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民衆の抵抗史を再現する講談の力〜「あるくラジオ」甲斐淳二さん

根津公子

*甲斐淳二さん(中央)とパーソナリティのしまひでひろさん(右)ささきゆみさん(左)

視聴サイト「あるくラジオ」(1時間)

 皆さん、10月15日の「あるくラジオ」、「民衆の抵抗史を語り継ぐー甲斐淳二(織淳)さんに聞く」を聴かれましたか? 社会人講談師の甲斐さんのお話と講談、とてもよかったので、まだの方にお勧めします。

 「田中正造の直訴が嵐を呼び起こす」の演題で15分の作品を5分に短縮した講談。「時は1900と飛んで1年、明治34年12月10日、所は国会があった内幸町の交差点。…第16回国会開会式が開かれており…正造は人ごみにまみれ外套の襟を立て、懐に直訴状を忍ばせて…」と幸徳秋水が書いた直訴状を天皇に渡そうとする場面から始まる。緻密な描写で迫力があり、とてもリズミカル。お聴きしながら頭の中には自然と映像が浮き上がってきた。甲斐さんの、講談のことばの力です。以前お聴きした15分の完全版は、直訴状を書いた秋水、直訴状に涙した15歳の石川啄木の3人が登場し、民衆の抵抗史を再現する。たたかってきた甲斐さんだからできた作品と思う。 (*写真=即席の演台で5分間講談を演じる甲斐淳二さん)

 甲斐さんは2011年3月11日の地震により福島第一原発の放射能事故が起きたことで、明治時代からのこの国のあり方を考え直さなくてはと、公害の原点「足尾鉱毒事件」について勉強を始め、まずは正造のお墓参りから。文献に当たり、秋水と堺利彦の声色や互いの呼び方まで、調べ考えたという。「100年前も今と同じ、加害者は責任を取らない」。こうして講談が誕生したことに感銘を受けた。

 甲斐さんは大学卒業後、青函連絡船(旧国鉄)の航海士として就職し、国鉄民営化で解雇される。その半生についてのお話も聞くことができた。


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