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 4月22日から5月1日にかけて、台湾で労働映画祭が開催された。その上映作品のメインとして『メトロレディーブルース〜東京メトロ売店・非正規女性のたたかい』(ビデオプレス 2021年 ウェブサイト)が上映された。以下は、上映にあたって許仁碩氏が書いた中国語の紹介記事である。(翻訳はレイバーネット国際部・稲垣)
↓オリジナル記事
https://global.udn.com/global_vision/story/8664/6250668
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逆襲のメトロレディー:東京メトロ非正規労働者たちの抵抗のブルース

2022/04/19 許 仁碩

「今日の仕事はつらかった〜、あとは焼酎をあおるだけ〜」

映画「メトロレディーブルース」の冒頭に流れるのは日本で60年代に流行した「山谷ブル ース」。山谷は東京のスラム街で、戦後は日雇工などの労働者らが住んだ町。歌手の岡林 信康は1968年に「山谷ブルース」で一躍有名になった。日雇い労働者の独り言を歌詞した この歌は、日本の労働者の心境を謳い、68年学生運動の代表的な一曲となった。

それから45年が経った現在、東京メトロの販売ではたらく女性たちは、非正規雇用の契約 社員ながら、同一労働同一賃金をかちとるために労組を結成し、ストや裁判闘争をたたか ってきた。彼女たちはこの曲に「メトロレディーブルース」の思いを込めた。

◆日本の非正規雇用労働者

「日本型雇用」と聞くと、ほとんどが「終身雇用」を思い浮かべるだろう。日本では、高 校や大学を卒業して会社に就職すると、定年まで同じ会社で働くというのが、典型的な労 働者の姿だとされた。そしてアルバイトなどの非正規雇用は、学生や専業主婦など、生活 費の足しとして働くときの雇用だと考えられてきた。学生は卒業すれば正社員になり、主 婦は夫の稼ぎの補助ということで、非正規雇用においては同一労働同一賃金でなくても当 たり前だとみなされてきた。

このような非正規雇用は雇用の調整弁とされてきた。つまり労働力不足の際に雇い入れ、 不景気になれば解雇されても家庭に戻ればいいので、正社員の雇用には影響せず、失業問 題にもならないというわけである。

だが1990年代に入り契約や派遣などの非正規雇用が拡大しはじめる。最初は若者たちの自 由なライフスタイルとして、伝統的な「日本型雇用」に対抗するものとしてもてはやされ た。しかし企業にとっては、こんな便利な雇用はないということで、大規模に導入され始 めた。

日本政府の統計によると、2020年の非正規雇用は37.1%。学生アルバイト、覇権、契約、 請負などだ。男性労働者は22.2%が非正規雇用だが女性労働者の場合は54.4%が非正規雇 用。65歳以上では1990年代では男女ともに50%だったが、2020年には男性72%、女性は82 %が非正規雇用。

30年前に非正規雇用が拡大し始めたとき、はじめに新卒者のあいだで広がったことから、 若者の貧困問題が想定された。たとえば去年の5・1労働労働映画祭で放映された「東京 自由打工族Tokyo Freeters」(https://www.youtube.com/watch?v=g19zpq8ZCvE)は2010 年の作品で、多くの青年が正規で就職できない情景を描いていた。退職者らは、終身雇用 による年金制度によって老後は安心して暮らせると考えられていたことから注目されなか った。

しかし終身雇用の正社員が減少し、日本政府の財政困難が加わり、度重なる年金改革によ る支給額の減少もあり、労働者は「できるだけ長く働きたい」と考えるようになった。こ うして65歳以降も働かないと生活できない多くの非正規労働者が生み出された。とりわけ 、非正規率の高かった女性はそうである。正社員の厚生年金にも加入しておらず、65歳以 降も働き続けなければならない。経済的、社会的、あるいは心理的な困難にある場合は自 活できない家族がいると負担はさらに増す。2021年のこういった社会的背景のもとで映画 『メトロレディーブルース』が制作されたのである。

◆「私たちは調整弁ではない!」 パンと薔薇をもとめて

東京メトロ売店の社員は、正社員、契約社員A、契約社員Bに分かれる。映画のメトロレデ ィーたちは契約社員Bで、待遇は一番低く、ほぼ最賃、各種手当もなければ賃上げもない という。作品では60歳以上の彼女たちを詳しく取材している。それぞれが家計的に厳しく 、毎月の薄給のなかからなんとかやりくりしている。街頭でのアピールだけでなく、アル バイトをかけもちしたり、困難を抱える家族とのコミュニケーション、スーパーで安い食 材を探すなど、彼女たちの生活の一面を撮った本作は、非正規雇用一般だけでなく、非正 規のベテラン女性たちが生きていくことの苦しさを描いている。

彼女たちの闘いは、労働条件の改善、雇用継続、同一労働同一賃金のための闘いであり、 労働者の生活と尊厳のために発せられた「私たちは調整弁ではない!」という声は、日本 の労働法制にむけられたものでもある。

非正規雇用の拡大のもと、1996年の「丸子警報器」判決で、裁判所は公序良俗に反すると して、長期臨時社員と正社員のあいだの賃金格差は違法であるという判決を出した。そし て1997年の労働法と2008年の労契法改正によって、非正規雇用と正社員の同一労働同一賃 金のみちが開いた。しかしその後も実態として、同一労働でも異なる待遇は常態化してい た。メトロレディーたちは改正労契法20条をつかって提訴し、正社員とおなじ各種手当と 退職金を求めた。この裁判は初めて改正労契法20条をつかって同一労働同一賃金が非正規 労働者にも適用されるかどうかを巡る試金石となった。

裁判の中で会社側は、正社員の待遇は人材を引きとどめるために必要であり、契約社員は 売店勤務に限定されているので、正社員と契約社員の賃金や手当が異なるのは当然だと主 張した。それに対してメトロレディーたちは、おなじ売店勤務の正社員との同一待遇を求 めたものであり、全ての正社員と同じ待遇にせよと求めているのではないので、会社はそ の点を混同していると批判する。さらに、会社は人材の確保を正社員の高待遇の理由とし てあげているが、では何百名もの契約社員が10年も20年も同じ職場で働いている現実をど う説明するのかと訴える。

薄給のメトロレディーたちにとって、弁護士費用はいうにおよばず、数万円の裁判費用で さえ大きな負担だ。二審の判決が出た際、彼女たちは裁判所前でこう叫んだ。

「最高裁の裁判費用が1.5倍になったとしても、最後まで控訴しつづけます」

これは裁判費用を通じた司法への皮肉ではなく、ぎりぎりのなかで尊厳を賭けた非正規労 働者のリアルな心の声である。

◆苦しくても楽しさを忘れないメトロレディーたちの労働運動

2013年から2021年までのたたかいは長く苦しいものだった。しかし映画は笑顔と感動を記 録し続けている。定年に近づいてから労働組合を結成した彼女たちは、ふつうの労働運動 の枠組みにとらわれることなく、自らの訴えを歌や芝居などを通じて、街頭や集会などで 表現してきた。プロの音楽家や役者からみれば、彼女たちのユニークな歌声や台本を片手 に演じる姿、時には隣からセリフを教えられるなど、極めてユーモラスに映るだろう。し かし彼女たちにとって、これらのパフォーマンスは運動への参加を促し、訴えを伝え、そ して互いの矛盾を解決するための重要な手段なのだ。歌や芝居の上手い下手にはいろいろ な見方があったとしても、それ自体に人を動かす力が秘められている。

舞台の上での演技だけでなく、人生という舞台の上ですばらしい芝居を演じる彼女たちは 、期せずして名優の域に達している。映画のクライマックスでは、これまで沈黙をつづけ てきた会社の管理職がホームにある売店に現れて、メトロレディーと言い争いになる。管 理職の指摘にたいして一歩も譲らないメトロレディーは迫真の眼差しで管理職を見据え、 大見得を切るようなセリフを発する。まるで巧みに作りこまれたドラマのワンシーンを彷 彿とさせるが、これは東京メトロのプラットフォームで発生した現実のワンシーンなのだ 。

彼女たちは結局、売店を去ることになり、メトロレディーのブルースはいったん歌い終え ることになったが、それぞれが運動に関わりながら新たな道を模索していく姿を映しなが ら映画は終わる。だが、人生というドラマはまだまだつづく。メトロレディーたちの新た なテーマソングに誰もが期待しているだろう。

*編集部注 DVD『メトロレディーブルース〜東京メトロ売店・非正規女性のたたかい』は以下から購入可能です。
https://metrolady.jimdofree.com/order/


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