本文の先頭へ
LNJ Logo 太田昌国のコラム : 英国女王エリザベスの死をめぐって
Home 検索
 




User Guest
ログイン
情報提供
News Item 0910ota
Status: published
View



 ●第71回 2022年9月10日(毎月10日)

 英国女王エリザベスの死をめぐって

 9月9日早朝NHK・BSの「ワールドニュース」で流された英国BBCのニュース報道で、私は同国女王エリザベスの死を知った。スタジオのアナウンサーも、対面して座った王室担当記者も、これ以上はない沈痛な面持ちで、事の次第を伝え、次第に彼女の功績へと話題を移していった。日本で発信されるニュースも、世界各地から流されるニュースも、基本的には「70年もの長きにわたって」女王として君臨した彼女が、偉ぶることのない、いかにすぐれた女王であったか、振る舞いにもスピーチにもユーモアとウィットがいかに溢れていたか――などと伝えた。昨年死んだ夫のフィリップが、日頃から、またアフリカなどの英連邦国を訪問した際に、民族差別・人種差別意識を内面化した言動をする人物であったことは有名な話だ。その点、過去の映像が流されても(慎重に選ばれているには違いないが)、エリザベスの振る舞いの「巧みさ」は際立っているように見えた。 主流の大手メディアがこぞってこの種のニュースを大量に流している時に、この一方的な報道に異を唱える意見は、かつてなら、少し時間を経て、小さな社会運動の機関紙や冊子でようやく目にできるのがふつうであった。インターネット時代の今日では、「反」の意見もまた、即ツイートやフェイスブックを通して、一瞬のうちに世界中に伝播する。

 欧州諸国が植民地帝国として栄えた時期は、多くの場合、君主制と分かちがたく結びついていた。「聡明な」君主が死んで、その業績が褒めそやされるばかりの時には、旧植民地の人びとの声、今なお英連邦の構成国として英国君主を「元首」とせざるを得ない国々の人びとの声に耳を傾けると、当然にも、讃辞一色の言論空間から離れることができる。去る6月の本コラムが「英女王即位70周年記念行事」を論じて、南アフリカやケニアなど、かつて英帝国の支配下に置かれた地域の人びとの視点に触れたのは、この分析視角の重要性を思うからであった。

 今回まず私の目に飛び込んできたのは、「歴史上、英国に侵略されたことのない国はわずか22ヵ国」と題する地図だった。地図が好きで、さまざまな歴史地図を自分で作る私にも、この発想はなかったので、虚を突かれた思いがした。「侵略」をいかなるものとして捉えるかという、大きな問題は残るから、この地図を鵜呑みにはできず、検討・検証が必要だろうが、歴史把握の方法をめぐっては刺激的な提起だ。調べてみると、スチュアート・レイコック(Stuart Laycock)という英国の歴史家に『我々が今までに侵略したすべての国、そして、まだ行き着いていない僅かな国』(“All the Countries We've Ever Invaded: And the Few We Never Got Round To”)と題する、2012年刊行の本があって、それを基にして作図された地図のようだ。英国史に詳しいひとには有名な歴史家なのかもしれないが、私は知らない。でも、この問題意識は理解するので、入手して活用したいとは思う。

 次にツイッター上に現れた図像も凝っている。エリザベスが身に纏う、王冠をはじめとする装飾品が、それぞれどこから「盗まれた」ものであるかを名指しする。南アフリカ、ケニア、ナイジェリア、オーストラリア、インド、エジプト、バルバドス、フィジー。文字通り、英国が七つの海を制覇した世界史上最初の植民地帝国であったがゆえの足跡を跡づける地名である。それが、王室が築き得た富の源泉をなしているのだと、見る者に説得力をもって語りかける図像である。

 本コラムは昨2021年、オランダにおける植民地主義克服の動きに2度触れた。とりわけアムステルダム国立美術館で「奴隷制」展が開かれたこと、オランダの植民地主義捉え返しの作業の中では、美術館のキュレーターたちの問題提起によって、それまでさして意識せずに使ってきた「黄金時代」という呼称による時代区分をやめたことに触れた。その延長上での動きであろう、今年1月、現国王ウィレム・アレクサンダーは、100年以上前から公式行事に使用してきた王室専用の「黄金の馬車」の利用を無期限に停止すると自ら表明した。「黄金」の出自も問題視されたのではないかと推測するが、直接的には、馬車の側面にある「植民地からの貢物」と題する絵があって、そこには頭を垂れて、ひざまづいた黒人がオランダを象徴する白人女性に捧げ物をする様子が描かれているのだという。

 英国社会が、この地図と画像に基づいて歴史の再審を進める先には、オランダで実現されつつある、植民地主義克服の動きに重なり合う事態が新たに生まれるかもしれない。

 だが、王族たちは、自らが存分に享受してきた特権的な身分や振る舞いを、そう簡単に捨て去るものではないことは自明のことだろう。以下の動画は、いつ撮影されたものなのか、ツイッターへの投稿者は明示していない。顔つきから見て、今回のチャールズ三世の即位に際してのものではないかと思われる。デスクの上にあるものひとつ、自分でよけるのではなく、粗雑な振る舞いで「下僕」に命じて当然とする「国王」の姿が如実に表れている。背後に立つ妻、カミラが夫の振る舞いに若干なりとも戸惑っているのかと思われないでもない表情も興味深い。https://twitter.com/BBCLauraKT/status/1568571047892459523

 王室制度の抑圧性も、王族としての存在それ自体の特権性も覆い隠すふるまいで、人びとを幻惑させる人物は実在する。エリザベスはその典型だっただろう。ついでに言えば、前皇后美智子もそれに近い存在といえよう。それとは異なるタイプと思われるチャールズ三世は、英国の「ラスト・エンペラー」となるのか。エリザベス礼賛一色の報道にもかかわらず、王室批判の言論も日本よりは自由闊達に飛び交う英国社会の今後の動向に注目したい。


Created by staff01. Last modified on 2022-09-12 09:39:11 Copyright: Default

このページの先頭に戻る

レイバーネット日本 / このサイトに関する連絡は <staff@labornetjp.org> 宛にお願いします。 サイトの記事利用について