いたら、日本が戦争に負けて滅びたのだと言った。町中のみんながチャングを叩いて、ドラを叩いて、唄って踊って、餅を作って食べて、大騒ぎをした。

解放はされたが、私は心の中で泣いてばかりいた。お父さんが憎くて恨んだりもした。姑は私に、何か悩みごとがあっていつも顔をしかめて泣いてばかりいるのかと尋ねた。そして、今まで何をしていたために、こんなに何もできないのかと問い詰めた。夫と姑は、結婚してから二年が経つのに子供も産めないのかと、日増しにいじめが激しくなった。夫は夜になるとしきりと訊いた。お前は病気ではないのか。自分は一人息子なので、子供を産めないのなら別れなければならないと、しきりと責めたてた。私は何も言えなかった。いっそどこかに行って、一人で暮らしたかった。町内の人たちは、新妻はどう見てもあんな家に嫁に来るような人間ではないのに、何か訳があって、あんなに苦労して虐められながら我慢しているのかと尋ねた。私はお母さんのことを思って、ただ目をつむって我慢して生きた。

ある日、夫が一人の女性を連れてきた。その日の夜から私は姑の部屋で寝た。私は心の中では上手く行ったなと思って、実家のお母さんに、一度来て欲しいと手紙を書いた。数日後にお母さんが来られた。お母さんは驚いて、このようなことをしてどうする積もりか、と尋ねられた。夫はお宅の娘は病気ではないのか、子供も産めない女と一緒に暮らすことはできないと言った。お母さんはとても驚いて、茫然となった。しかし、私は心を決めた。

「お母さん心配しないで下さい。私はここでは暮らさず、家にも帰らず、両親や兄妹にも心配を懸けず、私一人で遠くに行って生きていきます。」

お母さんはとても驚いて、何時までも泣いてばかりいた。私が生きている限り、お前を忘れないと言い、お前の思う通りにしなさいと言って家に帰られた。

私はその時から、むしろ気持ちが楽になった。他の人たちはお嫁にも行かない歳で、ありとあらゆる世界を生きてきたという気がした。夫には、子供を作って上手く暮らしてという一言だけを残して、その家を出てしまった。両親、兄妹が恋しくて、何回も死の峠を越えて飛び出したが、今は、私は追い出された身の上だなと思いながらも、気持ちは楽だった。

その村で一人で暮らしている小母さんの家で一夜を明かし、小母さんの紹介で、光州の韓国服の家に行った。その家で台所仕事をしながら裁縫を習った。チョゴリの作り方も習った。主人たちが良い人ばかりだったので、歳月が経つのも忘れて楽しかった。金も稼いで、韓服を作る技術も習った。主人の小父さんは私に貯金の通帳も作ってくれた。私は何の心配もなく、気楽だった。

ある日、主人の小父さんが突然、精米所に行ってはったい粉を作って来いと言った。何故はったい粉を作るのかと尋ねた。小父さんは、今、三八度線で以北と以南の軍人の間で戦争が起きて、間もなく光州も避難しなければならないと言った。毎日、飛行機の音が騒がしかった。

ある日、私たちは家の中を片付けて、着物の包みと食べ物だけを持って避難した。全羅南道の霊岩という所だった。私が初めて朝鮮の地に戻って来た時に、私に親切にしてくれたハンセン病患者の夫婦のことを思い出した。主人の小父さんに話して、霊水の小鹿島のその家を訪ねた。しかし、その夫婦は既に引っ越していていなかった。とてお寂しかったが、仕方なく引き返して汽車に乗って光州に戻った。市内の家はあちこちが壊れ、人影も見ることができなかった。しかし、朝になると教会の鐘の音が聞こえた。私は、前に住んでいた家に一人で帰って、あちこちを片付けて、主人の帰りを待った。8月20日に主人たちが家に帰ってきた。

光州の女子高校には、足を切られたり手を切られた軍人の負傷者たちが、教室毎に埋め尽くしていた。私は教会の団体に付いて看護を行った。そのうちに、私は部屋を一間持って、別に住んだ。

私は両親と兄妹が恋しく、また故郷に手紙を出した。妹が訪ねてきた。上の姉が光州に住んでいると言った。田舎の兄さんたちはみんな亡くなり、お父さんは気抜けし、そのためにお母さんは来ることができないと言った。私は妹と姉の家を訪ねた。姉の夫は警察署の刑事で、毎日銃剣を持って、威張りながら左翼の人たちを捕まえに出掛けた。甥が二人いた。

追い出された国軍が再び戻って来て、李承晩大統領も再びソウルに入ったと言って、人々は安心した。お母さんも来られた。私と妹は一緒にライ麦を茹でて食べ、小麦粉のお粥も炊いて食べた。しかし、気持ちだけは楽しく暮らした。初めて生きているようだった。

妹を学校に行かせ、私は無等山に昇って焚き木を採って、ご飯を作って食べた。ヤンイン洞の橋の下には、砲弾に当たった死体が流されて来るのは日常だった。通りにはアメリカの軍人が車で行き来し、チョコレートと乾パンで女性と子供をたちを集めた。学校では粉ミルクとトウモロコシの粉を配った。子供たちは先生がいない隙を狙って牛乳箱に頭を突っ込んで、逆さまに落ちて死にそうになった。子供たちは粉ミルクを食べようと鼻も口も眉毛まで白い粉で塗りつぶした。生のトウモロコシの粉を食べて下痢をして大騒ぎになった。

人民軍が南下してきた時に味噌汁の一杯でも与えた人は誰彼なく連行され、懲役にされたり死んだりもした。孤児が溢れて、人心も荒んだ。

妹は小学校の4年生だった。私はヤンドン市場で商いをした。お父さんが亡くなられたと言って、お母さんが来られた。私たちは三人の家族が集まることになった。夜にはお母さんの好きな熟し柿も買ってあげた。

「一人でも多くの『日本の人』に読んでもらいたい」 願いながら翻訳しました。